(『フロスト×ニクソン』映画パンフレット、東宝、2009)

テレビ時代における統治者の困難 

 

 逢坂巌
立教大学社会学部メディア社会学科助教

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「今日の指導者にとって最も苦しい闘いは、主張を異にする政治団体の指導者との闘いではなく、電波を独占し庶民をまどわし世論を歪めてしまう口達者で薄っぺらで破壊的な知識人との闘争である。
 テレビは国家指導のあり方を変え、指導者に選ばれようと望む人々の個性まで変えてしまった。風采の上がらない、声のカン高いリンカーンは、今日なら大統領になれなかったことだろう。逸話を長々と引きながら話す彼の話術も、テレビには適さなかったに違いない。今日の流行は、長い寓話の引用ではなく、たった一秒で売り込むCMのコピーである」
 (リチャード・M・ニクソン『指導者とは』文芸春秋(徳岡孝夫訳)1986年)

 

 本作で脚本を手がけているピーター・モーガンは、近年、『クィーン』や『ラストキング・オブ・スコットランド』など、実在の権力者を題材にした政治ドラマを描いてきた。『クィーン』においては、ブレア前英国首相を狂言まわしに、ダイアナ元妃自動車事故への対応を巡るエリザベス2世の葛藤を描き、現代のメディア社会/大衆社会における王位の有り様を見事に浮かび上がらせた。『ラストキング・オブ・スコットランド』では、若きイギリス人医師の目を通してウガンダのアミン大統領を描き、権力者の魅力(チャーム)と虚無を表現した。両者ともフィクショナルな部分を相当に含むとはいえ、それぞれが象徴する統治者の「困難」を描き出した素晴らしいものだった。

 さて、そのような(些か無理な?)解釈に立つならば、今回、英国人テレビ司会者デイビット・フロストの挑戦を通して浮かび上がるのは、米国37代大統領のリチャード・M・ニクソンが直面したテレビ時代における統治者の困難であろう。

 ニクソンは、カリフォルニアの貧しい雑貨商の家庭から身を起こし、途中何度もの挫折を味わいながら米国大統領に駆け上がった人物である。大統領としては特に外交に力を注ぎ、ソ連とはSALTⅠ(第1次戦略核兵器制限条約)を結び、中国とも歴史的な和解を実現する。前政権から受け継いだベトナム戦争に対しても、米軍の段階的撤退に踏み切りパリ和平条約にを締結するなど、デタントと呼ばれた国際間の緊張緩和に大きな貢献を果たした。経済・内政面においても、ドルと金を切り離し変動相場制への移行をおこなったり、環境省を設立したりと功績は多い。その一方で、その貧しい出自や青年期の経験から深い人間不信やコンプレックスを抱えており、特に東部のエスタブリッシュメントやリベラルなメディアに対しては激しい憎悪を有していたとされる。72年6月に発生したウォーターゲート事件の報道や捜査が進んでいく中で、賄賂による資金や電報の偽造、ホワイトハウス内部の盗聴、敵性者リストの使用などの「権力の乱用」とともに、ニクソン自身の脱税、執務室での汚い言葉、国民へのウソなど、大統領の尊厳を傷つける様々な事実が明らかになる。議会が弾劾の手続きに入る中、ニクソンは辞任を決意、米国史上はじめて自らの意志で地位を離れた大統領となった。このようにニクソンは波乱に富む政治経歴をもつが、その経歴にはテレビとの関係が切り離せない。

 下院議員時代の1948年には非米活動委員会のテレビ中継を初めて実現するなど、テレビにはその初期から関心を有している。自身の出演にも積極的で、52年の大統領選でアイゼンハワーの副大統領候補に選ばれた時に、「秘密資金」疑惑が報道され政治的な危機を迎えた際にも、全国ネットのテレビ放送で演説を行なうことで対抗。スタジオに夫人と(賄賂と指摘された)犬を入れて、滔々と弁明する演出が成功し、激励の電話や手紙が殺到した。このテレビ演説(犬の名前をとってチェッカーズ演説)の成功によってニクソンは全国区の政治家となり大統領への道を一歩進むことになる。その一方、自身初の挑戦となる60年大統領選では、テレビでの失敗が大統領への道を阻みもした。この選挙では候補者による初めてのテレビ討論会が民主党のケネディとの間でおこなれたが、十分な休養のもと日に焼けたケネディーが、大きな身振りで討論を行ない快活なイメージを作り上げることに成功したのに対し、ニクソンは公約の50州遊説にこだわるあまり疲労困憊、通常よりも10キロもやせたダブダブの背広姿で討論会に臨んでしまう。討論中もメーキャップを断ったニクソンの顔からは大量の汗がしたたり落ちるなど、無様な姿をさらしてイメージを損ない、接戦であった大統領選に敗北をする。68年には再び共和党の候補として大統領選に出馬するが、その際には、会場からの質問に答える生番組を放送してみたり、CMの大量出稿を行ったりなど、テレビを積極的に利用してキャッチフレーズとイメージを売り込み勝利。この選挙は、以降のメディア選挙の先駆けともされた。大統領になってからは、記者会見を嫌う一方、直接国民に呼びかけるテレビ演説を好んだ。69年のベトナム政策について「声なき声」に語りかけた「サイレントマジョリティー」演説が有名だが、ウォーターゲート事件の最中も、何度もテレビ演説をおこない弁明につとめた。しかし、その弁明にも関わらず辞任に追い込んだのも、議会の中継や様々な関係者の証言、盗聴テープ、そして演説など、テレビ報道を通して見えてきた「ニクソンのもう一つの顔」であった。

 さて、本作は、このようにテレビと深い関係にあったニクソンが、テレビインタビューによって政界の表舞台への復帰を目指す試みを描いている。自身のキャリアを賭けて謝罪の言葉を引き出そうとするフロストは、ニクソンを捉えることができたのか。結果は、映画を見ていただくとするが、インタビューから30年、テレビニュースを視聴率を通して好みのものに染め上げてきた視聴者たる我々、すでに何人もの首相をテレビによって放逐してきた有権者たる我々、21世紀の日本政治を前にした我々にとって、エンディングに単純な爽快感はない。

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逢坂巌 東京大学大学院法学政治学研究科修了。現在、立教大学社会学部メディア社会学科助教。専門分野は、政治コミュニケーション、政治とメディア。特にテレビと「政治」がどのように向き合っているのかを研究。著書に『テレビ政治』(朝日選書/共著)がある。

 

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