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これまでのつれづれ


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夢見るチャリンコランデブー。  2004 6/27

日曜日の夜のお楽しみといえば「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」。
晩ご飯の支度をしながらちらちらとまるちゃんを見ていると、今日は唇の青い藤木君がずいぶんと頑張っていた。
自転車でトレーニングをしたりして、自分の取り柄を探し求めるのである。
その中で、ちょっと気になる女の子と一緒にサイクリングをしてみたいと夢見る藤木君がいて、ふと思い出した。

高校3年生の時に付き合っていた彼氏とはなぜか深夜のデートが多く、お日さまの下を手をつないで歩いた記憶がほとんどない。
高校生となれば自転車通学も多く、徒歩で通っていた私は、彼氏の自転車の後ろに乗っけてもらうのが密かな夢だった。
当時ほとんどの男子が乗っていたのは、ハンドルがクニュンと縦に曲がったスポーツタイプのチャリ。
後ろにちょっとした荷台があって、女子はそこに横すわりで乗るのです。

「アハハハハ」
「ウフフフフ」
「お前、ちょっと太ったんじゃねぇの。重いぞ」
「ええー。やっだぁ。うっそー」
「オイオイ。手離したら危ないぞぉー」
「キャッ。もう〜」

などというやりとりを妄想しながら
屋根づたいに夜な夜な家を抜け出していたあの頃の私なのであった。
雨の夜のニオイ。
若さと書いて、バカさとルビを振る。

オーマイチャッピー。  2004/7/8

昨日の朝、夫とたぬ吉が二人でゴミ捨てに行ってきた。
夫は最近仕事が遅く子どもと会えないことが多いので、スキンシップをとるべく努力している様子なのです。えらいなあ。
ゴミ捨ての帰り道にのんびり歩いて帰りながら、カタツムリを発見したらしい。
たぬ吉が弾む声で「おかあさん!!カタツムリ見つけた!!」と報告する。
「あー、よかったねえ」と口では言いながらも、バタバタと忙しいので私は上の空。
「幼稚園に持っていこうかあ」と言うと「イヤダ!!これはたぬ吉だけのカタツムリにするんだ!!」と強気のたぬ吉。
へえ〜。
でも私、実はヌルヌル系はあまり得意ではないのです。
なぜかというと、小学生の頃に幅3センチ長さ10センチものなめくじを見つけ(しかも同サイズが10数匹はいたなぁ)、それに塩をぶちまけたところ、なめくじ軍団全員があたかも断末魔の悲鳴を上げるが如くグジャグジャ〜と縮んでいくのをずーっと観察していたら気持ち悪くなったからです。
呪い!!
なめくじの呪い!!
でもせっかくたぬ吉が喜んでいるので、ちょうど空いていた虫かごに、木の枝と畑のブロッコリーの葉っぱと水入れをセットし、カタツムリの家にしました。
「このカタツムリの名前はチャッピーにする!!」とたぬ吉。
チャ、チャッピー?
それからというもの、幼稚園に行く前にチャッピー。帰ってきたらまずチャッピー。
ご飯の前にチャッピー。寝る前にもお休みチャッピー。
そのくせたぬ吉は頭が悪い ゲフッ 記憶力があまりよろしくないので、
「おかあさーん。たぬ吉のカタツムリの名前はなんだっけー?」とその都度聞いてくるのです。
チャッピーですよ。
今朝などはピヨ子と二人して、なんとかチャッピーを移動させようとフーフーフーフー一生懸命息を吹きかけておりました。「せーの」「チャッピー!!」とかなんとか呼びかけながら。
「あのね、フーフーしてるとチャッピー死ぬよ?」とアドバイスすると、あわててやめ、今度は「カタツムリ」の歌の大合唱。
ああ、平和だなあ。
チャッピー、長生きしてねと心の中でつぶやきつつ、ヌルヌルの所を見てはヒーと震える母なのでした。


生き物を飼うという不思議。  2004/7/12

先日、カタツムリのチャッピーを飼い始めた我が家ですが、新しい仲間が増えました。
名前は「キャビー」。
青虫  こんにちは。わたしキャビー♪  です。
わーお。

話は少し戻って。
我が家ではささやかな家庭菜園を楽しんでいるのですが、今年は無謀にもキャベツとブロッコリーも植えてみたのです。
なぜかというと苗が安かったからです。ひとつ50円。
キャベツやブロッコリーがどんな風になるものなのか知りたい気持ちもあったのです。
植えてすぐに隣の奥さんやら斜め向かいの奥さんが見にいらして
「あらー。キャベツ植えたのかい。キャベツは虫がつくよー。イッヒッヒッ」
と、とても楽しそうにおっしゃるので、なんじゃろかーと思ってはいたのです。
キャベツが育つにつれ、その笑いの意味がわかったしだいです。
ああ、なるほど。ねえ。ほんとに。ああ。うん。

