おすすめCDコーナー幻の名盤解放歌集
これは立派な考現学だ!
すべての音盤は すべからくターンテーブルで平等に再生表現される権利を有する(幻の名盤解放同盟)
この日本にこんな歌があったのか!と心に風穴が・・・。いったい誰が、何のためにこんな歌を作ったのか??
世の中には、21世紀に伝えておきたい、名作と呼ばれる作品が多く存在する反面、なかった事にしておきたいという扱いを受ける作品もまた数多い。
冗談ではない。光ある所に影があり、真の闇なくして光は輝けないのだ。影を認めない者は光の本質を見抜くことはできない。
このCDシリーズは、売れそこなって歌謡界に埋もれ黙殺され続けた影のレコードを引きずり出し、レコード会社ごとにオムニバス形式でまとめてしまった快盤である。
ディスク内には歌い手ひとりひとりの、さまざまな本気汁がみなぎっている。商業的な成功など目的でない自己表現欲がいろいろな形をしてひしめきあっている。いったい人間とは?
それにしても音楽とは実に幅広い表現方法であることよ。
これらのCDはPヴァインより発売されていた。だけど買うのに少し勇気がいるんだこれが。(税抜価格2800円)※現在はどうも廃盤のようです。YAHOO!のオークションで一定の人気で出品されてはいるが、ややプレミアがついている模様っす。
この解放歌集CDの特色
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| ハートを狙い撃ち〜クラウン編 PCD-1512
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| 一人爆発GS歌謡の2は「バン!バン!バンバンバンバン!」と口で擬音を発生しながら容赦なくハートを狙い撃ってくる。聴く者の心は風穴だらけとなる。要注意。クラウンレコードが誇るひしゃげボーカルの重鎮4と5は味があり、世相をひょいひょいさばく軽快なナンバーと労働者人生讃歌となっている。12はミリオンナイツで大騒ぎになった歌で、すさんだ10代における熱い友情を生々しく再現。もたもたしたディスコナンバーの14/15はやる気がないようで実はある。16は壮大に2人がかりで「命かけ、俺はやる〜」と熱唱するが主題が見えない。17は『365歩のマーチ』を英訳したもので、R&B風に歌う意欲作だがもったりし過ぎ。ほかにも様々なタイプの曲が揃った好盤。 | |
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スナッキーで踊ろう〜日本コロムビア編
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| 地の奥底から響くような風呂場エコーの1は違和感たっぷり。ジャケット写真も同曲のもので、そうとうご満悦状態につき必聴。スナッキーとはプリマハムの商品名だそうで、CMに使われていたらしい。ぜひ見たいものだ。若気の空回り5は全編にわたり意味もなく3人ほどの気が違ったような女の子の嬌声が入っている。7は加藤和彦作曲の変拍子の意欲作であるが、しっとり歌い上げるムード歌謡でありながら尺八の伴奏となっており変な気分になる。出稼ぎに出たままだまされて帰らない父を歌った日本一絶望的な悲しい家庭環境を暴露する10は何のために録音したのか理解に苦しむところがよい。しかも歌い手は中学生。15は一見メルヘンタッチであるが、実は現実逃避っぽい朦朧とした危険な香りのする、どこかへ行ってしまうナンバー。またこの盤には世の相対性に揺さ振りをかける中年悶絶歌手マリア四郎が多数フィーチャーされている。 | |
| 太陽に抱かれたい〜ミノルフォン編 PCD-1514
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| この盤における聞き物はタイトル曲の1で、ほかははっきりいってどうでもいい。特に後半にはGSが多いが、まったくどうでもいい。 ジャケットの右側で虚空のポーズをとっている男が唄う1は、灼熱のディストーションのかかった割れた声が、聞く者の耳から全身を共振させ、ついには発熱に至る。どのような歌声かというと、体中の粘液を喉に集め、血が出るほどに全力で叫ぶような、どギタない声である。何の迷いもなく、まっすぐに唄っている。そのせいで、季節に関係なく灼熱の太陽にじりじりとあぶられるような暑苦しさを覚えるものである。浮かんでくる情景は、干上がりかけた沼の泥で暴れまわるザリガニ、といった事を評する者が多い。この一曲プラスαに2800円かけることができるか否かが、入手の決断の分かれ目であるといえよう。 | |
| シューベルト物語〜テイチク編 PCD-1520
