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恥ずかしながら、今回はとても「エッセイ」という形にはまとまりそうにないので、「別れ」をテーマにした雑文集ということで。 「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」 「『別れろ切れろ』は芸者の時に言う言葉。今の私にはいっそ『死ね』と…」 「心が忘れたあの人も 膝が重さを覚えてる」 事ほど左様に「別れ」に関する名言は多い。 考えてみれば、「出会い」の時よりも「別れ」の時の方が、何倍もお互い相手のことをよく知っているのだから、名言が生まれる のも道理ということか。 サッカーの「サドンデス方式」という名称は、言葉の印象が悪い(サドンデス=突然の死)という理由から、「Vゴール方式」と いう味もそっ気ないものに変えられてしまった。 同じように、野球の「サヨナラホームラン」も「サヨナラ=別れ」というあまりよくないイメージがあるので、変えられてしまう… ということはなく、ほっとしている。 「サヨナラホームラン」っていう言い回し、大好きなんだよなあ。 「日本の坂道で、『上り坂』と『下り坂』は、どっちが多いか?」という謎々が昔あった。 同じように「人間の一生で、『出会い』と『別れ』は、どっちが多いか」という謎々を出してみる。 答えは、どちらも「同じ」である。 坂道に「上り坂」「下り坂」の区別なんてありゃしない。下にいる人から見れば上りだし、上から見りゃ下りだ。 人は生まれた時は一人だし、死ぬ時も一人。それは、「出会った全ての人と別れる」ということを意味するのだから。 「別れ」とはあまり関係ないが、上の謎々を書いていた時、思い出した「名言」があったので、ここについでに書いておく。 「人は泣きながら生まれてきて、死ぬ時も必ず誰かを泣かせる。だから、生きている間くらいはたくさん笑っていたい」 こんなワタクシ自身にも、人並みに「手痛い別れ」のひとつやふたつはある。 詳細を書くのは控えるが、とにかくその時は辛かった。 「死んでしまおう」「死にたい」とは思わなかったが、「死んだら全部楽になるんだろうなあ」とは思った。 …でも、こうして生きている どんな辛い別れでも、「この世とのお別れ」よりはずっとましだと思ったから。 いわゆる「プレイボーイ」と呼ばれる人は、女性と付き合う時に、すでに「別れる」ときのことを計算している。 「上手に付き合う」ことよりも、「上手に別れる」ことに重きを置く、ということか。 ふと思った。 忍者は屋敷に忍び込む時に、常に「逃げる方法」を考えながら行動するという。 「退路の確保」ということだ。何だかとても似ている気がする。 ううむ…やはり恋というのも立派な「戦い」なのか。 これまでにたくさんの人と出会って来た。 その中には、すでに「お別れ」した人もたくさんいるし、特に「別れ」をしていない人もたくさんいる。 そして、その「別れをしていない人」の中には、もう二度と会うこともない人がたくさんいることだろう。 ちゃんとした「別れ」をしないままで。 「別れ」というのは確かに辛いことの方が多いものだが、こうやって「ちゃんとした別れが出来る」ということは、案外とても良い ことなのではないだろうか。 「一期一会」 この言葉…ワタクシには「出会い」よりも「別れ」の方を大事にした言葉のような気がしてならないのだが、どうだろうか? |
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