1 労働者のユートピア / クレスピ・ダッダ  Crespi d'Adda 26 April 2003


まちのシンボルでもある工場煙突
ミラノから約30km東に,クレスピ・ダッダというまちがある。

ユネスコ世界遺産に登録されている,数少ない産業遺産の一つだ。

19世紀の終わり,綿織物企業の経営者クリストフォロ・クレスピが,彼の企業下に働く労働者のため,理想郷をつくりあげた。

クレスピは,企業家と労働者が生活を共にし,必要なものをすべて居住区内で自足できる完全な工業都市を目指した。

そこは,ストライキも労働争議もない,資本主義社会のユートピアと言われた。

まもなくクレスピの企業は破産の道をたどったが,街は別の企業に引き継がれ,現在に至っている。
2 理念に基づいた都市計画

中世の城のようなクレスピ家邸宅
クレスピ・ダッダのまちは,二つの川が合流する三角州の先端にある。

地続きとなっている北側の地域とは高低差があり,まちは,周囲から隔離されたような地形となっている。

北側からアプローチすると,眼下に,クレスピ・ダッダのまちが一望できる。

時の流れがとまり,ひっそりと隠れるように存在するまちは,外部からの干渉をこばんているようにも見えた。

現在も稼働する工場


二世帯労働者住宅


クリストフォロ・クレスピの銅像


■行き方 ベルガモから,タクシー(高速料金込で28ユーロぐらい)

クレスピ・ダッダ直行のバスは,以前はあったが廃止されたとのこと。(2003年10月現在)
ミラノ−ベルガモ間の高速バスautostoradaleを利用し,カプリアーテ・サン・ジェルヴァージオ Capriate S.Gervasioから 歩く手もありますが,20分程歩く上,道が分かりにくいので,あまりおすすめできません。
1カ所に限定されたまちの出入口からは,一直線の道が続いている。

教会,学校,コミュニティ施設,病院等の前を通り,南端の墓地が終着点だ。

まさに,「ゆりかごから墓場まで」,労働者の生涯を象徴しているようだ。

この通りを境に,西側が工場地区,東側が住宅地区と明確に分かれている。

工場の優雅な建物は,ロンバルディア・ネオゴシック様式と呼ばれる。

室内作業に不慣れな農民出身の労働者たちが働きやすいよう,工場内にたくさんの光が入るように設計され, 換気や温度にも気が配られている。

工場は,現在も,まだ稼働を続けており,ジーンズを生産しているそうだ。

クレスピは,生活環境を向上させれば,生産性が上がると考えた。

労働者のためには,家庭菜園がついた戸建住宅を建設した。

毎年,ガーデニングコンテストが開かれていたため,競って庭先を手入れしていたという。

穏やかで豊かな生活が営まれていたことが,想像できる。

まちには,その他に公衆浴場,劇場,福利厚生施設まで,つくられた。

これら全てを一企業が行っていた,という事実に驚かざるを得ない。

今日のまちには,良き時代を過ごした労働者の子孫が住民の大半を占めており,クレスピが理想としたコミュニティが存続している。

100年以上の間,姿を変えずに存続するクレスピ・ダッタは,非常に特殊な事例といえよう。

周囲と隔絶し保守的保存の道を選んだこのまちが,今後どうなっていくのか,注目していきたい。