我々はゴクツブシ?(2010年11月18日)

先日、ある支援者から突然言われた。

「どうして議員さんたちは給料を安くしないのか!」

私は答えた。

「私たちは給料が高すぎるとは思っていませんよ。むしろ、安すぎてまいってます」

この私の回答に、相手は憤然と怒りだした。そして、「議員は私利私欲だけでやっている」とか、「市民のことなどまったく考えていない」とか、「なんの役にも立っていない」とか、「居眠りばかりしている」とか、「人数が多すぎる」とか、いろいろとご提言をいただき、「選挙は自転車に乗ってやるべきだ!」というようなご助言もいただいた。

「じゃあ、貧乏くさくやればいいんですか?」

と問い返してみたら、「あんたは、そんなことを言って!」と、相手はさらに怒っていた。

札幌市議会議員は「ゴクツブシ」だと思っている人はけっこう多いのではないかと思う。地元のテレビ放送局が制作している報道番組などで、キャスターのような役回りのアナウンサーなどが我々のことを報道するときは、常にそういう論調で批判的なコメントばかりを発している。

では、市議会議員は不要なのか?

私はそういう議論をきちんとした方がいいのではないかと思う。札幌市と姉妹提携している米国のポートランド市には、市議会議員はいない。コミッショナーと称される助役のようなポストに就く人が市長とともに選挙で選ばれているだけである。その人数は4名のみ。それでも、市民サービスが著しく悪いというようなことはなさそうである。ちなみに、そのポートランド市のコミッショナーは、我々よりもはるかに高額の報酬を得ているらしい。行政権ももっているので、高級官僚みたいなものなのである。これと対象的なのがドイツの市議会議員である。ドイツの地方議会制度は州によって異なるために、一括した話にしずらいのだが、共通しているのは、どこの都市でも、市議会議員の数が多い、ということである。人口比にすれば、どこの都市でも、札幌市よりもたくさんの市議会議員を選出している。が、ドイツの市議会議員は無報酬のボランティアである。都市によっては、それらの中から市長直属の執行部役員が選出されるが、それらの議員は、議員というよりも常勤職員であり、これにはきちんとした報酬が出されている。

マスコミが市議会議員をゴクツブシあつかいするのは、たぶん、費用対効果の問題があるからだろう。札幌市議会議員は現在66名あり、それらの議会活動にかかる諸々の経費は、H22年度予算額で、約14億8,600万円である。これを人数で割れば、約2,252万円となる。これだけのカネを使っているわりには、市議会議員がなにをしているのかとなると、一般にはほとんど知られていない。

ちなみに、市議会議員の仕事とは、市民意見を聞き、市役所の仕事にその意見を取り入れるよう働きかけることである。が、その内容は単純なものではない。市民や各種団体から陳情を受けると、それを常任委員会で審査し、本会議にかけて、採択したり、不採択にしたりする他に、市長が提案する予算や決算や種々の制度変更や種々の人事案件や公共事業の発注などについても審議する。また、意見書を国や道に提出したり、アメリカの核実験に反対する決議を行ったりもする。

それらの仕事をやりながら、4年に1度の選挙のための活動もするとなると、他の職業とのかけもちは簡単ではない。朝9時から夕方5時まで毎日出勤しなければならないような仕事と札幌市議会議員をかけもちでこなすことは不可能である。したがって、札幌市議会議員には、他の仕事をかけもちしなくても生活していけるだけの議員報酬が支払われており、その生活費以外にも、政務調査費などの議員活動にかかわる種々の経費が支払われている。

しかし、札幌市議会議員は裕福ではない。クルーザーを買ったり、別荘を買ったりしている人はひとりもいない。それどころか、息子や娘を東京の大学に行かせるとなると、議員報酬以外の収入がなければ、とても無理である。選挙費用や事務所経費など自腹で支払っている経費がかなりの額になるため、議員個人が生活費として使える金額は僅かなものでしかないのである。

