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明日への追跡
2004年10月6日
自分の魂が葉佩の身体に入り込んでから、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしている。
チャイムが鳴って、今は休み時間。
《協会》から与えられた天香遺跡探索の任務は、着々と進行中。
なのに、肝心の《宝探し屋》葉佩九龍本人の意識は未だ戻らず、回復の素振りも見せない。
自分が《宝探し屋》を代行し続けるのにも、限度はある。
今の状態が長引けば、葉佩が目覚めた時に悪影響しか与えないのは、目に見えているという
のに、彼の容態は、一向に好転もしていなければ、前進もしていない。
俺が《宝探し屋》代行として『葉佩九龍』を演じ続けている時間が、長くなれば長くなる程、
事態は悪化しているともいえる。
さりとて、現状を打開する何か良い策がある訳でもなし。
葉佩本人の了解もなしに、今の自分たちの状態を第三者に相談する事も、できない。
よって、俺には葉佩自身の自然回復力を頼みに、一日も早い彼の意識回復を祈るぐらいしか、
手段は残されておらず、つまりは、飛行機の中で意識を取り戻した時から、自分と葉佩を取
り巻く状況は、何一つ変わっていない。
そして、問題は他にもある。
「おい、昨日の夜『トワイライトファイル』の特番観たか?」
「観た、観たッ。今回は異星人に誘拐されるって話だろ?」
もう何度目になるかも分からない、ループし続ける答の出ない問いを繰り返しかけた時、
少し離れた席で話している男子生徒二人の会話が耳に入ってきた。
同時に、H.A.N.Tがメールを受信する。
「誘拐された奴は人体実験されるんだってな?地球人を調べるために、いろいろな実験をす
るらしいぜ」
「そういや、放送はされなかったらしいけど――、金髪でナイスバディの異星人の女と交配
実験もされるらしいぞ?」
「まぢかよッ!!」
「おうッ」
二人の男子生徒は興奮気味に、しかも大声で話しているので、こちらに聞く気はなくとも、
会話内容は全て筒抜けに聞こえてくる。
「金髪と交配かァ……」
「巨乳美女と実験かァ……」
「「…………」」
「うッ、鼻血が――」
「おッ、俺もちょっとトイレに――」
上ずった声を上げた二人の男子生徒は、先を争うようにして教室から駆け出していった。
彼らが、何を考えたのかは想像に難くない。
が、どうでもいい、と思ってH.A.N.Tを開きかけた時、背後から皆守の声がした。
「……ったく、アホか。メディアに踊らされやがって」
振り返れば、心底呆れた表情の皆守が立っていた。
「よォ。何か、俺は、この学園で過ごしているのが情けなくなってきたぜ。九龍、まさかお
前も金髪美女の異星人に興味があったりするのか?」
そういってアロマを持つ手を顎にやった皆守は、俺にも疑わしげな目を向けてきた。
――人は自分の見たいものを、無意識に望むもの。
だからといって人間の願望に忠実な、そんな都合の良い外見を持った異星人が、そう簡単に
存在するとは思えない。
もし、彼らの期待する『金髪美女の異星人』が存在するなら、それは地球人を油断させるた
めの擬態と考える方が、まだしっくりする。
「……ないよ」
メールを確認し、H.A.N.Tを仕舞いながら、気のない返事を返すと、皆守も質問の馬鹿馬
鹿しさからか、すぐに詫びを入れてきた。
「悪い悪い。てっきり、お前も仲間かと思ってたぜ。まッ、異星人っていや、蛸みたいな形
って相場が決まっているしな。UFOだの異星人だのテレビや小説が創り上げた虚構の過ぎ
ないさ。まったく……くだらないぜ」
かぶりを振った皆守が、大げさに肩を竦めて見せた時、彼の背後から新たな声がかけられた。
「古人曰く――、『人間の姿は気味が悪くて好感が持てないが、慣れれば大丈夫だろう』」
「七瀬ッ」
聞こえてきた声の方を見れば、教室の入口に本を抱えた七瀬が立っている。
