春香山・奥手稲山・迷い沢山・百松沢山縦走

2002年3月9日、芳川くんに誘われて、ノマドという旅行代理店主催の巡礼ツアーに参加しました。一泊二日で4つの山を縦走するツアーで、未体験ゾーンを味わいました。

3月9日(土)は、ちょうど第1定例議会の真っ最中で、前日の金曜日には3つ目の質問を終えたところだったのですが、とにかく委員会が長引いて、自宅に帰ったのは夜の10時すぎでした。このためか、興奮していてなかなか寝つかれず、2・3時間眠っただけで出発の時間となり、はじめから絶不調でした。
荷物の重みは10キログラム程度だったのですが、登りはじめてすぐにザックの重みに耐えられなくなり、春香山(標高906メートル/標高差770メートル)に登頂しただけでエラくバテてしまいました。下の写真は、春香山から石狩湾を見下ろしたところです。鼻につけているのはアルミホイルです。凍傷がまだ治りきってなくて、紫外線に当たると真っ黒になってしまうため、アルミホイルで保護しているのです。

その夜は、銀嶺荘という山小屋に泊まりました。中高年の元気なみなさんたちと一緒にガイドさんの白石さん(私の隣)がつくってくれたスキヤキを食べました。消灯は9時ころだったと思いますが、楽しい酒も入りましたし、この晩もなかなか眠れませんでした。

翌朝4時には、ヘッドライトをつけて支度をはじめ、うどんを食べて、日の出前に出発しました。奥手稲山(標高949メートル)に登頂したのが午前9時頃で、その次の迷い沢山(標高1006メートル)に登頂したのは午前10時ごろでした。この時点で、すでに5時間も行動しており、私の体力はほとんど使い果たされておりました。


「あ〜、早く帰りたい」と街の方を見下ろしている私です。

芳川くんもかなり疲労困ぱいしてました。

とにかく、最後の百松沢山(標高1038メートル)への登りの長いこと、あまりにも遠くて腹が立ってきました。ここがピークかと思うと、まだまだ奥に山があり、下っては登り、登っては下りの連続なんです。皆と呼吸が合わなくなってきて、途中からパーティーを抜けて休憩し、皆が行ってしまってから、ひとりで登りだしました。この頃から天気が良くなってきて、とにかく気だるい無気力感にさいなれました。芳川くんは、私の少し前を登ってましたが、彼も次第にパーティーから遅れはじめました。 驚いたのは、他のオバサンたちの元気なことでした。ずっとガイドさんの後から離れず、小休止する度にオニギリを食べ、黙々と進んでいくのです。
「これは登山じゃないんだ。巡礼ツアーなんだ」
と言った芳川くんの言葉が今も頭に残ってます。 一種、宗教的な何かを抱いて、延々と続く苦難を一歩ずつ刹那的に乗り越えて行くのです。先のことを考え過ぎてはいけないのです。「あとどれくらい登るのか」なんて考えはじめると耐えられません。次の一歩を確実に進めることだけ考えるようにして堪え忍ぶわけです。今まで私がやっていたのは、これとは、まったく逆のやり方でした。単独登攀とツアーへの参加は、ちょっと違うみたいです。とにかく、そうして、ようやくその百松沢山の頂上に達したのが午後2:00。
それからの下りが、また、死ぬほど長くて、もう、バテバテで、約11時間の歩行を終えて、福井堰堤に出迎えに来たツアーの車にたどり着いたときには、ひとことも言葉が出ませんでした。

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