しかし、そこに投入されている税金の総額は確かに小さい金額ではない。

市議会議員はいらない、というのであれば、これは国の制度を改革しなくてはならない。我々だけでは、そういう改革はできない。議会の審査を経ないと施行できないようになっている種々の事案を市長の決裁だけで施行できるようにしたり、種々の陳情を市長が直接受けつけるようにしたり、または、一切受け付けないようにしたりして、意見書の提出だの決議だのも一切行わないとするなら、市議会議員は不要になる。

ちなみに、市議会議員をもっと減らせという議論もよく聞かれる。これは、我々だけで決めることができる。が、なかなかうまくいかない。自民党は、選挙の度に各区の定数をひとつづつ減らそう、と主張しているが、他の会派の反対にあって、常に合意に至らない。

もっとも、各区1減程度のことでは、費用対効果の大幅な拡大にはならない。ゴクツブシと思っている人たちにすれば、66人を10人くらいに減らしてこそ、よくやった、という話になるのであろう。

議員定数を減らす話がうまく進まないのには理由がある。ひとつは、共産党や市民ネットワークなどが議席を減らすことを恐れて反対するからである。たぶん、現行の定数を半分にすれば、共産党や市民ネットワークは1議席も確保できなくなるだろう。が、共産党や市民ネットワークだけが反対するわけではない。民主党や公明党もいろいろと難色を示す。表面上はもっともらしい理屈をつけているが、要するに、自分が次ぎの選挙で落選するのが怖いのである。

議員定数を大幅に減らすには、なんらかの補償が必要であろう。意外と知られていないのだが、議員には退職金がない。選挙に落ちたら、私などは、その翌月から路頭に迷うことになる。しかも、地方税は前年の所得で計算されるから、収入がほとんどなくなるのに、膨大な額の税金を支払わねばならなくなる。なんらかの補償でもあれば、議員をやめる者もそれなりに出てくるだろうが、いきなり路上に放り出されるようなことになるのを覚悟せよと言っても、それは酷であろう。「自分のことばっかり考えて・・」という批判をされるかもしれないが、自分と自分の家族の生命財産を守ろうとするのは人としてあたりまえのことであり、そういう基本的な防衛本能が欠如している人間というのは、普通の人間ではない。「普通の人間でない者こそが議員にふさわしい」と考えている人も多いみたいだが、私はそういう考えには賛成できない。普通でない人間には常識的な判断ができない場合が多く、常に決死の覚悟で突撃ばかりしているような人間に市民生活にかかわる重要な案件を左右する権能を与えてしまうのは危険であろう。

尚、市議会議員を無報酬のボランティアにすべき、という議論もある。皆がそうした方がいいと言うなら、それでもいいと思う。が、それならば、現行の仕事は大幅に減らしてもらうしかない。ボランティアでやる以上は別に本業を持たねばならないわけだが、年間に100日以上も公務があるようでは、他に仕事を持つのは難しい。無報酬のドイツの市議会議員は、年に3日間程度しか公務がないのである。無報酬となれば、市議会での審査は予算と決算の賛否を決めるだけにしてしまい、特別委員会などで何日も議論するようなことは一切やめてしまうしかない。現行の業務をそのままにしておいて、報酬だけゼロにするというのは、暴論であろう。

とにかく、市議会議員の定数を半分以下とか、3分の1とかに減らしたり、あるいは、無報酬にしたりするならば、これも、国会の審議を経て、きちんとした制度変更をしてもらう必要がある。現行の定数枠(法定定数)は国の法律で決められているわけだから、大幅な定数削減を実施するには、その法律を変えてもらう必要があり、その変更時には、やめる議員への補償も必要だと思う。また、定数はそのままにしておいて、無報酬にするというのであれば、議会が受け持つ責任や事務量を大幅に減らす必要があり、収入を得られなくなる議員に対しては、それなりの補償を行うべきであろう。

とにかく、ドイツ型にするのか、米国型にするのか、それ以外の形を模索するのか、きちんとした議論を行うべきときに来ていると私は思う。そうでないと、市議会議員は、この先もずっと、なにかにつけて肩身の狭い思いをせねばならない。市民のためにと思ってやっているのに、その市民からゴクツブシあつかいされていたのでは、だれのために頑張ったらいいのかもわからなくなってしまう。


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