「卒業式」


卒業式で一番印象に残っているのは、意外にも「最も古い記憶」である筈の、小学校の時のものである。

ワタクシが小学6年生になる年、我が母校T小学校では、余りに生徒数が多くなりすぎた(記憶するところでは、1学年13クラス!)
ために、新たに学校を新設して、半数近くの生徒はそちらに移籍することとなり、ワタクシもその「移籍組」となった。
新設校ということで、当然のことながら、校舎も校庭も備品もすべてが新しく、「残留組」からは随分と羨ましがられたものである。
確かにすべてが新しくて、とてもいい気分だった。最初のうち、水道の水がかなりマズかったことを除いては(笑)
さて、新設校の6年生ということは、つまり我々がこの学校の映えある「第1期卒業生」ということになる。
そのせいもあってか、卒業式が近づいてくるに従い、「当日はどんなお洒落な服装をしてこようか」ということが生徒達の間でも一番の
話題となった。
特に女子生徒などは真剣そのものである。制服のない小学校ならではの現象と言えよう。
ところが、当時から少し物事をハスに見る性格だったワタクシは、
「小学校の卒業式くらいで、何を色めき立ってやがんでぃ」(多少の表現操作を施してあります・笑)
と思っていたので、もちろん卒業式にも、普段と同じ格好で臨もうと思っていた。
もっともこれに関しては、ワタクシにとって小・中・高を通じて最悪にして最凶の教師とも言うべき『M女史』の
「当日は一番イイ格好をしてきなさい」という発言に反発する意味も多分にあったのだが。
「類は友を…」というのか、当時の我が悪友たちも、ワタクシと同様の考えの者が多く、かくして我々は一致団結して、
「当日は普段着で臨む」という誓いを立て、着飾ってきたアホウどもを嘲笑ってやろうという決意を固めたのであった。
…察しのいい人には、この辺で結末が既に読めてしまっているとは思うが、構わず先に進むとする。
さて卒業式当日。ワタクシは予定通り、「いつものTシャツにいつもの半ズボン」という、極めて通常の通学スタイルで登校した。
母親からの「卒業式なんだから、少しはましな格好をしていきなさい」という言葉を背中に聞きながら。
教室に足を踏み入れると、そこには想像通りに着飾った級友の面々が。
もっとも、「着飾った」とはいうものの、当時の小学生はまだ、今みたいに「ブランド物は当たり前」という時代ではなかったので、
女子はパステル系・男子は紺や灰色系のブレザーがほとんどだったのだが。
「思ったとおり、アホどもが着飾ってるぜ」とほくそ笑んだのも束の間、そこでワタクシは信じられないものを目にすることになる。
それは黒のブレザーに身を包んだ「悪友A」と、ベージュのジャケットを颯爽と着こなす「悪友B」の姿である。
「お…お前等」
しばし茫然となるワタクシ。
「いや…その…オフクロが『着てけ着てけ』ってうるさく言うもんだからさあ…」
気まずそうに言い訳する悪友Aと、「俺も俺も」と言いたげにうなずく悪友B。
事ここに至って、裏切られたことに気づいたワタクシ。
小6にしてジュリアス・シーザーの心境を嫌というほど知らされたワタクシは、結局ひとり普段着のままでの卒業式となった。
保護者席に参列する母親とは、到底目を合わせることが出来なかったのはいうまでもない。
「そら見たことか」と目で訴えていることが、背中からでも容易に感じられたからである。

……………………………………。
な、情けない。これが「卒業式最大の思い出」とは。
ええええ。どうせワタクシには「先輩…第2ボタンを下さい」「え。俺のでいいの?」「先輩のが欲しいんです。だって私…先輩の事が前から…」
なんていう思い出話はありませんよ。ああ、ないさ。
フン、そもそも卒業式なんてのは、本来厳粛に行われるべきものであってだなあ…(フェードアウト)


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