青春の蹉跌


 「青春の蹉跌(さてつ)」(注:蹉跌とは失敗という意味)の作者石川達三氏は、早稲田大学英文科中退後半年間ブラジルに渡ったという、変わった経歴の持ち主であり、第1回芥川賞受賞者でも知られる。作品の多くは、当時の社会問題などを取り上げた「社会小説」で、その合理的、論理的で緻密な作風は他に類を見ない。

 さて、この「青春の蹉跌」であるが、主なあらすじは以下の通りである。主人公である江藤賢一郎は、貧しい法学生であるがゆえに、社会に対して大いなる野望を持っていた。資産家である伯父の望むがままに、その三女康子と結婚する事を望み、「日の当たる場所」に出たいと考えていた。そこで、邪魔になってきた女友達「登美子」に殺意を抱き、最終的に殺してしまうというものである。

 あらすじだけ見ると、非常に単純でありふれた話のように思えるが、文章の大部分は主人公である江藤賢一郎の理屈っぽく論理的な思考で埋められていて、これらは読み応え十分である。以下に印象に残った江藤の言葉及び文章を抜粋する。

1.江藤が愛人である登美子に別れを迫るときの言葉

 僕は君を愛する。しかし愛情によって君の自由を束縛してはいけないと思う。愛は愛、自由は自由。その二つをごっちゃにしてはいけない。…(以下中略)僕は君を束縛しない。僕は君を愛しているが、しかし、君は自由だ。また僕も自由でありたい。束縛することが愛ではないんだ。互いに相手の自由を認め、相手の自由な成長を願う事が本当の愛じゃないか?…(以下長すぎて省略)

2.江藤の結婚に対する考え方

 結婚生活を支えていく原動力となるものは、二つある。一つは経済力、もう一つは愛情の支え。経済は目に見えるもの、具体的なものではっきりとしているが、二人の愛情の在り方となると、生涯の謎だ。謎だから面白いが、人生のあらゆる苦悩もそこから生じる。してみれば、愛情という捕えがたいものを基準にして結婚を考えるよりも、経済という具体的なはっきりとしたものを基準に結婚を考えるほうが、懸命であるし間違いが少ない。

 上記の江藤の考え方を読んでいると、確かにそうだな、と思わない部分も無くは無い。論理的に考えれば全くもってその通りなのである。しかし、人間は理屈どおりに行動できる生き物ではない。最終的に江藤は追い詰められたかの様に、単純な殺人を犯してしまう。

 この小説は、人間が本来の性質を忘れ、理性のみに従い生きようとすると、必ず破滅するという事を私に教えてくれた小説であると同時に、「女は恐い」という事をまざまざと教えてくれた小説で、私の中では座右の銘、ならぬ座右の書「best of my book」である。


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