前十字靭帯断裂(cranial cruciate ligament injuries)


前十字靭帯断裂は犬に最も多く見られる整形外科疾患です。
靭帯の変性や外傷により起こり、急性外傷性断裂はより若い犬(4歳齢以下)に多くみられます。
慢性進行性の跛行や変形性関節症を伴う断裂は大型犬に多くみられ、通常5〜7歳齢で発症します。
慢性進行性の前十字靭帯断裂は加齢に伴う靱帯構造の変化による強度低下に関連して発症し、両側性の前十字靭帯断裂が頻繁にみられます。
また、片側性の完全断裂を治療した犬の多くに対側の前十字靱帯断裂が起こること(40%の犬が18か月以内に発症)、更にレントゲンによる変形性関節症が対側肢に見られた場合には対側肢の前十字靱帯断裂のリスクは更に高いこと(60−85%)が知られており、前十字靭帯断裂は両側性の進行性疾患であることがうかがえます。


膝関節の解剖と機能


前十字靱帯と後十字靱帯は大腿脛骨関節内で交差します。
前十字靱帯は大腿骨尾側の外側顆の内側と脛骨頭側の顆間部に付着します。
前十字靱帯の構造は頭側内側バンドとより大きな尾側外側バンドの2つの成分に分かれ、頭側内側バンドは伸展から屈曲の全ての可動域で張力を生じるのに対して尾側外側バンドは伸展時には張力を生じるが屈曲位では弛緩しています。
また、前十字靭帯は内側捻転を防いでいます。

診断


片側の前十字靭帯断裂では歩行時に患肢への負重が弱く、足を投げ出して座ります。
患肢の筋肉量が健常肢に比較して細く、膝関節の肥厚、とりわけ内側の肥厚が顕著です(medial buttress)。
前方引き出し徴候(cranial drawer sign)は完全断裂時には明らかですが、頭側内側バンドの部分断裂時には膝の屈曲位でみられますが、伸展位ではみられません。
脛骨圧迫試験(tibial compression test)は膝関節をわずかに屈曲させた状態で、足根関節を屈曲し、腓腹筋の緊張により脛骨が前方に変位することにより前十字靭帯断裂を検査します。


レントゲン診断


変形性関節症に伴う骨硬化像が膝蓋骨遠位、滑車稜、脛骨高平部などにみられます。
関節液貯留、関節包の肥厚に伴う関節内のレントゲン透過性の低下、ファットパッドの前方変位、関節包の腫脹等が認められます。



治療


前十字靭帯断裂は半月板損傷を伴わない10kg以下の小型犬においては、長期の温存療法により改善することがありますが、中型、大型犬においては外科治療が必要となります。


関節包外固定法

関節内の断裂した十字靭帯、半月板を切除した後に、関節包の外側に膝の安定化を図る目的でインプラントによる縫合をします。従来から最も多く実施されている手術法ですが、大型犬に実施した際に、インプラントの断裂などの合併症がおこることがあります。


脛骨高平部水平化骨切り術(tibial plateau leveling osteotomy : TPLO)


膝関節の機能的な安定化を目的とする手術法です。
前十字靭帯は脛骨の前方変位を抑制しており、前十字靭帯が断裂すると、脛骨に荷重が加わった際に脛骨が前方に推進します。
この脛骨前方推進(cranial tibial thrust : CTT)は、脛骨高平部の傾斜角に比例して大きくなるため、この傾斜角度を矯正し脛骨の推進を制御することがTPLO手術の目的です。
特に15kg以上の大型〜超大型犬ではTPLOが関節包外固定法より早期の負重が可能で、インプラントの破綻が起こりにくいなどの点で優れています。