私だって人並みに虫が好きではありません。
しかし子ども達の手前、なるべくキャーキャーワーワー言わないようにはしています。
キャベツの裏にびっしりついた蝶の卵も、割り箸でこまめに落としました。
生まれてしまった小さな青虫も、割り箸でつまんでとりました。
んがっ。
先週一週間ちょっと油断をしているすきに、丸々と大きくなった青虫ちゃんが!!
「これを殺すには忍びない。いっそ育ててみようじゃないか」と思いつき、昨日、新たな虫かごを準備して飼うことにしたのですよ。
名前は今度はピヨ子がつけました。
箸で持ち上げた時に「グニョ」っとくる感触に、ブルブルッと残尿感のような震えが来たのは確かですが、ひとたび飼ってみるとこれがまた。
愛らしいのなんのって。
愛らしい!!キャビー!!好きだ!!
はじめは「ヒ〜〜〜」とびびっていたピヨ子も、名付け親の親心がうずき出したのか、だんだんキャビーを愛でるようになりました。
いやあ。家の中に人間以外の生き物がいるっていいなあ。
和むなあ。
いや、ほんとにさ。(「と」にアクセントでお願いします)
そんなわくわく動物ランドな我が家さ。


キャビーの最期。  2004/7/15

先日、我が家に新しく仲間入りしたキャビーがとんでもないことになった。
とっとっとっとんでもないことっ!!ぐらいに。
私には。
衝撃的すぎて。
あまりにも。
しばらくトラウマになりそうな。
(虫の苦手な方、ここから先はお読みにならない方がよろしいかと思われます)

庭からお引っ越しして、元気に虫かごの中を探検し、キャベツの葉っぱをモシャモシャ食べていたキャビーはーい。わたしキャビーでーす♪だったが、13日の夜に急に動かなくなった。
なんとなく丸まっていたので、「おっ。もうサナギになるのかいっ?!若いのにやる気あるねえ!」と感心していたのだが、なにやら様子がヘンである。
そのうち、直径2ミリほどの黄色っぽい繭のような毛糸玉のようなつぶつぶがキャビーの周辺に現れてきた。
「へえ〜。さなぎってこんな繭みたいのが合体してできんのかい?」と、無知でアンポンタンの私は日に何度も何度もキャビーをのぞき込んでいた。
しかし、その黄色い繭状のつぶつぶはどんどん増えていく。
どんどんどんどんどんどん増えていく。
私は徐々に不安になった。
これは素人目に見てもなんかヘンだぞ。
ネットを駆使していろいろと検索をかけたが、虫ばかり見ていたせいでなんか気持ち悪くなってきた。
気持ち悪くなるまで検索した結果。
黄色いつぶつぶは「コマユバチ」の繭であることが判明。
なんとこの「コマユバチ」、モンシロチョウなどの青虫に卵を産み付け、卵からかえった幼虫は、ある日寄主の体を食い破って現れるのです。ですったら。ギャアアアアア。
私が見た黄色いつぶつぶはまさにそのコマユバチの幼虫が作った繭なのでした。
いやああああああ。まさにエイリアン〜〜〜〜〜〜。
うちのキャビーに何をする〜〜〜〜〜〜〜〜。
でもこのまま放っておいたらコマユバチがわんさかと生まれてしまうに違いないので、穴を掘って地中深くに埋めました。キャビーもろとも。
ついでにその上に石も置いておきました。
ごめんね、キャビー。
そしてコマユバチたちよ。
おかあさん、もういっぱいいっぱいですよ。
虫愛でる姫君はしょせんおかあさんには無理でしたよ。

朝起きてきたピヨ子とたぬ吉に
「あのねえ、キャビーねえ、病気で死んじゃったの。だからお母さん、埋めておいた」
と悲しげに報告すると。
「ええー,,,,」とショボーンとした後に、
「じゃあ、また畑に行って取ってこよう?」とつぶらな瞳で訴えるのでした。


