アポロ計画でっちあげ説を知って

先日、議会事務局の若い職員3名とよもやま話をしてまして、「天皇ってなんだろう?」の話がよくわからなかった、という感想をいただきました。古事記の記述とアレクサンドロス大王の遠征を平行して書きつづった部分がわかりづらかったのかなと思います。
そのことはともかく、その際、その若手職員3名から、
「人類は一度も月には行っていない」
という話を聴きました。そのときは、「そりゃあ、本当かね!」と驚きましたが、昔に見た『カプリコーン・ワン』という映画を思い出した程度のことで終わってしまいました。
ところが、その後、先週の日曜の夜だったと思いますが、自宅でピザを作っていまして、その最中に、なにかのテレビ番組で、その「月面上陸でっち上げ説」が報じられてました。アポロ計画が残した月面での船外活動の映像が徹底的に検証され、それらが、地球上のスタジオで撮影されたものであるという結論が出されてました。かなり説得力のあるもので、思わず、なるほど、と唸ってしまいました。

「この一歩は小さいが、人類にとっては巨大な飛躍である」
と言ったアームストロング船長の言葉が、一般市民を愚弄した、まったくの虚言であったとしても、我々には直接的な被害はありません。が、この一件には、アメリカという国を一匹の生き物として見たときの、その生態の本質を見たような気がしました。
また、それと同時に、アメリカ政府が最も重要視している「国家の威信」というやつをかけて守り抜いてきた第1級の国家機密が、ついに暴露されたのだとしたら、アメリカという国も、いよいよ末期症状を呈してきたことになると感じました。

今、長年に渡って覇権を唱え続けてきたチャンピオン国が無惨な敗北を喫しようとしているように思われます。ビン・ラディンを捕まえられないパウエル国務長官が乗り出したイ・パの調停が失敗に終わりそうなことなども、そのあたりの雰囲気を醸し出してくれています。あの失敗は、ただの失敗では終わらないでしょう。深入りすればするほど、アメリカには、さらなる火の粉が降りかかるものと感じます。

次のチャンピオンが決まるまでは、世界は、大いなる混沌の中に揺らぎ続けるでしょう。ある日突然、思ってもみなかった方角で大噴火が熾ることもあり得ると感じます。

昨日の朝の政治評論番組では、「有事」という言葉が問題になっていましたが、もはや、それは、言葉の問題ではなく、現実的なサバイバル戦を意味することになるような気がします。その有事法制3法案の閣議決定については、賛否両論が出ていますが、具体策についての2年の先送りを問題視するのは一種のイヤガラセであるような気がします。小泉首相は、とりあえず事を前進させよう、という前向きな姿勢で挑んでるものと思いたいし、そうであらねばなりません。

現状の日本を一個の人間として見ますと、それは、両手両足を縛り上げられて、腹巻き一枚で丸裸にされているようなカッコウです。通りすがりの者でも、その気にさえなれば、いつでも強姦できる状態です。腹巻きの中には鉄砲も戦車も潜水艦も入ってますが、手足を縛り上げられている状態では、なにもできません。
その恥ずべきカッコウを恥とも感じず、手足の縄を解こうともせず、やんわりとアメリカに強姦されつづけながら約50年間の泰平を心おきなく満喫した村人的人格の日本人は、そのわいせつ物陳列罪的な罪を償うために、さらなる辛酸を嘗めることになるような気がします。

「戦争をしない」というのと、「戦争ができない」というのとは、全然意味が違うんだ、ということが、どうしてわからないのか、その手の人たちのあさはかさには今更ながらウンザリしてしまいます。

私は、有事法制は、身だしなみの類であると思ってます。政府案については、もう少し煮詰めなくてはならない部分が多々あるやに聞いてますが、とにかく前向きに進めるべきと思ってます。

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