動物を横臥位に保定し、大腿骨の内外側顆が完全に重なるように撮影します。
術前の脛骨高平角(TPA:29°)に基づいて骨の矯正する角度を算出します。
 


断裂した前十字靭帯の遺残物、内側半月の損傷が認められたため、これらを切除し、関節包を閉鎖します。




ジグピンおよびジグを装着した後に
TPLO専用の半円形の刃(24mm)を装着した振動鋸を用いて、脛骨の骨切りをします。

 
近位脛骨にピンを挿入して骨切り部を回転させ、目標とする距離まで脛骨を回転させたところで仮固定します。


Synthes社製のTPLOプレート(3.5mm, 6穴)で骨切り部を固定します。



術後レントゲンによるインプラント固定状況の確認。
TPAは10°で、術後患肢を負重させた歩行ができるようになり、翌日には退院しました。





膝蓋骨内方脱臼


膝蓋骨内方脱臼はトイ犬種、ミニチュア犬種に頻繁にみられる遺伝的な骨格の疾患です。
発症時期は個体により様々で、生誕時に脱臼している症例、成長の途中で脱臼が始まり、それが定着する症例、成長終了後に発症する症例、老齢になって発症する症例など様々です。
症状の重症度は診断時の脱臼しやすさに基づいて4段階にグレード分類します。
多くの症例で、時間経過とともにグレードが進行し、その過程で関節の変形、軟骨の損傷、靭帯の損傷などが併発します。
これらの2次的損傷の多くは、膝蓋骨整復手術をしても完全に修復することができないために、できるだけ早期の治療が理想的です。


T度:通常の生活では膝蓋骨の位置は正常であるが、検査時に検者が脱臼させることができる。
U度:通常の生活では膝蓋骨の位置は正常であるが、運動時や、検査時に膝関節を内旋させたときに脱臼する。
V度:通常の生活では膝蓋骨は脱臼しているが膝関節伸展時に検者が整復することができる。大腿四頭筋が内側に変位している。
W度:膝蓋骨は常に脱臼していて、検者が整復することができない。多くの症例で大腿四頭筋が内側に変位し、脛骨稜が内側に80〜90度変位している。







膝蓋骨内方脱臼の外科的治療



脛骨粗面転位術


成長の初期、中期に膝蓋骨内方脱臼が起こると、脛骨粗面が内方へ変位した状態で骨格が成長する結果、足根関節が前方に向いた状態でも脛骨粗面が内側に位置していることが多いです。
この状態の骨格で、膝蓋骨を正常位に戻すと、それに伴い脛骨が外旋してしまいます。
膝蓋骨が整復した時に足根関節が前方に向くような位置に脛骨粗面を外側に転位して2-3本のピンを使用して、脛骨粗面を脛骨に固定し矯正します。

滑車溝形成術


成長初期、中期に膝蓋骨内方脱臼が起こると、滑車溝の形成が不完全で膝蓋骨脱臼を整復しても滑り落ち、脱臼します。
滑車溝の形成には楔状、あるいはブロック片状に骨切りをした後に、滑車溝と滑車稜の形態を膝蓋骨の脱臼が再発しないようにします。


膝関節周囲の軟部組織の内側開放、外側補強


膝蓋骨脱臼が持続すると、膝関節の関節包、大腿四頭筋や縫工筋などの軟部組織は膝蓋骨が脱臼した状態で発達しています。
膝蓋骨脱臼を整復する際に、それらの組織の張力のバランスは大きく変化するために内側、外側の張力のバランスを調節しないと膝蓋骨の整復位置を維持することができません。
整復手術の際、ほとんどの症例で内側組織の開放、外側組織の補強を実施します。
張力調節の強さに応じて関節包、縫工筋の付着部位の変更、大腿四頭筋の分離、再配列などにより張力バランスを調節します。



膝蓋骨が内方に脱臼した位置で周囲の筋肉が成長しています。



滑車溝は全く形成されていません。


滑車溝の形成



内側広筋の分離の後、より近位の中間広筋への再配列、縫工筋の再縫合
内側の関節包は完全には閉鎖されていません。


大腿骨や脛骨の変形などの形態的変化を伴う膝蓋骨内方脱臼


グレードW症例で、大腿骨や脛骨の変形など形態的変化を伴う場合、矯正骨切り術が必要となることがあります。
大腿骨、脛骨骨切りによる捻転、角変位補正などを行います。







脛骨の捻転、角変形を伴う膝蓋骨内方脱臼のレントゲン像









膝蓋骨外方脱臼


膝蓋骨内方脱臼と同様に遺伝的な疾患で発育の段階で膝蓋骨が外側に脱臼します
多くの場合両側性で、幼犬時(5〜6ヶ月齢まで)に発現します
短期間で重度な形態学的異常を起こす場合があり、早期の治療が望ましいです。




