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つれづれ


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おひさまのにおい。  2005/4/12

今年初めて、ベランダに洗濯物干した!!
空き地のあちこちにはこんもりと根雪が残っているものの、風は日一日と春の香りだ。
だけど明日の朝はまた冷え込むんだって。
予想気温0度だって。
はーるーよー、とおーきはーるよー、だ。
3時頃に洗濯物を取り込んだけど、まだ少し湿っぽいので寝室のカーテンレールにぶら下げる。
お風呂に入る前に着替えのシャツを取りに寝室にはいると、懐かしいお日さまのニオイがした。
うれしかった。
北海道は冬は外に洗濯物が干せない。
布団も。
家の中はぽかぽか暖かいので困ることはないのだけど、半年ぶりにお日さまのにおいをかいだりすると、ああ、やっぱりおひさまって大切と痛感するのだ。

∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴

中国の反日デモのニュースに心が痛む。
教育の恐ろしさを痛感する。

∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴

ピヨ子が小学校に入学した。
毎朝、近所の子ども達と連れだって元気よく出かけていく。
学校からのお知らせが来た。
「安全対策として学校では完全施錠をしております。ご用の方はクラスと児童の名前をインターホンでおっしゃってください」とあった。
危ない大人がウジャウジャと魑魅魍魎のように徘徊する世の中だ。
他者を傷つけることで欲望を満たそうとする人がいる。
それはもう絶望的なまでの真実だ。
だけど、そんな錆び付いた世の中を、自分は錆び付かないように、なんとかかんとかうまく泳いで行かなきゃ。
うん。うまくなくてもいいけど、泳いで行かなくちゃ。
羽の生えたようにタッタカタッタカ走る背中を見送りながら、エールをおくる。


年収の36パーセントって。  2005/3/26

今朝の新聞を読んでいたら、こんなニュースが目に入った。

∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴
昨年4月の北海道内の私大入学生のうち、自宅外から通う学生の保護者が負担した納付金や仕送りなどの諸経費が、年収の36.8パーセントを占め、前年度より1.2ポイント高くなったことが、道私大助成推進協議会のアンケート結果でわかった。(3/26付 読売新聞)
∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵ ∴

さ、さ、さ、さ、さんじゅう6ぱーせんト〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!
ひえ〜。
ひょえ〜〜〜〜〜〜。
そ、そ、それで親御さん達はどのようにして生活していらっしゃるのか。
な、な、なにを食べて生活していらっしやるのカ。
あわわわわわわ。
と、朝から大変にビックリしてしまったのです。

私は九州で生まれ育ったのですが、あちらにいた時分には大変に親と(特に母親と)折り合いが悪く、大学を決める際、なるべく親から遠いところというのも念頭にありました。
そうしたわけでの北海道進出なんですけども、親からは案の定猛反対され、「親の言うことも聞かずにそんなところへ行くのならば、仕送りも何もないから、それでもいいのなら行きなさい!!」と売り言葉。
「ああ、けっこう毛だらけ猫灰だらけ仕送りなんぞいりませんよ。あたしゃあたし一人で生きていきますよ」と買い言葉。
かくして仕送りなしの4年間の大学生活なのでしたよ。
同じような境遇の貧乏学生が集まるバンカラな女子寮で、食べるものを分け合ったり、バイトを紹介しあったり、寮でたった一つのテレビのチャンネル権をめぐって争ったりしましたよ。
それはきっとワンルームのおしゃれなマンションで一人暮らしをするよりも、ずっとずっと楽しい4年間であったと今も思うのです。
不自由のないようにとの親心で、自分たちの生活を切りつめて仕送り。
それって子どもにとって本当にシアワセなのかしらと、考え込んでしまった弥生三月。



たぬ吉、初めてのラブレター。  2005/3/11

一般的に男の子は字を覚えるのが遅いと言いますが、うちのたぬ吉さんが最近ようやくひらがなに対する興味が出てきた様子。ちなみにたぬ吉、幼稚園年少さん、4歳。
先日スーパーの野菜コーナーで
「も
   や
     し
      もやし!!」 