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| 1はジャケット左上の男ニッキー(本名ニック・クラウス)によるものだが、すっかりシューベルトになりきっており、夜霧の一人同時通訳歌謡となっている。2は朗々と歌い上げるさわやか歌謡かと思いきや、突然広沢虎造のようなダミ声に変化し、また何事もなかったかのように元の快唱にもどる。まるでセレクタースイッチをA-B-A-B-と切り替えているような両声具有の力唱である。4は公害の現象と地名をまるで早口言葉のように羅列していながら、メロディはさわやかでアンバランスである。ブルースかどうかは議論の余地がある。7はサイモンとガーファンクルのカバーであるが、まさに直訳。12〜16はお色気歌謡。12は発声リズム歌謡とでもいうべきで、スキャットで様々なリズムを出している。ボイス・パーカッションといえる。15,16もまたおまじないのようなスキャットの連発。21はゆったりと重たい唱法で土地の息遣いと臭いを感じさせる寄場歌謡の名作である。 | |
| ダイナマイト・ロック〜テイチク編 PCD-1525
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| 全面的に梅宮辰夫がフィーチャーされている。不良番長、夜の帝王といったイメージの映画主題歌・挿入歌が大半である。東映映画『不良番長』シリーズは全16本が作られた長寿シリーズであった。そうした映画シリーズや、テレビドラマ、トーク番組などに出ている梅宮辰夫はどこか空々しい。このCDで歌う梅辰もまた、詞の内容とは裏腹に空々しい。設定がスリリングであったり、大胆であったり、夜の世界であったとしても、そうした世界を増長させるでなく、マイペースでクールで、つまり棒読み調に無感情にこなしている。しかしそれは心地よい余裕と暖かみであり、梅辰亭のコロッケや漬物よりも味わい深いはずだ。その辺りについてはインナー・スリーブで杉作J太郎による解説がなされている。 後半部では梅辰以外の曲が入る。 15,16はスモーキーな和製ジャズ、17はシャープでドライなスティールギター、19では豪快な和太鼓が冴えている。20は『メッタメタガキ道講座』の世界そのもので、ドバドバブー鼻血がブーの圧倒的なパワーである。 | |
| 男が死んで行く時に〜ポニーキャニオン編 PCD-1522
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| 安藤昇である。むかし安部譲二が子分だった安藤組の親分なのである。 その安藤の歌と語りは実に熱く、親分的、兄哥的である。男を通し、傷つき、転がり続ける有り様を、我々の魂に訴えかける。突然からんできたり、怒り出したりするので驚かないように。 1は圧巻である。死に際の男の独白なのだが、重く激しく潔い。しかし実際の死ぬ時にこんなにうるさい男はいないだろう。6は宇崎竜堂によるもので「港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ」の姉妹作である。祭りにおけるいざこざがスリリングに再現され、結局自分は刺されてしまう。なんてこった。他のナンバーにおいても語ることと歌うことが同格になっていて、覚悟の上に成り立ったその世界がぐいと押し付けられる。梅宮辰夫の「不良番長」とは格が違う。 また1がアンコールで20でも流れる。実に男くさいヘヴィな一枚だ。 おまけの特製ステッカーつき。 | |
| うちの家族は女の天下〜ビクター編 PCD-1528
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| ジャケット写真はホーム・クッキーズなるものであるが、真ん中の女の子がしゃしゃり出ているので、いかにも態度がでかそうに見えるであろう。父さんなぞ、もはやかすみかけている。実際に曲を聞いてみると全く写真の通りで、この女の子の生意気な存在が誠にうっとうしいのである。1はニセサザエさん風な曲調で、男の弱さのために保たれている、亀裂の入った家族平和讃歌、2は女の子のソロであるが、あらゆる現象を他人のせいにするという、ミリオンナイツでかかるやいなや苦情が殺到したほどの生意気さであふれている。弛み気味のベースが奏でる「ドウーンドウーン」という音色がさらに腹立たしさを煽る不快指数の高いナンバー。 この盤の聴きどころ3〜9の歌い手ケン・サンダースは俳優で、アフリカン・アメリカンと日本人のハーフで右のような男であるが、声は適度に太く低く、粘着力があり、しつこいのに陰湿でなく、へこたれない頑丈さをもった純天然の名ボーカリストである。声の感じとしては用水路を泥水が流れるようで、人物でいえばささきいさおと田村正和を足して3で割ったような印象を受けた。3は独白の合間に朗々とフレーズを歌うが、確固たる自分の世界に入り込んでおり、メロディが外れているのも気づかせないほどである。 13は車のエンジン音が入った、カーレースを舞台にした疾走感あふれるナンバーだが、曲はなんと「ひとつ〜.....、ふたつ〜.......」と数え歌形式となっている。ドラムサウンドではなく速弾きベースでスピード感を再現。こんなに不確実で速い数え歌はない。しかも随所に気のふれたようなシャウトが入る。作詞はなななんと詩人の谷川俊太郎!若かったんだねぇ。17はクラシックの有名曲に日本語詞をのせたアルバム『パロッタ・クラシック』から。「白鳥の湖」に日本語演歌詞をのせたものだが、宮地おさむの下世話な歌い方がすっかりオリジナリティを勝ち得ている。 | |