両後肢への負重ができずに、前肢へ荷重しています。
両後肢のつま先が外側に向いています。



滑車溝の形成術


膝関節周囲の軟部組織の内側開放、内側補強



術後のレントゲン像




股関節の疾患



レッグペルテス病 Legg perthes disease



レッグペルテス病は成長期のトイプードル、チワワ、ポメラニアン、マルチーズ、ミニチュアピンシャー、マンチェスターテリア、ウェストハイランドホワイトテリアなどの小型犬に発症する股関節疾患で、大腿骨頭虚血性壊死、大腿骨頭のOCDともいわれる疾患です。
大腿骨頭に分布する血行が不足し、正常な関節が形成されず股関節のゆがみが生じます。
痛みのために患肢を使わなくなり、慢性化すると変形性関節症が進行し筋肉の委縮を起こします。この疾患は約10〜20%の患者で両側性に発症します。
早期の治療が効果的で、大腿骨頭切除術に加え、術後に積極的なリハビリテーションにより股関節の痛みは無くなり、普通に生活できるようになります。

トイプードル、10ヵ月齢、メス

2週間前から右後肢跛行を呈し、受診。
左:右後肢の筋委縮が著しく大腿骨頭が重度に変形し、一部骨折している。
右:レッグペルテス病と診断し右大腿骨頭切除術を実施後


トイプードル、11ヵ月齢、オス

2か月前より、左後肢の重度の跛行、右後肢の軽度の跛行が認められ、両股関節の触診で可動域の減少と疼痛が認められた。
左後肢には膝蓋骨内方脱臼(グレードII)の併発があり、重度の筋委縮が認められる。
右:両側の大腿骨頭および骨頚には軽度の変形性関節症が認められ、レッグペルテス病と診断された。
左:両側の骨頭切除術、左側のMPLの矯正術を受けた。



股関節脱臼 Hip Luxation


正常な股関節には関節包と強靭な大腿骨頭靭帯により寛骨臼と連結しています。
交通事故、走行中の転倒などの重大事故により脱臼することがありますが、軽度の事故で脱臼が起こった場合には、もともと股関節に亜脱臼などの異常があった可能性があります。
治療方針の決定にはレントゲン検査により股関節の変形性関節症、大腿骨や寛骨臼の骨折の有無を評価します。


外傷性股関節脱臼。股関節の変形性関節症、大腿骨や寛骨臼の骨折は無い。

股関節脱臼の整復


股関節脱臼で関節周囲の軟部組織の損傷が最小限で、大腿骨頭、寛骨臼に骨折を伴わない症例で、受傷後早期には麻酔下で脱臼を整復できる可能性があります。
整復できた場合には、再脱臼防止のために股関節、膝関節、足根関節を屈曲し内旋した状態で包帯を装着します。

手術による股関節の整復固定には、非観血的(関節を露出しない)整復後にデビータピン、創外固定により関節の整復を維持する方法や、関節の観血的(関節を露出)整復後に関節周囲にスクリュウ、縫合糸、トグルピンToggle pinなどを使用して固定する方法などがあります。
整復固定法は股関節の形態に異常がなく、大腿骨や寛骨臼の骨折がない股関節脱臼に適応します。

トグルピンToggle pin


大腿骨頭靭帯の付着部位から大転子遠位に向けて大腿骨頚の中心にあけた穴に強靭な糸を通し。
骨頭からのループをトグルピンに通し、寛骨臼にあけた穴にアンカーとして入れ、股関節の整復状態を維持します。
この手術に使用する糸は永久に関節の整復状態を維持できるものではなく、本来の股関節の安定性と関節周囲に形成される繊維組織によって股関節の整復状態が維持されます。
股関節の形態に異常がなく、大腿骨や寛骨臼の骨折がない股関節脱臼に適応します。

ミニチュアピンシャー、8歳、オス

トグルピンにより整復された、股関節脱臼症例。

股関節に亜脱臼や変形性関節症があり、軽度のストレスにより股関節が脱臼した患者には、トグルピン法などで整復固定してもいずれインプラント破綻により再脱臼するために、大腿骨頭切除や股関節全置換などの方法を選択します。