と奇声を発した。
たまたますべて読めるひらがなだったのです。もやし。
母は感動しました。
言ってみればアレ。
ヘレンケラーが手に触った水を感じて「ウォーター!!」と言った瞬間。
言葉とモノが一つになった、あの感動。
それがたぬ吉にとっての「もやし」だったのです。
ちょっともやしって言うのがどうかと思うけど。
子どもってすごい。
昨日できなかったことが今日はできるようになっている。
今まで夫が「たぬ吉ー、字を覚えると楽しいぞう〜」といくら勧めてもガンとして練習しようとしなかったのが、最近になって猛烈にやる気を見せている。
そんな昨日、初めて女の子からのお手紙をもらって帰ってきた。
「おへんじをかくんだ!!」と大好きなトイストーリーの便せんセットを前に、30分の悪戦苦闘。
「おかあさん、‘が’はどうやってかくんだっけ。‘す’は? ‘だ’は?」
そうして、できあがった初めてのお手紙。


「まゆちゃんだいすきだよてがみありがと」


う〜〜〜〜〜〜ん。おかあさん、ジェラスィ〜〜〜〜〜〜。
キャッ(^^*))))((((*^^)キャッ


専業主婦の孤独とか言うな!!  2005/2/22

今日は2月22日。
ニャンニャンニャンの日です。
うちのニャンコは今日も元気です。
コタツから顔だけ出し、仰向けで両手をバンザイして寝ています。
のんきな光景。

今朝、新聞を読んでいたら、直木賞受賞作が雑誌の広告に載っていました。
あおり文句が「専業主婦の孤独と負け犬の誇り。その反目と友情−。」ですよ。
角田光代著「対岸の彼女」だ。
私は世の中の流れに疎い。
それでも去年あたりから「勝ち犬」だの「負け犬」だの、雑誌やテレビで言っているのをよく耳にするようになった。
なんかこのー、そういう「言葉」にのせられて怒ったりするのって、結局商業主義にのせられてる気がして好きじゃないんだ。
だけど、今年の年賀状に「当分負け犬のままで頑張りまーす」とか書いてある友だちが本当に増えて、きっとその友だちはジョークのつもりなんだろうけど、そういう、うーん、なんだ、自虐の冗談というのは、うーん、今は「ヒロシ」とかで流行っているのかもしれないけど、うーん。なんだか聞いていてつらい。
なんて答えたらいいのか。
いや、年賀状だから答えようもないんだけど。
勝ち犬だろうが負け犬だろうが、その人それぞれの人生があるんだし。
幸福も不幸も他人とは比べられるモノではないし。
第一、犬じゃないし。
専業主婦は社会のお役には立っていないかもしれないけど、家族のためにはまあ、そこそこ頑張っていて、家族がそれで元気になってくれれば、社会に還元してくれるはずだし。と、他力本願ですけど。
あー、なんか、何を言いたいのかわかんなくなっちゃったけど、みんな頑張って生きてるんだから人のことどうこう言うのやめようよ!!と、思ったの。
なんか学級会で一番前の席の子どもが言いそうなセリフですね。
ふんっ。


ケンタのテーマソング(オープニング)。  2005/2/19

うちのピヨ子は歌を作るのが大変にうまいのですが、つい先日、
「ケンタのテーマソング作ってよー」とお願いしたところ、
「オッケー!!」とそれはもう二つ返事でチョチョイと作ってくれたのです。

[一番]
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
ニャーの力をうけてみろ〜
電話も押ーせるすーごいネコ〜
ドアも開ーけれるすーごいネコ〜
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
(うやむやに終わる)

[二番]
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
ニャーの力をうけてくれ〜
テーブル登るすーごいネコ〜
チューチューでーきるすーごいネコ〜
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
ニャーニャーニャーニャーニャニャーニャー(レッツゴー!)
(うやむやに終わる)
ジャーン

私も夫もこの歌のトリコになってしまい、ふと気を許すと口ずさんでしまっています。
特に「すーごいネコ〜」のところが迫力があってかっこいいのです。
そんなことはどうでもいいのです。
最近すっかりネット離れしているのは、日常がバタバタと忙しいからなのかなあ。
かなあって言われてもなあ。
少ない脳みそを発酵させながら暮らしている平凡な日々ですよ。


夫の誕生日。  2005/1/25

ゆうべから猛吹雪。
朝は6時に起きて、まだ真夜中のように暗い中、夫と二人で雪かき。
いつもは7時頃に起きてくるピヨ子もたぬ吉も、あわただしい雰囲気を察したのか、一緒に起き出します。
「あっ。お父さん、お誕生日おめでとう〜!!」と私が声をかけると、子ども達も次々とお祝いのメッセージを。
そしてひときわ大きな声でたぬ吉が。
「おとうさん、きょうたんじょうびだね!!きょうはおおごちそうがたべられるんだね!!」
出た。
大ごちそう。
我が家での重要ターム。大ごちそう。
でも昨日のカレーの残りがあるので、今日はおおごちそうじゃないんだよー。
と言うと、たぬ吉はこたつにもぐり込んでしまってメソメソ泣いてしまいました。
たぬ吉のぽんぽこたぬきさんめ。

