シュメール人と日本人(2010年11月22日)

紀元前3500年頃から紀元前2000年頃まで今のイラクのあたりで農耕文明に花を咲かせた民族がいる。

シュメール人である。

彼等は、史上最初の軍隊をつくり、最初に神の概念を確立し、最初の神話をつくり、最初の文字を発明し、最初の創世記を文書で残し、最初の数学を発明し、高度な天文学を開拓し、1時間を60分と定め、方位の一周を360度と定めた。白内障を手術する医療技術もあり、農業技術ばかりでなく、建築技術などにも優れており、泥レンガを積み上げて巨大な神殿を建設した。他の民族のほとんどが洞窟や毛皮のテントで寝泊まりしていた時代に、それだけの文明を築いた。なのに、その民族は紀元前2000年頃には自分たちの王朝を異民族に乗っ取られ、西アジアの砂漠の中に忽然と消えた。

シュメール人の直系の子孫は、ユダヤ人らしいのだが、今のユダヤ人にはいろんな民族が混入していて、白人のユダヤ人もあれば、黒人のユダヤ人もある。イスラエルに住んでいるユダヤ人は白人のユダヤ人だが、それらはシュメール人の末裔ではないらしい。シュメール人は、もともとはアジア人だったようだ。

日本人がシュメール人の末裔なのかどうかはわからないが、ひとつ言えることは、日本人とシュメール人はよく似ているということだ。まず、言語体系が非常によく似ている。文法や言葉の発音の仕方がよく似ているばかりでなく、漢字と仮名文字を併用して使う言語表記の仕方もそっくりなのである。また、シュメール人の宗教は多神教であり、女神を中心とした八百万の神々が神話の中に登場する。これは日本神道とよく似ている。たぶん、今の日本人は、4000年前に消えたシュメール人と非常によく似た精神構造をもっているだろう。

シュメール人が異民族に負けたのは、生産力の低下による。

その生産力が低下した理由は、少子化のようだ。

シュメール人は避妊のための薬草を知っていた。

神殿には巫女のような婦女子がいたのだが、それらは売春をしており、その稼ぎが神殿の収入源となっていた。神殿で売春をするのは、その町に生まれた女子の義務となっており、王の娘であっても一度はその義務を果たさねばならなかったようだ。もっとも、そういう場合の客は、それなりの身分の者が厳選されたようであり、売春とは言っても、事実上は結納を先に収める婚前交渉のようなものであったろう。

とにかく、そういう社会制度があったためか、そこには避妊に関する技術が発達していた。そして、文明が高度化するにつれて、シュメール人たちは子どもの数を制限するようになったらしい。教育にコストがかかりすぎるようになり、各家庭が育てられる子どもの数に限界が生じたのである。

シュメール人の畑が荒れるようになったのは、塩害による。土の塩分が濃くなると作物がよく実らなくなるのである。が、その塩害は、水まきなどの手間を惜しまず、畑の手入れを怠らねば防げるものらしい。が、少子化が進んだシュメール人社会では、そのこまめな手入れができなくなったのだろう。

シュメール人はメソポタミア全域を一手に統一するような大きな王朝をつくることができなかった。大小さまざまな都市国家を多数築き、それぞれの統治機構の中で安住するのが精いっぱいだったらしい。いくつかの都市国家を征圧した王朝もあったが、その領土は南メソポタミアの一部にすぎなかった。また、いくつかの都市国家の王たちから盟主として尊敬される王が出現し、それなりの権勢を誇った時代もあったが、その権勢は、北メソポタミアにまではおよばなかった。

結局、北メソポタミアに興った強大な異民族(アムル人)の王朝がメソポタミア全域を支配下に置き、シュメール人たちの都市国家はそれらの支配下の中で政治勢力としては消滅した。シュメール人の灌漑設備や建物や財宝や宗教語や学者語や様々な技術や文化は残ったが、シュメール人は消えた。公用語はアムル語となった。

日本語が消え、公用語が北京語となる日はそう遠くないのではないだろうか?

民主だ、自民だ、公明だ、共産だと、せせこましい我の張り合いばかりして、日本列島をきちんと統治する大きな政治勢力をつくれない日本人は、絶滅したシュメール人と非常によく似ている。


戻る