股異形成 (股関節形成不全) Hip dysplasia



 股異形成は股関節に変形性関節症が起こる疾患で、慢性的な痛みが原因となり運動機能の低下や、跛行がみられます。
この疾患の発症には遺伝的因子が関連していることが知られ、ゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、ジャーマンシェパード、シベリアンハスキー、セントバーナード、ロットワイラー、グレートピレネーズ、バーニーズマウンテンドッグなどの犬種に頻発することが動物の整形外科財団(Orthopedic Foudation for Animals、 OFA)によって調査されています。
股異形成の発症には遺伝的因子のほかに運動レベル、体重などの環境的因子が関与していることが証明されています。

成長期の犬の症状


 成長期の犬に見られる股関節亜脱臼を原因とする症状は、比較的軽度の跛行、運動不耐性を示し、身体検査では股関節の疼痛、関節のゆるみと亜脱臼、捻発音、関節可動域の減少などを示します。
成長期に発症する股異形成の症状の多くは、二次的な関節包の繊維性増殖により関節のゆるみが再安定化するために、臨床症状は一時的に改善しますが、股関節の合致性は既に損なわれているために、多くの症例でやがて変形性関節症が進行し、数年後に股異形成の症状を再発します。

成犬、老犬の症状


 成犬、老犬に見られる重度の変形性関節疾患を特徴とする症状は、成長期にあった股異形成の症状が慢性的に進行したものです。
多くは両側性で、身体検査では後肢の筋萎縮、股関節の激しい疼痛、関節可動域の減少、捻発音などを示します。

治療法


 股異形成に対する治療法は犬の年齢、臨床症状の重症度、犬の活動性、飼い主の要望などをふまえ決定します。
それぞれの患者で生活スタイルや要求される運動レベルが異なり、痛みに対する耐性も様々です。
ワーキングドッグや将来高い運動性が期待される犬では、症状が軽度でも積極的な治療を求めることがあります。
一方、レントゲン検査では重度の骨関節症を示すのに臨床症状を示さず、積極的な治療を必要としない患者もいます。
股異形成の治療はそれぞれの患者に応じて適切な処置が異なるため、レントゲン検査のみで治療法を決定するものではありません。

保存療法


 股異形成の原因は遺伝的因子に加えて、患者の急激な成長、体重、活動性などの後天的、環境的因子が関与していることが知られています。
これらの後天的、環境的因子の関与を最小限にすることが全ての股異形成患者に重要です。

 股異形成の全ての患者で最初に保存療法として体重制限、運動管理、抗炎症剤の投与を行います。
過度の肥満は持続的に全ての肢の関節に負荷を加えるため、体重制限は股異形成を治療する目的だけでなく、他の関節にかかるストレスを軽減するためにも重要な治療法です。関節にストレスを加える激しい運動を避け、適度の筋肉運動を計画します。
ゆっくりとした長距離の歩行や水泳は関節への負担が少ない理想的な運動です。

外科療法



3点骨盤骨切術Triple Pelvic Osteotomy:TPO


 成長期に、わずかでも股異型性の臨床症状を持つ患者の多くは、将来、変形性関節症による激症状に悩まされます。
TPOは成長期に股異形成の臨床症状を示す患者で、変形性関節症の併発がなく、股関節の形態は正常で合致性が損なわれていない場合に適用できる治療法です。
股関節のゆるみと正常な合致性、矯正角度をオルトラニテスト(Ortolani test)により評価します。
骨盤の三カ所を切り、寛骨臼を腹側方に回転させ股関節の亜脱臼が生じない角度に矯正して専用のインプラントで固定し、股関節の反復的な亜脱臼を防ぐことで変形性関節症の発現を予防する効果があります。
この治療法は主に7〜12カ月齢の成長後期の患者に用い、股異型性の素因を持つ患者の症状を早期にとらえ、股関節が変形性関節症を発症するまえに実施する必要があります。
両側性の股異形成の症例には約1カ月後に対側の手術を実施します。
股異形成患者の多くは1歳以上になると変形性関節症を発症し始めます。TPOはレントゲン検査で重度の変形性関節症を示す患者には適応しません。
適切な基準を満たした患者の約80〜90%で術後に臨床症状の改善が見込まれます。
この治療法を受けるためには、臨床症状がわずかに出ている成長期に適切な診断をする必要があります。


