三文オペラ資本主義の矛盾をおちょくるマック・ザ・ナイフ

Die Dreigroschennoper

 「アリアの流れる映画館」の第一回は、皮肉にも「反オペラ」

といわれるクルト・ワイルの作曲になる「三文オペラ」からとな

った。このオペラは「乞食オペラ」という作品をB.ブレヒトと

E.ハウプトマンが改作した台本をもとに1928年に作曲され、

同年ベルリンで初演されたもの。

 さて、映画の方は1890年代のロンドンが舞台。貧民街ソーホ

ーの顔役、マッキー・メッサー(マック・ザ・ナイフ)は街で出

会ったポリーを見初め、その日のうちに結婚式を挙げる。ところ

がポリーはロンドンの乞食の総元締め、「乞食王」ピーチャムの

娘だった。

 ピーチャムはそんな盗人野郎に娘をやれないと、ロンドンの警

視総監に彼の逮捕を要求する。彼がマッキー・メッサーと親友で

あることを知っているからだ。折しも女王の戴冠式のパレードが

行われる直前(ヴィクトリア女王の戴冠式は1901年)、もし逮

捕しなければ、その大切なパレードにロンドン中の乞食を集めて

デモ行進をすると脅す。

 愛人に密告されて捕らえられたマッキー・メッサーは、その愛

人によって脱獄に成功して街に戻る。一方、妻のポリーは銀行を

のっとりシティバンクの長に収まり、マッキーを頭取にする。マ

ッキーの脱獄を知ったピーチャムは警視総監が逃がしたと思い、

乞食のデモ行進を戴冠式のパレードにぶつけることになる・・・

 極めて荒唐無稽なストーリーで風刺が散りばめられた内容だが、

このオペラ及び映画の主題は、端的に歌詞に表れている。冒頭の

歌は、たとえばこんな具合だ。

「罪を犯さず正直に生きろと説教たれても おまんま食えなきゃ

聞く耳持たねえ 清く正しく生きようと 精いっぱいもがいてみ

ても 道徳の前にはまずメシだ 貧乏人には世間の分け前は回っ

てこねえ 生きるために必要なのは どんなに苦しみもがいても

人間だってことをすっかり忘れちまうことさ 自分にだけは正直

に生きろ 罪を犯さなきゃ生きられねえ」

 金持ちを殺して金を奪うマッキー・メッサー。それを貧者に施

すなんていう義賊ではまったくない。持てる者と持たざる者の溝

が果てしなく深かった資本主義の初期において、労働者を生かさ

ぬよう殺さぬよう徹底的に搾取するモラルのかけらもない資本家

に対する強力なアンチ・ヒーローを生み出したのだ。そしてシテ

ィ・バンクを乗っ取った彼は乞食王、元警視総監と組んで、さら

なる金儲けに動くことになる。メッキーは盗人の頭領として搾取

する側にあったろうし、乞食王はもちろん(何と50%のマージン

を乞食たちから取っていた)。今度は、ただ合法的な搾取者にな

るというだけ。要するに、弱肉強食の資本主義の矛盾を徹底的に

風刺してみせてくれているのだ。

 辻音楽師がオルガンを回し、紙芝居のように絵を見せながら歌

歌うシーンがいい。こういう風に新聞の役割を果たすような一種

の大道芸があったのかもしれない。彼が実は物語の狂言回しの役

割を担っている。ここで彼が最初に歌うのは、あのあまりにも有

名な「あいくちマッキー(マック・ザ・ナイフ)の殺し歌」だ。

「鮫にゃ歯がある 顔中いっぱいでっかい歯がある マック・ヒ

ースにゃドスがある こっそりどこかに隠してら ある晴れた日

曜に 土左右衛門が転がってた 影を曲がる人影が その名はド

スのメッキーだ シュムル・マイヤーはどこ消えた 他の金持ち

はどこ消えた マック・ヒースの懐にゃ金ががっぽり 足がつく

よな馬鹿はしねえ ジェニー・タウラーが見つかった 胸をドス

で刺されてた 波止場をふらつくマック・ヒース・・・」

 そして戦友で親友の警視総監と「兵隊の寝床は大砲だ・・」と

歌う「大砲の歌」は、これと並ぶポピュラーな歌。さらに、クル

ト・ワイルの奥さんでソプラノ歌手、ロッテ・レーニャがマッキ

ーの愛人役で出演している。彼のオペラのヒロインで多くのレコ

ードを残している彼女だが、この映画では「私の仕事は皿洗い」

の1曲だけを披露している。

 ラストに歌われる歌の歌詞は以下の通り。どこかもの悲しいラ

スト・シーンだ。

「これでめでたく幕は閉じ 一つ屋根の下で一件落着 金が手に

入りゃ すべて丸くおさまる 荒波を泳ぎ回りたきゃ 他の奴等

を追っ払うことだ けど最後は一緒に肩寄せあって 貧乏人のメ

シを食う 闇の中にいる奴もいれば 光のあたる奴もいる 光の

あたる奴はよく見えるが 闇にいる奴は見えやしねえ」

 この映画が日本で公開されたのは五・一五事件の起こった昭和

7年。検閲でズタズタにカットされ、浅草ではトーキーの波に押

されて解雇された弁士や音楽士たちが大勝館に立てこもってスト

を起こしたことが社会問題化していたと、猪俣勝人氏がその思い

出を述べている(「世界映画名作史」戦前編・猪俣勝人著/社会

思想社)。

               Ende


映画データ・・31・独米合作/製作=ザイモール・ネーベンツァ

ール/監督=G.W.パプスト/原作=ベルトルト・ブレヒト/脚

本=レオ・ランア、ラディスラウス・ヴァイダ、ベラ・バラージュ

/撮影=フリッツ・アルノ・ワグナー/美術=アンドレイ・アンド

レイエフ/音楽=クルト・ワイル/出演=ルドルフ・フォルスター

(メッキー・メッサー)、カローラ・ネーヘル(ポリー)、フリッ

ツ・ラスプ(ピーチャム)、ラインホルト・シュンツェル(警視総

監ジャッキーことタイガー・ブラウン)、ロッテ・レーニャ(ジェ

ニー)


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