「麻婆豆腐」


ま…麻婆豆腐ねえ…ううむ。
だ、だめだ。「吉野家が苦し紛れに『麻婆丼』を始めましたねえ」くらいしか思い浮かばない。
ピ、ピンチだ。ぜにーちゃんぴぃぃぃんち!!
…などと書いても、くろけんさんファンのK嬢くらいしか判らないだろうしなあ。
と、考えたところで、ふと気がついた。これはえんじさんからワタクシへの「挑戦」なのではないだろうかと。
そうだ、そうに違いない。「ミステリ大好き」のえんじさんならば十分考えられることだ。
このまま普通に「麻婆豆腐」について書いていたら、「フッ…ALPHAさんもまだまだね」と一笑に付されていたことだろう。
危ねえあぶねえ。
それにしても、このお題でどうやって書けば…ふうむ…。
お、思いついた。これはやはり「麻婆豆腐」だけに、「柔らかな発想で、辛口の意見を書いてくれ」ということなのだろう。
「甘口」「中辛」「辛口」からオプションを選べというのも、コメントの「辛口具合を選べ」ということに違いない。
そういう事ならば…そうだなあ、先ほども書いたように「ミステリ好き」のえんじさんだから、「ミステリファン」について、
ワタクシが前々から抱いている「中辛」の意見でもご披露させていただきましょうかね。

ワタクシの持論に「ミステリファンは欲張りだ」というのがある。
他のジャンルの小説のファンに比べて、ミステリファンは明らかに「欲が強い」なのである。
例えば、恋愛小説のファンというのは、小説の中の主人公と一緒に、自分も恋をして読むものである。
そして、冒険小説のファンというのも、小説の中の主人公と一緒に、自分も冒険をして読むものである。
しかしながら、ミステリのというのは、小説の中の主人公と一緒に、事件の謎を解いて読む…のではなく、なんとか自分が主人公の
探偵よりも早く、謎を解いてやろうかと考える。
早い話、「主人公と一緒」では決して満足できないのである。
別に例を挙げて考えてみよう。
例えば、恋愛小説で考えると、「旅先で出会って、大恋愛に落ちた男女」が、最後に無事結ばれようが、別れる事になろうが、
あろうことか心中する事になろうが、個々の好き嫌いはあろうが、少なくとも読者から文句が出ることにはならないだろう。
しかし、これがミステリだと、こうは行かないのである。
例えば、こんなミステリ小説があったとしよう。
「ある日の事、主人公の親友である男が、自分の勤める会社の多額の金と共に、謎の失踪を遂げる。
友人を心配する主人公は、彼の行方を追って、独自に調査を始める。
調査を続けて行くにつれ、彼の会社で贈賄・密輸等の汚職行為が行われている事や、3年ほど前にも友人と同様に『大金と共に失踪』
している人物がいた事などが明らかになってくる。
そして、主人公のもとには『命が惜しければ、この事件からは手を引くことだ』という電話が連日の様にかかってくる。
果たして、友人の生死はいかに?そして、事件の真相は一体…?」
さて、ここで今回の主人公が望んでいる事は、あくまで「友人の行方」を知ることであり、会社の金がどうなろうと、汚職の内容が
どうであろうと、昔失踪した男がどうなっていようが、一切興味はないのである。
しかし、主人公の望みがそうであったからといって、「友人は結局無事でした。チャンチャン」で終わったとしたら、その作者はやはり
袋叩きに会うことだろう。
小説的及び主人公的には、何の問題もないはずなのに…。
やはり、この場合には「友人の行方及び失踪の理由」「金の行方」「汚職の真相」「昔失踪した男の行方」「脅迫電話の相手」「この
事件の本当の黒幕とその目的」などが全て明らかにされなければ、ミステリの読者は納得しないのである。
それが、たとえ「友人の死」という主人公的には最悪の結果になろうとも、事件の謎が解かれれば、「それで満足」ということである。
これを「欲張り」と言わずして、なんと言おうか。
たまには「解かれる謎」ばかりではなくて、「解かれなかった謎」の中にも、意味を見出してみてはいかがだろうか?

…などということを偉そうに書いたのはいいが、結局「柔軟な発想」でもなければ、大して「辛口」でもなかったなあ。
まあここはひとつ、「吉野家の麻婆丼」以上に苦し紛れの窮余策という事で、平にご容赦願いたい(媚)


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