TPO専用のSlocumプレート装着後

股関節全置換術:Total Hip Replacement:THR


 股関節全置換術は患者の大腿骨頚骨頭と骨盤の寛骨臼を取り除き、代わりに人工股関節インプラントを埋め込む手術です。
この手術により、重度の股異形成のため保存療法に反応しない重症患者が正常の運動機能を回復します。
慢性の感染疾患のある患者にはこの手術ができないため、術前に皮膚感染、膀胱感染、歯牙感染などについての検査を行ないます。

股関節全置換術(ノンセメント法およびセメント法)


当院では股関節疾患に対する治療としてBiomedtrix 社ノンセメント法 Total Hip Systemを採用しています。
本システムは従来のセメント法に比較して耐用年数が長く、従来のセメント法に見られた無菌性の緩み(Aseptic loosening)が見られず。
感染の危険性も少ないシステムで、一歳未満の症例にも適応できます。
インプラントのデザインは特にレトリバー系犬種には良く合うようですが、他の大型犬種での成績はやや劣る状況があります。
このシステムがうまく当てはまらない患者には従来のセメント法による手術をお勧めしています。
このシステムは寛骨臼インプラントと大腿骨インプラントそれぞれが、ノンセメント法とセメント法を選択可能で、患者にとって最も適したインプラントを選択できる点で過去のシステムに比べて適応範囲が広いものとなりました(Hybrid system)。
本システムにも合併症など、いくつかの問題点があるので、飼い主様には手術の危険性や合併症の可能性などを充分にお話ししてから実施します。


寛骨臼インプラント装着時


(左)術前、(右)ノンセメント法の術後


ノンセメント法股関節全置換術をうけた後、供血犬登録し活躍してくれいているナツちゃん。


大腿骨頭切除術:Femoral Head Ostectomy:FHO


 保存療法に反応がなく、他の外科的療法を適用できない症例に行う治療法です。
大腿骨頭を取り除くことにより、痛みの原因となっている股関節の反復的な摩擦を防ぐことを目的としています。
一般的に体重が軽い小型犬での予後は良好ですが、大型犬では回復に時間がかかることが多く、完全な機能回復は見込めません。
後肢の運動を妨げる過度の繊維化、筋肉の萎縮を防ぐため、術後早期にリハビリテーションを開始することが重要です。



肩関節の疾患



外傷性肩関節脱臼


肩関節を構成する靭帯、腱、関節包に断裂が生じるほどの重度の外傷により肩関節脱臼が起こります。
肩関節脱臼は上腕骨頭の正常位からの変位方向により内方脱臼、外方脱臼、頭側脱臼、尾側脱臼と表現されます。
先天性の肩関節の形成異常がなく、骨折を伴わない脱臼は靭帯、腱、関節包の縫合と上腕二頭筋腱の移動固定などを組み合わせて整復します。

トイプードル、2歳齢、メス

外傷性肩関節内方脱臼


スパイクワッシャーとスクリュウによる上腕二頭筋腱の内方移動固定術

先天性肩関節脱臼


トイプードル、チワワ、ポメラニアン、ヨークシャーテリア、ミニチュアピンシャー、シェルティー等の犬種では、先天性な肩関節形成不全により肩関節の内方安定性が損なわれることがあります。
肩関節形成不全の重症度は、軽度の不安定性を伴うものから、完全に内方脱臼するものまで様々です。
軽度の亜脱臼の患者は運動時に捻挫などの症状を示すことが多く、慢性化すると脱臼することがあります。
肩関節の症状は脱臼の重症度とは相関しないこともあり、完全に脱臼した状態で比較的良好な機能を維持することもあります。