イヤです。



ショカミン。  2004/7/21

私は学生時代そりゃあもう貧乏でしたので、いつも食べ物のことばかり考えていました。
おなかがすきすぎると胃がドンガラガーンと体の中で動いているのがわかります。
小人達のデモ行進でしょうか。クイモノヨコセー!!ウオーーーー!!
小人め。
しかしその状態を越えると、心がシンとなって、今までのあれこれが静かに思い出されるのです。
そして「ああ、私は今までなんと罪深いことをしてきたのだろう。しかしあれもこれも思い悩んでも仕方あるまい。私はそれらをただ見つめて生きていくしかないのだ」とインチキ解脱者の心境に何度となく至ったものです。
だもんで空腹にはわりと耐えられる方です。

しかし、睡眠不足には耐えられません。
寝不足の私はそりゃあものすごく機嫌が悪いです。
そんな時の私はなんでもかんでも人のせいにしはじめます。
電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、空がこんなに青いのも、すべてすべて私以外の誰かの陰謀で!! ムキ〜〜〜〜〜〜ッ!!

では、曇っていたり雨降りの日に眠くなる理由をお教えしましょう。
それは昔々、まだ人間が狩りと採集の生活をしていた頃にさかのぼります。
雨が降れば狩りには出かけられません。
「あー、雨かヨー。しょうがねえなあ。そんじゃ寝るかぁ」
と。
そこです!!

なので、私は今日はとても眠いのです。


一年。  2004/7/29

ちょうど去年の今日、ニャースケが旅立った。
ニャースケは私がまだ独身の頃にアパートの前で出逢ったノラ猫。
アパートでこっそり一緒に暮らすようになった。
冬の寒い朝には私の布団に入ってきて丸くなって一緒に眠った。

結婚して引っ越す時には、引っ越しの手伝いもしてくれた。
積み重ねて縛るだけにして置いた本を前にゴロンと寝てばかりいるので
「アンタも少し手伝いなよー」といったら
「ニャッ」と立ち上がって本の山に手をかけ
見事なまでに本をバラバラに崩してくれた。
そんなニャースケ。

結婚して夫の帰りを待つだけの生活に、いつしか心がやさぐれ、ケンカが多くなっていた頃。
いいだけ夫に文句を言って、ふてくされてゴロンとひっくり返った私の背中に、
後ろ足で立ち上がって「ニ゛ャッ」と両手でネコパンチした。
そんなニャースケ。

気の荒い猫なので、赤ちゃんが生まれることがわかった時は心配した。
「赤ちゃんかじられたらどうするの」と周りの人たちに言われ、ケージで飼うことを考えたりもしたけれど、実際ピヨ子が生まれてみるとニャースケは猫が変わったように穏やかな猫になった。
ピヨ子にしっぽをつかまれても耳を後ろ側にくっつけてグッと我慢していたニャースケ。
「もう辛抱ならんっ!!」という時には、爪を出さずに肉球でペチンと教育的指導をしてくれた。
そんなニャースケ。

そんな風にして私たちは8年間一緒に暮らした。
思えば夫より子ども達よりも、早くに家族になってくれたニャースケだった。
家族に憧れて憧れて、私を愛してくれる存在を求めていた。
愛を注ぐ対象を求めていた。
ニャースケは、ひとりぼっちでやせっぽっちでがらっぱちの私を少しずつ柔らかくしてくれた。
私はニャースケに何もしてあげられなかったけれど、
ニャースケは私にいっぱいいっぱいいっぱいいろんなものをくれた。
そして最期に「生きてるものは死ぬんだよ」ということを教えてくれた。
別れは最初から決まっていることで、そこまでどれだけ拾いものをするかなんだな。
たくさんでなくてもいいけど、綺麗なもの。大切なもの。
ずっとずっと何年たっても何十年たってもなくならない思い。

お山に向かって昇っていく一条の煙。


夏の思い出。  2004/8/20

今年の夏は近年ないほど忙しかったのです。
それは九州の実家に帰省したり、夫の実家に帰省したりしたからです。
飛行機は速いなあ。
飛行機に初めて乗ったのは大学受験の時でした。
雲の上にいるという感覚がどうしても信じられなくて、飛んでいる間中ずーっと窓の外を見ていたものでした。
あと、飛行機はお茶やジュースをくれるのですごいと思いました。
昔はお菓子もくれたのになあ。
あと、アメちゃんも。
余談だけどおばちゃんになるとアメのことを「アメちゃん」と呼ぶのはなぜだろう。
でも「アメちゃん」って言った方がありがたい感じがするなあ。
そんなことはどうでもいい。
夏の思い出を書き始めると、とんでもなく長くなってしまうので、今日はなかでも印象的な話をするとしよう。

