情報発信の基本は テレビがあってのネット
この1~2年はソーシャルメディアの登場で、ネット世論も大きくなりつつあります。しかし、ネットが有権者全体に与える影響は、テレビに比べてまだまだ弱い。
いまの状況で感じるのは、以前よりスピードが速くなり、直感的なものが重視されるようになったということ。ツイッターなどのソーシャルメディアでのつぶやきは、フォロアー達の瞬間的で直感的な判断によって、瞬く間に「拡散」されます。よくも悪くも一瞬の姿や言動で判断されるので、政策はもちろん、その人自身の人間像をこれまで以上に注意深く発信していく必要があります。
政治におけるソーシャルメディアの普及は、やはり鳩山前首相の活動が大きいでしょう。官房副長官だった松井孝治さんが音頭をとり、劇作家の平田オリザさんやクリエイティブディレクターの佐藤尚之さんらが参加した民間のワーキンググループが結成され、「鳩山ツイッター」や「鳩カフェ」(ネット上のブログと、官邸に人を招いてのリアルな政策対話会)などがはじまりました。これらの活動は、巨視的に考えると、「無縁社会」とか「孤族」とか、現在マスメディアでも話題になっている「バラバラになった個人」と政府を、双方向的につなげようとする試みだったといえる。それは "新しい公共"といわれた、NPOや社会起業事業への寄付税制の拡充といった政策にもつながるものだったが、大きな広がりにならなかった。それには、いろんな理由があるが、コミュニケーションのパイプとしてネットが偏重されたことも大きな一因。1億3千万人を相手にする政治コミュニケーションにおけるマスメディアの重要性。そこに尽きるのではないでしょうか。
最近、政治家のネット配信番組への出演も増えていますが、その代表的な存在が小沢元民主党代表。小沢さんは昔から新しいメディアにも敏感な人。自由党の時のCMでは「旧体制」と書かれたロボットに体当たりしたり、民主党のCMでは嵐の海を船で渡って甲板に投げ出されたり、選挙前には漫画「浮世雲」の自薦集を出版したりと、宣伝のためなら、いろんなことをやります。地上戦と空中戦の両方が大事であることを、さすがによくわかっている。
最近はネット番組に出演した時の発言等が新聞やテレビで取り上げられるようになり、政治の舞台としてのインターネットをマスメディアも無視できなくなりつつあります。これはかつてテレビに政治家が登場しはじめた頃におこった"サンプロ現象"とよく似ている。かつて新聞は政治家がテレビに出演しても、そこでの言動を記事にすることはありませんでした。ある時、「サンデープロジェクト」に出演した小泉純一郎さん、加藤紘一さん、山崎拓さんが、当時の海部首相を批判。そのあまり激しさに、新聞はそのことを書かざるを得なくなり、それ以降ですね。テレビで発言したことが新聞で記事になり、それが政界の中で回りだしたのは。いまの動画サイトの状況は、その頃のテレビと新聞の関係によく似ています。しかし、いまはまだインターネットだけでは伝播力が弱い。ネットの議論が一般化するには依然マスメディアの力が必要です。
とはいえ、ネットの発達によって有権者はより多くの情報を手にすることができるようになり、政治家も発信量が増やせるし、ツイッターで有権者のところに直接飛び込み「会話」できるようになった。情報量の増大と双方向性は、両者にとって、基本的に望ましい。ただ、ネットが政治をどう変えたかという議論は、まだ先のこと。テレビでも「テレビ政治」といわれる事態が現われるまで、1952年の誕生から30年以上かかりました。ネットが政治を本当にどう変えるかを判断するには、もうしばらく時間が必要でしょう。
民主党ブランドはもう使えない
4月の統一地方選では、自民党も公明党も、強烈に民主党を叩くことでしょう。逆に民主党はひたすら自分たちのことを説明するしかないですが、野党のネガティブキャンペーンを受け止めるだけの余裕はないかもしれません。私は公開討論会のコーディネーターも務めているのですが、最近、「民主党と名乗ると負けるので、無党派として戦いたい」という人が増えています。それだけ民主党ブランドがいまや使えないものになっているし、今後も、この傾向は強くなっていくと思います。
民主党がうまく行かなかった理由はいくつかあると思いますが、衆院選の時に勝つために、できない約束までしてしまい、実行が難しくなってしまったことが大きい。問題は、民主党と共にマニフェストに対する信頼感も落ちてしまったことであり、これに託つけて候補者たちがマニフェストから逃げ出していることです。先日もある市長選で、候補者全員がマニフェストを出していなかっため、公開討論会で「なぜマニフェストを用意しないんですか」とたずねたところ、「いまさらマニフェストは……」という答え。こういう状況をつくり出してしまった民主党の罪は本当に大きいと思います。
私はこの10年間、全国各地の公開討論会をお手伝いしているのですが、前回の統一地方選挙のあたりから、地方政治に深い変化が起こりつつあるのを感じています。東京で働いていたらあまり感じませんが、いま地方で一番の問題は人口減少、人がいなくなって市町村自体が消滅する危機感が蔓延しています。首長選の討論会などでは「この街が生き残るためにはどうするべきなのか」ということが真剣に議論されてはじめています。10年前には、中央との「パイプ」をもつ政治家を地域の有力者が取り囲むという保守層や「旧住民」とそれ以外の「革新」や「新住民」が選挙を戦うという構図が残っていましたが、小泉政権以降、肝心のパイプが機能しなくなり保守層が崩れています。同時に、「革新」や「新住民」も高齢化することで、全体としての地域内での対立が、右か左かといったものから、年金をもらえる勝ち抜け世代と、人口減少と高齢化の中、これからも町で生きていかなければならない若手世代の対立となりつつあります。近年、首長選などで、新旧の保守同士の戦いが多くなってきているのは、このような事情が背景にあるのです。
今回の統一地方選挙は、ちょうど団塊世代のリタイアの時期と重なるわけで、その巨大なショックを地域としてどのように受け止めつつ、今後の道をつくっていくかが問われることになります。われわれ有権者は、共に地域に生きる仲間として、10年先を見据えつつ、どのような地域や社会を作っていくのかを、議論し選択していくことが重要になってくるでしょう。おそらくは、少なくない地域において存続のために与えられた最後の機会になると思います。中央政界の党派争いや党内抗争、そして、立候補者の勝ち負けを超えて、キチンと選択をする。その選択をサポートすることも、ネットをはじめとしたメディアの重要な役割です。
× × × ×
タイトル 立教大学社会学部 メディア社会学科助教 逢坂巌氏 プロフィール おうさか・いわお 1965年生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院法学政治学研究科修了後、同博士課程中退。同大学助手を経て、現職。 専門は政治学、現代日本政治、政治コミュニケーション、政治とメディア等。著書に『テレビ政治』(朝日新聞社、共著)がある。
<サイトトップへ>