疼痛や関節可動域の減少などによる重度の跛行や再発を繰り返す患者には関節切除形成術を実施します。



右肩関節の重度の形成不全による肩関節脱臼


肩甲関節窩と上腕骨頭の関節切除形成術

切除された肩甲関節窩(左)、上腕骨頭(右)
関節軟骨のすり減りが顕著に認められる。


上腕二頭筋腱鞘炎


活動的な中型、大型の成犬、老犬に発症する上腕二頭筋腱および腱鞘の炎症です。



レントゲン検査では肩関節の上腕2頭筋腱の石灰化、結節間溝の新生骨形成などがみられる。

治療


初期治療には関節内へのステロイド剤投与と約6週間の安静をすることがあります。重症例には上腕二頭筋腱切離、固定術を実施します。

離断性骨軟骨症(OCD)


成長期の大型犬の肩関節、膝関節、肘関節、足根関節などに、多くは両側性に発症します。
骨の成長過程の軟骨内骨化の異常により、軟骨の肥厚が起こる結果、軟骨が必要とする滑液からの栄養供給が損なわれ、軟骨細胞の壊死が起ります。
壊死した軟骨は亀裂、剥離を起こし軟骨フラップを形成する結果、関節表面の形態を損ない、関節の疼痛や可動域の低下をおこし、時間の経過とともに変形性関節症を起こします。
遊離した軟骨片は関節内にとどまり石灰化すると関節鼠になります。
治療は病的な関節軟骨の掻爬、軟骨フラップや遊離軟骨片の除去などを行います。
早期の治療が必要で、治療効果は関節面に対する病変の大きさの割合や関節の合致性を損なう程度により決まります。

左:肩関節のOCD病変 右:軟骨フラップの除去後



前腕の骨成長板障害 Premature growth plate closure of radius and ulna



前腕は橈骨と尺骨により構成され、尺骨は橈骨の尾側、および外側に位置します。
成長期の四肢の骨格は、骨の両端にある成長板が骨を継ぎ足して伸びていきます。
骨格の成長は小型犬や猫では5〜6ヵ月齢頃、大型犬では7〜8ヵ月齢頃、超大型犬では9〜10ヵ月頃で終了し、成長板は骨化して見えなくなります。
成長期の橈骨では近位成長板(PR)が40%、遠位成長板(DR)が60%の成長を、肘関節より下の尺骨では遠位尺骨成長板(DU)の成長を受け持ちます。
成長期の橈骨と尺骨は同じ速度で成長することで肘関節と手根関節の正常な関節機能を維持します。
成長期の骨成長板が障害され、骨の成長が遅れると、2つの骨の成長速度に違いがでて正常な関節形態を維持できなくなります。
犬に一番多い成長板障害は遠位尺骨成長板におこり、手根関節の外反と回外を起こします。
ミニチュアダックスフントには遠位尺骨の成長版障害が多発し、遺伝的疾患と考えられています。
成長初期から始まった重度の変形では、橈骨が、短い尺骨により弓状に引かれ彎曲し、肘関節の脱臼も起こします。
この疾患に対する治療は、犬種、診断時の月齢、どの部位に障害があるか等を評価して決定します。



4か月齢の正常犬の橈骨尺骨、肘関節、手根関節のレントゲン側方像および前後像

成長期の犬に対する骨切り術



5ヵ月齢のミニチュアダックスフント、右の遠位尺骨成長板障害による手根関節の外反と回外。







左写真:遠位尺骨成長板障害による、手根関節の外反と回外。橈骨は弓状に彎曲し、肘関節の亜脱臼が認められる。
右写真:遠位尺骨成長板を含む骨切除術後。橈骨の成長を妨げる原因となる尺骨骨切除部の癒合を防ぐために骨切除部へ脂肪組織を充填する。遠位尺骨骨切りにより、肘関節の亜脱臼も整復されている。



コッカースパニエル、11か月齢
肘関節の亜脱臼が認められる。

近位尺骨の骨切り術後、肘関節の亜脱臼は整復されている。



成熟犬に対する矯正骨切り固定術




手根関節の外反と回外が見られる

手根関節面と肘関節面から橈骨骨幹の中心を通る垂直な線の交差角度から矯正角度を決める。本症例の交差角度は左右とも約40°であった。その線の交点で骨切りを計画する。
肘関節の亜脱臼も認められる。


