北アルプス7日間の旅(2004年7月17日〜24日)

 東京に転勤になった芳川くんから「槍・穂高の縦走を考えてるんだけど、どお?」という打診があったのは、今年の5月でした。私は、「それは、是非参加したい」と、この企画に即決で乗りました。JALカードのマイルが貯まっていたので、飛行機代はかからないし、槍・穂高の縦走路は岩の登り降りだということでしたので、マッターホルンの練習にもなることが予想され、その上、「本州の山は、北海道の山と違って、山小屋が充実しているから、テントも水も食料も背負う必要がないよ」と聞いていたので、楽しいハイキング登山が目に浮かんだのです。

 「7月17日の土曜日から東京に出張します。出張ついでに、ちょこっと山にも登ってきます」ということで札幌を出た私は、羽田に着くと、芳川くんが作成したスケジュール通りに、そのまま新宿に向かい、新宿駅で芳川くんと待ち合わせて松本行きのスーパーあずさ31号に乗り込みました。松本駅で松本電鉄に乗り換え、新島々(しんしましま)という町で1泊したのですが、この新島々への到着は、予定よりも1時間遅れて、夜の11時ころになりました。遅れた理由は、松本駅に着いたときに、そのことに気づかず、乗り継ぎの電車に乗り遅れたからです。「終点につきましたよ」と車掌さんに言われるまで、他のお客さんがみんな降りてしまっていたことに気づかなかったわけですが、どうしてこんなドジを踏んだのかは、未だにわかりません。酒は確かに飲んでいました。でも、飲んだのは、ビール500ml缶2本と余市で仕入れた原酒10年モノを2人で250mlと白ワインを2人で1本と芳川くんが持ってきたラム酒を少々飲んだ程度でしたので、酔っぱらっていたというほどではありませんでした。

 その晩は、新島々の民宿「ほたか」に泊まって風呂に入り、消灯したのは12時半ころでした。翌朝は4時半に起床しました。

新島々の民宿「ほたか」

この民宿は、手打ち蕎麦のお店もやっていたのですが、その蕎麦はついに食べられませんでした。

上高地行きのバスに乗ったのは5:20でした。

上高地でバスを降りて入山届けを書いたのは6時半ころでした。

上高地ビジターセンターの前にて (標高 1500m)

上高地のホテル街

 このホテル街から河童橋という橋を渡って前穂高岳に登る道がありますが、私たちは、穂高連峰の右側を周り込んで一気に槍ヶ岳に登り、北穂高岳、奥穂高岳、と縦走して前穂高岳を降りて上高地に戻るコースを計画していました。槍・穂高の縦走というと、普通は3泊4日のコースだそうですが、私たちは、2泊3日でこれをやっつけてしまおうと考え、こういうコース取りになったのでした。ちなみに、今回のツアーには、渡辺さんも参加したのですが、渡辺さんは、「このコース取りだと、初日の槍ヶ岳までの行程がかなりきついよ」と言い、前日のうちに徳沢(槍ヶ岳への道を4分の1くらい進んだ地点)まで行っておいて、そこで1泊し、私たちと合流するのは、槍ヶ岳山頂の肩にある槍ヶ岳山荘で、ということになりました。

 登山道とは言えない平坦な道を延々と2時間半ほど進み、横尾という地点を過ぎたあたりから道は登山道らしくなりました。上高地から横尾までは、獲得標高が100mくらいしかなく、横尾から槍ヶ岳山荘までの標高差は1400mくらいあります。

午前 9:25 横尾山荘の前にて約20分休憩(標高 1600m)

午前10:34 槍沢ロッジ (標高 1700m)

 年輩の登山客たちは、上高地から来た場合、この槍沢ロッジに泊まるようです。登山は、この槍沢ロッジを過ぎたところからはじまります。ロッジの中を覗いてみますと、驚いたことに、中には風呂がありました。すぐそばに川が流れてましたので、水はいくらでもあるようでした。


次へ