| 「太陽は、ぼくの瞳」 1999年/イラン/90分 監督・マジット・マジディ 出演・ホセイン・マージゥーブ/モフセン・ラマザーニ/エルハム・シャリフィ |
| ビデオで鑑賞。(2004/6/4) モハマドはテヘランにある盲学校に通う8歳の少年。 夏休みになり、家族の住む小さな村に戻ってきた。 モハマドの母は数年前に亡くなっており、家には年老いた祖母と父、二人の妹が暮らしている。 祖母と妹たちはモハマドを心から愛しているものの、父親は意中の女性との再婚を望むあまり、全盲のモハマドを重荷に感じ始めている。 「モハマドの自立のため」と理由付け、彼を大工のもとへ奉公に出してしまう父親。 「神様は目の見えない人の方が好きと先生はいったけど、それならなぜ神様を見えなくさせるんだろう」 泣きじゃくりながら大工の親方に話すモハマド。 そして父親とモハマドは,,,,。 「運動靴と赤い金魚」のマジット・マジディ監督、なんか幸せそうなパッケージと、詩的なタイトル。 さあ、ほのぼのするかーなんて気持ちで観始めたのがいけなかった。 泣こうと思っているわけでもないのに、涙がぽろぽろと。 全盲のモハマドは手で「もの」を見る。 巣から落ちて猫に狙われた鳥のヒナを、鳴き声を頼りにはいつくばって探し、見えない目で何度も木からずり落ちながら親鳥の巣に戻してあげるモハマド。 久しぶりにあった妹の顔をなで回し、「大きくなったね」とにっこりするモハマド。 川の音、鳥の声、キツツキの木を叩く音、木の葉の風にそよぐ音、モハマドにとって全てが言葉。 映画音楽がほとんどない本作は、自然の音が効果音であり、おのずとモハマドのように耳を澄ませてしまう。 モハマドの視点で観ている分にはにくったらしい父親だが、途中から彼を中心に描かれていることによりこちらにも感情移入。 子どもを愛する気持ちと自らのエゴとの間で揺れる父親の心情を象徴するかのような不思議な鳥の声が幾度も聞こえる。彼もまた苦しんでいる。 そしてラストの10分。 「ひえ〜〜」と心の中で叫ぶ。いや声に出てたかも。 観終わった瞬間は「うーんうーん」とうなった。 何か重いカタマリを飲み込んだような感覚。 評価6かなあ、7かなあ、と思いつつ一夜明けて、このコメントを書いているうちに、やはりいい映画だったと言わずにはおれず。 モハマドの綺麗な手にやはり感動。 ■■■総合評価 8点■■■ |