両側の橈骨骨切り術およびIMEX社製のCircular Fixation Systemハイブリット環状創外固定器具の装着。


術後レントゲン像


橈骨の矯正骨切り後の固定、肘関節の亜脱臼を補正するために近位尺骨骨切り術。


矯正後の患者。手根関節の外反と回外は矯正されている。


術後2-3ヶ月にレントゲン検査にて骨切り部の骨癒合を確認した後、固定器具を外す。



異なるインプラントを使用した症例(ミニチュアダックスフンド、1歳、避妊メス)


右手根関節の外反がみられる。


矯正後のレントゲン写真。

矯正後の写真。手根関節の外反は矯正されている。






11か月齢、ブラジリアンマスティフ

 左手根関節の外反が認められる。



手根関節の外反に対する橈骨、尺骨の骨切り、橈骨矯正およびプレート固定



術後レントゲン像

 

手根関節固定術


手根関節の外反など異常が慢性化すると、関節を構成する関節飽、腱、靭帯のゆるみなどが生じ、更に変形性骨関節症が進行します。
このような患者には矯正骨切り固定術を実施しても正常な関節機能は期待できないために、手根関節固定術を適応します。




ラブラドールレトリバー、2歳

両側の前肢において、橈骨は短い尺骨により弓状に引かれ彎曲し、重度の手根関節の外反が認められる。
触診検査では関節を構成する軟部組織のゆるみがある。


両側の橈骨、尺骨の矯正骨切りおよび手根関節固定術


橈骨成長板障害



遠位橈骨の成長板早期閉鎖により、橈骨が短く肘関節の亜脱臼が認められる。
尺骨の成長に合わせて橈骨を伸展させながら骨を癒合させていくために、イリザロフ伸展器やネジ突きバーを備えた創外固定器による治療の適応となる。


脛骨異形成症(Tibial Dysplasia)、内反足(Pes Varus)



脛骨異形成症(Tibial Dysplasia)は、内側の脛骨遠位骨端板の閉鎖による脛骨の内方への屈曲変形を特徴とし、内反足(Pes Varus)とも言われます。
脛骨遠位骨端板の内側面の損傷により脛骨の変形が認められることもありますが、多くは外傷歴のない若齢のミニチュアダックスフンドに起こることから、遺伝的関与が考えられます。
ミニチュアダックスフントには、他の犬種と比較しての足根関節の内反、内旋がみられることが多く、正常な関節の構成角度、どの程度の異常が臨床症状を起こすか、矯正治療の適応などの正確な基準の情報は乏しいです。
重度の内反、内旋がみられる患者には歩行異常がみられ、足根関節に対する異常なストレスの結果として、関節構成構造(関節包、靱帯、関節軟骨)の損傷、変形性関節症を発症する可能性が高いために早期の治療が必要です。
脛骨の異常な弯曲が片側あるいは両側で認められ、2-6ヶ月齢で患肢の跛行が始まります。
臨床症状は脛骨変形の程度、続発する足根関節の変形性関節症の程度によって様々ですが、目立った疼痛などを伴わずに歩行異常のみが認められることも少なくありません。

【患者1】
 ミニチュアダックスフンド、1歳7ヶ月齢、去勢オス。1年前より後肢の間欠的な跛行を示していた。
両側の足根関節の重度の内反、軽度の内旋が認められ、触診により疼痛が認められた。
左膝関節でグレードT、右膝関節でグレードT-Uの膝蓋骨外方脱臼が認められた。


両側の脛骨遠位端の内反が認められる。



脛骨遠位関節面と直角に引いた線と脛骨骨幹の中心を通る線の交差角度を測定する。
本症例では左右とも約30°であった。骨切りラインは、脛骨遠位関節面と平行となり変形の頂点となる場所を理想とする。

【矯正骨切り術および固定術】
 レントゲン検査で測定された屈曲角度をもとに、理想とする骨切りラインを想定し、脛骨遠位の関節面と平行になるように内側開放骨切り術を行います。
さらに、脛骨の近位と遠位の関節面が平行になるように角度の矯正を行って固定器具の装着を施します。