実家でだらーんとくつろいでいると、夕方近くになってきれいな鐘の音がしてきた。
「カランカランカラン」と涼しげな、昔、夏休みの小学校のプールで休憩時間の合図として鳴らされていたような鐘の音。
「あれ、なんの音?」と母に聞くと
「アイスクリームやさんやろう」と母。
「へえー、買ったことないの?」とさらに聞くと
「速すぎて」と母は答える。
「速すぎて?」と私。
「アイスクリームやさん、鐘鳴らしたかと思ったらもうおらんくなっちょるんよ」と母。
どうやら謎のアイスクリームやさんは鐘を鳴らしながら猛スピードで通り過ぎていくらしいのだ。
しかもいつも。
そういえばカランカランの音は、私たちの会話わずか10秒の間にもうはるか彼方まで行ってしまった。
なんのためにそんなに急ぐのか、アイスクリームやさん!!
不売運動か!!
しかも自転車らしい。
片手で鐘を鳴らしながら、猛スピードでアイスクリーム売り。
命がけなのか。
命がけで買いにこいという無言のアピールか。
今度鐘の音が聞こえたら、絶対に追いかけてみせる!!


象印なら〜。  2004/8/24

最近、頭からどうしても離れない音楽が。
それは象印のCMで流れるあの歌
あがた森魚氏の「象印なら〜電気代ちょぼっとちょぼっと」という哀愁漂うメロディーにのせて、象印夫人岩下志麻さんが華麗にワルツを踊るのです。
美しいです。
我が家で大流行なのです。
誰かが歌い出すとつられて全員が歌い出し、歌い終わるまで踊り続けてしまうという、まるで「赤い靴」のような呪縛性を持った歌なのであります。
しかも終わり方が曖昧なので、下手すると延々と歌い続けるはめにおちいります。
家事が進まないのです。
いや、もともと家事はそんなにしていないので大丈夫です。


風邪をひいた夫。  2004/8/28

一昨日の夜のことです。
「じゃあ、ワタシはもう寝ますから」とPCに向かう夫の背中に声をかけると
「ああ、ありがとう」と返事が返ってきました。
「えええええ〜?!」と驚く私に
「あっ。間違えた。オヤスミ」と言い直した夫。
なんだいなんだい。
どういたしましてってんだ。

そんな彼は今、山崎豊子の「沈まぬ太陽」に凝っています。
以前ほど小説を読まなくなった夫が久しぶりにはまっている様子。
しかし、B型のサガなのか、何かに集中し出すと歯止めがきかない。
帰宅して食事をすますなり読書。
子ども達がワーワーギャーギャー騒いでいても読書。
換気扇の下でタバコを吸いながら読書。
私が何か話しかけると、その時だけは顔を上げるが、すぐにまた読書。
やるなあ。山崎豊子大先生。

アテネオリンピックと「沈まぬ太陽」の影響で、ここ数日寝不足気味だった夫が、今日、ついに風邪をひきました。
だから「早く寝てね」って言ってたのに。毎晩毎晩毎晩毎晩。もーうーーーーー。
「オレは自分が情けない,,,,」とつぶやきながら、7時前に床についた夫でした。
ちなみにこの「オレは自分が情けない」って、仮面ライダーエックスで出てきたセリフなんですよ。
どうでもいいですね。
あーあ。早くよくなったらいいなあ。


夢を見た。  2004/9/9

9月9日。重陽の節句。らしい。
祝ったことはありません。
いろんな節句があるなあ。
そんな今日、久しぶりに夢を見ました。
最近あまり夢を見なくなったので今日の夢にはびっくりしました。

夢の中で私は寝ていて、さらに夢を見ていましたよ。
夢の中の夢の中で(くどい)私は、バスを待っているのです。
なんとなく知っているような知らないようなその場所は、真っ暗なのです。
バス停だけがぼうっとけむるように明るくなっているのですが、近づいても字が読めません。
「あっ。コンタクト入れてないからだ」と私は悔やみますが、仕方がないのでただじっとバスを待っていました。
やがて暗闇の中からどこからともなく現れたバスは、私の行きたいところとは違う街へ行くバスでした。
なのであきらめて、タクシーに乗ることにしました。
ドアが開いて振り向いたタクシーの運転手さんは、なぜか顔が見えません。
自分の家に帰ろうと行き先を告げますが、運転手さんは返事もせずに車を走らせ始めました。
スピードを上げて走り出すタクシー。
全く知らない所を走っていくタクシー。
私の行きたいところはこんな道じゃないとふと思ったところで、夢から覚めました。
でも夢から覚めても夢の中。
無限のループ。

え?
私ですか?
煮詰まってますよ。
グダグダですよ。
まあ、そんな時もあるさー。はっはっはっ

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