(『菁莪』、修猷館同窓会、2010年)
逢坂巌(59年卒)
本年、選挙による初めての政権交代が行なわれた。私は現在、立教大学で日本政治をフィールドに政治コミュニケーション、特に「テレビ政治」や「政党の広報戦略」を研究しているが、その立場からすると、政権交代自体は画期的なことであるが、最近の政権をみていると、またぞろ00年代に陥った「世論」をめぐるループに嵌まりつつありようにも見える。
■政治コミュニケーションの重要化
前世紀末、特に1990年代から、メディア(なかんづくテレビ)の政治的影響力の増大が意識されだした。93年の細川内閣はテレビが作った「久米・田原政権」といわれ、橋本・森両内閣の退陣には、テレビでの失言や報道イメージが大きく関わった。背景には、選挙毎に投票先を自分個人で考える無党派の急増(個人化の進展)があり、新しく導入された小選挙区制度と相まって、従来型の地縁や「組織」を頼った選挙では勝てなくなった事情があった。21世紀に入ると国民の約半数が無党派となり、彼らとのコミュニケーションが政治的に喫緊の課題となる。その際、制度的には戸別訪問が禁止され、精神的には「政治」への拒絶感が高く、物理的にもオートロックに阻まれるなど、三重に「護られた」無党派に、広く直接にメッセージを届けるものとしてテレビが注目される。森退陣後に自民党総裁選に出馬した小泉純一郎は、無党派からの圧倒的支持を得て総裁選を勝ち抜いたが、そこで見せつけられたのは、21世紀の政治におけるリーダーの発信力、テレビを介した政治コミュニケーション力の重要性だった。
■ 「世論」の侵入
一方、今世紀に入るころから「世論(調査)」が、政治に深く組み込まれる。この背景にも進展する社会の個人化があったが、その状況と、RDDというランダムな番号にダイアルをする電話調査方法(日本では固定電話中心)を、各社が採用しはじめたことが「世論」政治を進展させる。この採用により、従来の個人面接法や郵送調査法よりも時間とコストが大幅に削減され、各社は定期調査の頻度を増大させるとともに、折々の「政治的事件」の直後に調査を実施しはじめる。その結果、政治は毎週のように、そして大きな「事件」がおこる時にもすぐさま「評価」をされるようになる。
だが、RDDによる調査は、プライバシー意識や携帯電話の普及などによる回収率の低さといった方法上の問題にくわえ、いきなり電話で尋ねてくるというやり方のためか、回答自体が直前の報道の論調や量に影響されることも多く、「意見」や「思考」というよりも「情緒」や「反応」を引き出しがちであった。しかも、80年代後半以降、テレビでは報道番組に対しても視聴率が大きな影響を及ぼすようになり、今世紀に入っては、ニュースと娯楽の垣根が急速に低下していった。その中で、政治報道も政策をしっかり伝えるというよりも、視聴者の興味を引くものを、わかりやすく感情を刺激しながら伝えるようになっており、そのため「世論」に影響を与える報道自体が、視聴率という「世論」に(先に)影響されているという奇妙なループ、メディアが報道した視聴者が好みそうな話題に、国民が再度煽られつつ回答した世論調査の数字が、「世論」としてニュースになるという再帰的な循環が回り始めることになる。
■「世論」を追いかける政治・・・
とはいえ「個人」や「無党派」への限られる接点の中、政治は「世論」を重視し、それに影響を及ぼすものとしてメディアの報道に敏感に反応せざるをえない。その点で、00年代の政治は、この奇妙なループと如何に向き合うかの実験が行なわれていたともいえる。小泉退陣後、メディアは格差や貧困、医療の問題など、「改革の痛み」を積極的に取り上げるようになっていたが、「人気」で選ばれた首相たちは、その選出時の高い支持率への自信のためか、信じる政策へのこだわりか、そのような情報環境を無視して、国民との丁寧なコミュニケーションなしに、自分たちのやりたい政策を貫こうとした。その結果、「ループ」にのって選ばれながらも、「ループ」によって退陣させられることになる。
一方、05年に「ループ」にはじき飛ばされ、リーダー選びでは「人気」を無視した民主党であったが、選挙にむけては「国民の生活が第一」と「世論」重視に走った。07年の参院選では、勝敗がかかる1人区対策として農家への個別所得補償政策を公約、今衆院選でも「高速道路無料化」「子育て支援」「普天間基地移転」「中小企業の事業税減税」と、地方・女性・沖縄・中小企業それぞれへの「バラマキ」をおこない、経済政策や安全保障の深い議論は避けたままで、総選挙で勝利し政権交代を実現した。
■試される新政権とわれわれ
歴史的「政権交代」を成し遂げた新政権は、高い期待をもって船出をした。しかし、政権就任3ヶ月あたりから、困難に逢着している。「経済問題」や「基地問題」と、いずれも「世論」を獲得せんがために実現困難な公約をばら撒いた落し前をどうつけるのかという問題である。メディアも発足当時にみられた新政権を暖かく見守るスタンスからポジションを変化させつつあり、各社がおこなう世論調査の内閣支持率も低落気味で、このままでは再び「ループ」に絡めとられてしまう危険性も出てきた。
このような隘路をふせぐためには、なによりもリーダーの説明力や発信力を高める必要がある。また、メディアも、「反射」ではなく「思考」、表層のドタバタではなく政策や人物に関する深い批評を国民に報じる更なる工夫も必要だろう。
一方、「ループ」を生じさせているそもそもの原因が、増大した無党派との政治コミュニケーションの不全にあることを考えると、例えば、戸別訪問やネット選挙の解禁など、個人と政治との対話を取りもどす回路の再構築が、その根本治療のためには必要だろう。特に戸別訪問は、国民と政治が直接触れ合い、リアルな声のやり取りを可能にするもので、英米では選挙活動/民主主義の基本とされている。但し、制度を導入しても有権者自身の拒絶感が強く、政治の対話が成り立たないと仕方がない。その点では、政治を我々自身のものと捉え、候補者や政治家と一緒に作り上げていくものだという政治意識の涵養と共有が、これからの政治コミュニケーションにとってなにより必要だろう。「ループ」の隘路を防ぐのは、われわれ自身の課題である。