つきあい始めた時の夫は20歳の紅顔の美青年でした。
私は番茶も出花の18歳。
あれから何年も何年もたって、お互いおじさんおばさんになりましたが、こうして今年も仲良く誕生日が迎えられてありがたいなあと思う次第。
へへへ。

追記・禁煙はバンバン続いています。っていうか、もう全然ノンスモーカー?すごくない?すごくなくない?すごくなくなくない?


禁煙がんばり中。  2005/1/22

何日目ですか。
5日目ですか。
えー。まだー?
まだ5日目ー?
えー。

なんかもう5年間ぐらい吸ってないような気がするのになあ。
いやいや、いかんいかん。
そんな考え方をするようじゃまだ未練があるということだ。
アレン・カー先生の教えに忠実に従っていないということだね。
いかんいかん。
よし。もう一度読み直すぞ。
うんうん。
がんばるぞ。

やめようかなと思っている人がいらっしゃったら、どうぞお手にとって見てください。
「禁煙セラピー」
「女性のための禁煙セラピー」
両方読みましたが、「禁煙セラピー」の方がパンチが効いていたような。

しかし、今日は剣道の新年会。
飲み会をタバコなしで過ごすのは初めてなので、どうなることやらドキドキなのだ。
しかし、皆さんの励ましを胸にがんばるのだ。
挫折してたらごめんなさい。


禁煙一日目。  2005/1/18

禁煙を始めたのです。
吸い始めてから20年にして初めて。
「やめた方がいいかもしれないかもね」と思うことはあっても
「やめようかしら」と思ったことのない私ではありますが。
年末に友人が「女性のための禁煙セラピー」という本を貸してくれたのがそもそものきっかけ。
明け方にいやな咳が出て安眠できず、朝イチのタバコがまずく感じられてきたのも原因でした。
何よりもこのまま喫煙し続けていれば、ピヨ子まで喫煙者になってしまうのは必定。
(ワタシの実家も両親共に喫煙者で、タバコが常に子どもの手に届くところにあったので)
いろいろな条件がついに重なったというか。
そんなこんなで禁煙です。

しかしまあ、禁煙というのは恋人と別れることにたいそう似ているモノです。
しかも、出口のない恋。
このまま逢い続けていてもお互いに何も得ることのない、流されるだけの恋。
つらい、恋しい、つらい、恋しい。
逢ってはいけないとわかっていても、逢いたい。
それで何もかもがダメになってもいい。もう一度逢いたい。
指が覚えた電話番号を、受話器をあげずに押してみる。
そんな別れを思い出しては、換気扇の下をウロウロする禁煙一日目なのであります。


私の初夢。  2005/1/7

皆様、新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりましたか?
なりましたね。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

若い頃、といっても今なお若いですが、といっても今年は年女ですがコケコッコー、もっと若い頃、つまり中高生の頃などは、「明けましておめでとうなんつって12月31日からたった一日明けただけで何がそんなにおめでたいって言うのさ。大人ばっかり酒飲んで酔っぱらって楽しそうにしちゃってさ。」とやっかみ半分で斜に構えてお正月を迎えたモノでした。
しかし、そんなもんじゃないのです。若き頃の私よ。
些末な日常の中にも様々な辛苦や喜びがあり、そうした日々を過ごした結果としての一年。
無事に一年という月日を過ごしてこられたことへ感謝し、また新しく始まる一年へ思いをはせるための大切な区切りの日。それが元旦なのであります。
そうですか?
どうですか?
んー、そんな感じがするんだけどなー。
お年玉はもらえなくなっちゃったけど、紅白出場歌手の若手は誰が誰だかわからないけど、マツケンサンバはとても派手で素敵で、おもちをたくさん食べた(食べている)お正月でした。

