モンテローザでお茶をにごす(2004年8月)

 「マッターホルン北壁なんて言っても、ほとんどが3級の壁でしかなく、4級の壁があるにはあっても、距離的には短いらしい。ということは、技術的には、大したことないはずだ。天候さえよければ、俺たちでもやれるんじゃないか?」と芳川くんを誘ったのは、今年の5月くらいのことでしたでしょうか。これに対して、芳川くんは、「世界3大北壁のひとつがそんなに簡単だとは、とても思えない。3級の壁ったって、テントも運ばねばならないし、食料だって3日分とか持って登るんだし、空身で赤岩を練習したようなわけには行かないよ。」というものでした。それで、私も考え直し、北壁ではなくて、一般ルートのヘルンリ稜をねらうことにしました。

 が、色々調べてみると、そのヘルンリ稜もバカにはできないことが判明しました。ヘルンリ小屋(麓のヒュッテ)を出発するのが朝の4時前で、ソルベイ小屋(途中の非難小屋)までに4時間以上かかると、その時点でガイドから肩を叩かれ、「来年また来い」と言われて山を降ろされるというのです。かなりの登攀スピードが要求されるため、足腰の筋力の他に心肺機能の強化が必要だということになりました。懸垂、腕立て、スクワットの3種の筋トレをやりつづけていた私には、それなりの筋力ができあがっていましたが、心肺機能については、強いとは言えませんでした。

 そこで、芳川くんのアドバイスに従って、筋トレにランニングなどを加えて心肺機能の強化に努め、槍・穂高・剱の山行を終えた後は、宮ノ森から盤渓に抜ける坂道を2キロほど走って登るサーキットトレーニングを4セットやってみたり、手稲山を走って登るなどの長距離坂道ランニングをやってみたりして、一気に心肺機能を向上させ、羊蹄山を2時間半で登るという自己ベスト記録をうち立てて(それまでのベストは、3時間10分。ちなみに、この自己新を出した日は、真狩コースから比羅夫コースに降りて登り返す2往復をやり、2回目の登頂タイムも2時間50分とそれまでの自己ベストを更新するタイムでした)、万全の態勢を整えてスイスのツェルマットに乗り込んだのは、8月18日の午後でした。

 ホテルへのチェックインを済ませると、すぐに、アルパインセンター(ここがツェルマットのガイドすべてを牛耳っている)を訪ね、ガイドの手配を頼み、翌日には、テストを受け(アルパインセンターでは、あまりにもド素人の客が多いため、マッターホルンに登れるかどうかのテストを行うようになっている)、そのテストに合格したまではよかったのですが、マッターホルンには、結局、登れませんでした。

アルパインセンターの前にて

 ツェルマットには12泊し、そのうちには天気がいい日もたくさんあったのですが、気温が低くて、8月中旬に降った雪が溶けず、ちょっと天気が悪くなると、さらに雪が積もる状態が続き、アルパインセンターに行く度に、「マッターホルンは今は無理だ、あと3日か4日後にまた来い」と言われるばかりで、最後には、ヘルンリ小屋(マッターホルンの前線基地)が閉鎖されてしまいまして、最終的には、「もう今年はスキーシーズンだ、来年の夏にまた来いや」ということになってしまいました。個人的にガイドをしてくれる人を探してみましたが、どのガイドも言うことはアルパインセンターと同じでした。こうなることがわかっていたなら、せめてシャモニーに場所を変えてモンブランだけでも登りたかったのですが、すべては、後の祭となりました。

 8月上旬には好天が続き、かなりの人数が登ったそうなので、敗因は、現地入りが1週間遅かったことにあります。去年は異常気象で6月ころから気温が上がり、9月に入っても暑い日が続き、皆、怒濤のように登ったらしいのですが、今年は、7月も寒くてダメで、登れたのは8月上旬だけだったそうです。しかし、8月上旬のスケジュールとなると、飛行機代が格段に高いので、今回の遠征は、失敗すべくして失敗した、という感じです。

 結局、私が登ったのは、マッターホルンの登攀が可能かどうかをテストされた際に登ったリッフェルホルン(2927.5mの岩山・・・これはロッククライミング)と、メッテルホルン(Matterhornではなく、Mettelhorn=標高3406m・・・登りの標高差1790m)、さらに、ブライトホルン(標高4164mだけど、登った標高差は369m)と、モンテ・ローザ(標高4633.9m・・・ツェルマット周辺では最も高い山で、登った標高差は1838.9m)の4つだけでした。


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