両側の脛骨骨切り術およびIMEX社製のCircular Fixation Systemハイブリット環状創外固定器具装着。


術後1ヶ月の患肢。脛骨遠位の内反が矯正されている。 


術後2-3ヶ月にレントゲン検査にて骨切り部の骨癒合を確認した後、固定器具を外します。





術後24ヶ月のレントゲン写真。両側の変形の矯正により、術前と比較し脛骨遠位部の変形が矯正されている。
良好な歩行が認められている。




【患者2】
ミニチュアダックス 6ヵ月齢 オス。片側性の重度の彎曲。
右足根関節の内方への変位のために来院。脛骨の内方への屈曲変形が認められます。
レントゲンでは脛骨遠位成長板に骨棘などの変形が確認され、脛骨遠位骨端板の内側面の損傷により発症したことが疑われました。


右足根関節の内方への脛骨の内方への屈曲変形(約30度)

脛骨遠位の成長板ラインが不正で、周囲に骨棘が確認される。

矯正角度の測定
彎曲した脛骨を矯正するために補正する角度を計測します。
本患者では左側の正常な脛骨と足根関節に合わせるように矯正角度を決定します。


脛骨遠位骨切り矯正術


脛骨近位と遠位の関節面に平行なピンを装着し、脛骨の彎曲部位において骨切りをした後に、それらのピンの角度をあらかじめ計測した矯正角度に合わせて矯正します。


脛骨彎曲部での骨切り術


脛骨近位、および遠位に装着したピンの角度をあらかじめ計測した矯正角度に合わせ矯正。



矯正角度を正確に維持した状態で脛骨にプレート装着



手術直後。脛骨の彎曲は正常な脚に合わせて矯正されている。
レントゲンで矯正とインプラント固定の状況を確認した後に、固定強度を強めるためにピン部分に創外固定のレジンを装着。


矯正後



約2か月後、骨切り部の骨癒合を確認した後に、創外固定ピンを抜去。この患者ではプレートは除去しない。


本疾患に対する骨切り矯正術の適応として、重度の変形や跛行が認められる、骨関節炎を伴わない、脛骨遠位成長板が閉鎖しているなどの条件があります。 
患者1は約1歳齢から重度の足根関節の変形が確認されましたが、積極的な確定診断や治療はされず、間欠的な後肢跛行の症状は徐々に悪化していました。
成長板閉鎖時や後肢跛行症状の発症時など、より早期の治療が理想的でした。

 ハイブリット環状創外固定器は、長骨の骨折の際、関節付近の短い骨折片を強固に固定できる点で特に有用です。
矯正骨切り後の固定に応用する場合は、微妙な矯正角度の調節や固定後の再調節が可能であるという点で特に優れています。
また、術後に歩行状況を確認した後に矯正角度の微調整をすることも可能です。
一般的な創外固定に比べて、装具が大がかりなことが欠点です。

矯正角度(内反角、内旋角)の測定、および矯正は、片側の手術では正常な対側肢を対照にして、また両側の手術では目視により矯正角度を決めます。
ミニチュアダックスフントの正常な足根関節の構成角度、理想的な矯正角度の参考値の情報は乏しく、更に治療時の関節構成軟部組織(関節包、靱帯など)の損傷などによっても多少の差がみられます。
骨切りの方法には閉鎖法(close wedge)、開放法(open wedge)、ドーム法などがあげられますが、本疾患に対して報告されている患者のほとんどが脚短縮を防止する為に開放法(open wedge)を採用しています。
固定器具の取り外しは、患者の年齢、骨切りの方法により時期が異なりますが、仮骨形成の状態を評価しながら時期を見極め、若い犬では通常術後8-12週で行います。




参考文献


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WJVF 第3回大会2012 6月 大阪:小型犬種における橈尺骨骨折の治療
学際企画 2011.8(福岡),9(大阪),10(東京):犬猫の膝関節疾患〜治療の選択肢と手術法の要点・工夫点を症例から学ぶ〜
動物臨床医学会 年次大会 2008.11:小型犬種の橈骨尺骨骨折 診断と治療 
日本臨床獣医学フォーラム 年次大会 2005.9:小型犬の橈尺骨骨折