そんな私の初夢。前ふり長い。
夢の中で私はなぜか競泳の選手なのでした。
美しく静まりかえったプールに飛び込み、華麗なるフォームで泳ぎ切り、出場選手およそ10人の中で見事にトップでした。
表彰台に上がることになり、感極まった私は、両手をあげてスタンドの観衆にアピールしました。
その時ハッと気がついたのです。
ワキ毛の処理してないよ、と。
一度高々とあげた両手は引っ込みが付かず、私は何事もなかったかのように手を振り続けていたのでありました。ワキ毛ボーボーのままで。
そんな夢。
今年はいいことあるかなあ。


いるものといらないもの。  2004/12/29

歯痛は治りました。
あとは年明けの抜糸を待つのみです。
親不知以外は抜いたことがないのでちょっと不安だなあ。
歯を抜く時って「メリメリメリメリーッ」って音がするんだよなあ。
でも今回埋まってる部分だから、どうやって抜くんだろう。ドキドキ。

そんな年の瀬ですが、大掃除を少ししました。少し。
子ども達も大掃除。
ふだん好き放題詰めこんでいるおもちゃ箱が子ども達の担当です。
「いるものはとっておいて、いらないものは捨ててね」というと、
さすがに6歳のピヨ子は「これは最近遊んでないからもうイイや」とハッピーセットのおもちゃや広告の裏に書いたお絵かきなどをどんどん始末していきます。
しかし4歳のたぬ吉はおもちゃ箱を前にウロウロと行ったり来たり。
よく耳をすますと「ああーこれはいるんだよなあーこのバンバンバンも大事だしなあ」などとブツブツ言っている様子。
さんざん悩みあぐねた末に私の所へやって来て「おかあさーんたぬ吉はねえーいらないものがないんだよねえーだからすてるものもないんだよねえー」と眉間にシワをよせて訴えます。
「ええー、そっかーい?」と彼のおもちゃ箱の所まで行くと、あるわあるわ、なんじゃこりゃなタカラモノたちの数々。
折り紙を細長く丸めて、セロハンテープをベッタベタにはりまわした鉄砲(たぶん)。
タイヤが取れているバイクのおもちゃ。
トイレットペーパーの芯で作った空母(きっと)。
だいぶ前に「折って折って折って」とねだりまくるので、折ってあげた昆虫たちの折り紙(バッタ・カタツムリ・トンボ・カブトムシなどなど)。
「これはいらないしょ〜」とひとつひとつつまみ上げながら言うと、「いるいるいるいる!!」と「100人に聞きました」ばりのリアクションで大騒ぎするたぬ吉さん。
私はなんだかしみじみしてしまいましたよ。

生まれてきて、いろんなものや人と出逢って、手にするモノと離れていくモノあるいは捨てなければならないモノがあって。
いるものといらないものを分けるということは、その時に捨ててしまうモノとはもう二度と会えないということでもある。
選ぶということは選ばれない方を捨てることなんだと言ったのは誰だっけ。
どんなにボロボロの折り紙でも、きっと彼の中では「おかあさんがおってくれた大事なバッタ」なんだろうな、とか思うと、なんかこう鼻の奥がツンとしてくる。
今、この瞬間を大事にしなくちゃな、と心の底からそう思う。

年末年始は夫の実家で過ごしてきます。
食っちゃ寝ー食っちゃ寝ーの生活なので、パンパンに太って帰ってくるのです。
ごめんよ、お義母さん。
そう思うなら働けよ、と自らにつっこみ。

それで皆様、よいお年を。


ハガイタイ。  2004/12/20

土曜日から歯が痛くて痛くてたまらない。
いたいいたいいたいいたい。
何度書きつづってみても足りないほどに痛い。
今朝、歯医者に行ったところ、すでに神経のない歯なのでかぶせてある金属が歯肉を圧迫する「荷重負担」でしょうと言われました。
カジュウフタン。
カタカナで書くと、何かありがたい漢方薬のようにも聞こえてきます。
金属をはずして抗生剤を飲みながら様子を見、痛みが続くようであればほんのちんまりと残っている歯を抜きましょうということです。
抜きましょう抜きましょう。この痛みから逃れられるのならば。
大体にして歯痛に強い人などいないと思いますが、私も歯痛にはむっちゃくっちゃ弱いです。
歯が痛いとそれだけしか考えられません。
何をしていても「ああ、歯が痛い」。
何を見ても「あああ、歯が痛い」。
日がな一日中、歯痛のことだけを考えながら過ごしています。
だからなおさら痛いのでしょうか。
だって痛いんだもん。
いたいいたいよう!!
もう泣くよう!!


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