佐久間湖左岸廃道歩き(96.3)

 佐久間湖は、天竜川が佐久間ダムによりせき止められた、諏訪湖の4倍もの貯水量をもつ湖です。湖はダイナミックに蛇行しており、湖畔はえんえんと30キロ近く人家がなく、道をたどっても同じような風景を繰返し、騙されているような気分になり、いつの間にか人生を考えてしまう、それでもちょくちょく出かけているお気に入りの場所です。


佐久間湖:水窪町栗代にて

  これより以下の文は、惜しくも廃刊となってしまった熱烈的探険雑誌「探険倶楽部」Vol.4(青人社・96年7月刊)に寄稿したものに加筆したものです。


コース:JR佐久間駅−佐久間ダム−佐久間湖左岸廃道−JR大嵐駅(30km)
メンバー:井下、小栗、ももちゃん
 静岡・愛知・長野。この3県の県境付近は険しい山と谷が入り組んでいる。点在する集落は、狭い谷間にわずかにできた平地や日当たりのいい緩斜面に散見され、よくぞこんな所に、という思いを抱いてしまう。道路事情もよくない。従って、JR飯田線が地元の重要な足となっているのだ。
 地図を開くと、佐久間ダム湖のほとりには右岸と左岸の両方に道がついている。そして静岡県側である左岸の道は数年前から廃道となっている。
 中央構造線に沿ったこの地域は、地盤がもろく、崩壊、地滑りが相次いでいる。地元で聞いた話によれば、以前この静岡側の道を走っていたトラックが土砂崩れに遭ったのだが、掘り出すことができなかった。その遺族が県を相手取って訴訟を起こしたため、それ以来県はこの道の管理をやめてしまったという。
 そして現在では通行止めとなっているのだが、いまだ地図からは消えていない。 そこでかつての道を探るべく、JR佐久間駅から佐久間ダムを経て大嵐駅に至る30kmを歩いてみた。

 午前9時に佐久間駅を出発。発電所を過ぎ40分ほど歩くと佐久間ダムに出る。シーズンオフなので観光客の姿はまったくない。辺りは静まりかえっている。
 だだっ広い駐車場を過ぎて左岸道を進む。すぐに「全面通行止」の表示とゲートが見えてきた。地面に残された無数の轍が、車の頻繁な出入りを示していた。

佐久間側ゲート。工事関係車が出入りするようだ。
 ゲートを過ぎてしばらくは、道路沿いのそこかしこで工事をしていた。道路の復旧工事なのだろうか。
 しかし、その工事箇所は2キロぐらいで終わり、轍がだんだん細くなってきた。それでもこの辺りには地元の林業の人が入っているようだ。切り口の新しい材木が並んでいたり、枝打ち用のはしごが組まれていた。
 周囲は山と空とダムの水ばかりである。対岸の県道も、何十分に1台という通行量だ。歩くのをやめると何の音もしなくなる。

静かな湖畔。この辺りの斜面は植林がまだ新しい。

湖面を見下ろす。水没する前の風景はもう想像できない。
 佐久間ダムの建設に伴って、飯田線の3つの駅が水没した。天竜山室、豊根口、天竜白神である。眼下のダム湖の中にかつて存在した生活の跡を見出そうとしたが、何の手がかりも得られない。湖面はただ静かにさざ波を刻むばかりである。
 そのうち、周囲の林には人の手が入っていない気配が濃くなってきた。道の上には大きな石や枯れ枝が目につくようになり、通りにくく心細い。

 やがて土砂崩れの跡が現れた。佐久間側の車止めとなる。
 崩れてだいぶ年月が経つようだ。幅は40mほどだが、角度は浅く、かすかな踏み跡があり、問題なく通過できた。

慎重に通過する
この崖崩れ以後はまさに廃道の世界である。堆積した枯れ葉や枝、落石、倒木、崩壊。日当たりのいい所には幼木が生えている。植生の回復の力を見せ付けられる。道にも生死があるのだ。そんなことを感じながら歩き続けた。

幼木地帯

落石地帯

まさに廃道
 廃道のさまざまなバリエーションを通り抜け、そろそろ廃道区間も終わりに近づいたと思い始めた頃、突然道がなくなっていた。ぐっと回り込んで沢をわたる筈の道が流されてしまっていた。かなり大規模な土石流の跡である。崩れ面のトラバースは危険と判断し、河原に降りて迂回し、直登で復帰した。

潅木を利用して直登

ようやく夏焼集落が見えた。
 正面の斜面に数件の家が見えてきた。夏焼集落である。ここまでくれば廃道区間はもうすぐ終わりだ。人の生活圏に戻ってきたのだ。早まる歩調を抑えられない。路面にアスファルトが現れ始め、格段に歩きやすくなった。崖下に飯田線の廃橋脚が見える。

旧飯田線の橋脚
 地面のアスファルトがだんだんしっかりしてきた。そして大嵐側の通行止め。夏焼トンネルの出口は真向かいである。これで廃道は終わりだ。普通の道がやたら頼もしく見える。ゴールの大嵐駅まであと1.5キロの地点である。

廃道区間を無事通過。大嵐側通行止め。


細く長い夏焼トンネル。1000mぐらいの長さがあり、歩くと10分くらいかかる。
 かつて電車が通っていた、やたら長いトンネル夏焼隧道を通って、夕方5時に大嵐駅に到着した。ちょうど電車が来て、我々が半日かかった歩程を、わずか30分で佐久間まで運んでくれた。

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