彼女の姿を認めた皆守は、珍しく狼狽の声を上げた。
「他の星の人からしたら、私たち人間も異星人ではないでしょうか?それに、この広い宇宙
の中で深い叡智と文明を持った生物が人間だけな筈はありません。私は必ず銀河系のどこか
に知的生命体がいると信じています」
熱弁を奮いながらC組の教室に入ってきた七瀬は、俺と皆守の傍まで来ると、各自の反応を
確かめるような眼差しを向けてきた。
俺は、金髪美女の異星人の存在は限りなく胡散臭いとは思っても、異星人そのものの存在は
否定しない。
「俺も、知的生命体はいると思う」
「そうですよねッ!!やっぱり葉佩さんもそう思いますか?」
俺が賛同の意を表明すると、七瀬は抱えていた本を抱きしめ、目を輝かせながら、生き生き
として彼女の根拠を後押しする知識を披露する。
「NASAのSETI計画という地球外知的生命探査も、その信念に基づいて行われていま
す。1960年に世界初の異星人探査《オズマ計画》を実行したフランク・ドレイク博士は、
この銀河系に存在する知的生命体の数=Nを」
七瀬は抱えていた本を教卓に置いて、手近にあったチョークを手にすると、小気味よいリズ
ムで黒板に数式を書き出した。
N=(R*)×(fp)×(ne)×(fl)×(fi)×(fe)×(L)
「このような方程式で割り出せるといっています」
チョークで黒板を指し示した七瀬は、更に、それぞれのアルファベットの数値の意味を得々
と事細かに語った後、結論に入る。
「この方程式に基づいて計算した場合――すでに今の時点で、この式で割り出される答えは
ゼロにはなりません。何故なら、すでに銀河系には私たちの住むこの地球があるからです」
説明の締めにチョークで黒板を叩いた七瀬は、自信満々の顔でこちらを振り返る。
「どうです?答えはゼロではない……。これは異星人の存在を否定できないという事を証明
しています」
教卓に置いた本の一冊をビシっと前に突き付けて、七瀬は声高に宣言した。
彼女の熱の籠もった演説と理路整然とした説明に感心した俺は、思わず拍手を送る。
たまたま七瀬の話を聴いていた他のC組の生徒たちからも、同じような拍手と賞賛の声が、
所々で上がっていた。
「えェ。きっといつか、その存在が明らかになる日が来るに違いありません……」
多くの賛同を得た七瀬は、眼鏡を押し上げ、満足そうに胸を張って聴衆に応えた。
「皆守さんもそうは思わ――皆守さん?」
「ぐぅぐぅ……」
「…………」
唯一、懐疑的な態度を示していた人物の反応を見ようと、視線を滑らせた七瀬は、壁に寄り
かかって寝たふりをしている皆守の姿を見て、明らかに顔を引きつらせた。
「ふァ〜あ。お?異星人談義は終わったか?」
「…………」
欠伸のマネまでして、たった今、目を覚ましたばかりの様子を演出する皆守に対し、七瀬の
目が、すっと眇められた。
「まァ、もし異星人がいたら、俺も会ってみたいもんだぜ」
「ふふふ……、気を付けた方がいいですよ?」
寝たふりまでして彼女の説明を聞き流していた仕返しか、それとも意趣返しか。
皆守の軽口に、かけていた眼鏡を反射させた七瀬は、意味ありげにほくそ笑んだ。
「何をだよ?」
表情を欠いた、それでいて何処か含みのある笑い方に、警戒した皆守が身体を退く。
「異星人は、常に私たち人間を誘拐する機会を窺っています。彼らは不思議な光で、私たち
を包み込み、自分たちの母船に連れて行って実験するんです」
本を抱えた七瀬は、淡々した口調で、じわじわと皆守の方に歩を進め、詰め寄っていく。
「そして、実験が終われば、記憶を消して、何事もなかったかのように元の場所に帰す。U
FOの光が発せられた時に止まった時計は再び動き出し、誘拐された人の首筋には実験の痕
跡である赤い斑点が残るといいます」
一見、穏やかな微笑を浮かべているように見えて、その実、眼鏡の奥の七瀬の瞳は、ちっと
も笑っていない。
「んなバカな」
「いいえ。世界各地には、実際に誘拐された例も多数あります」
即座に否定されても、七瀬の笑みは揺るがない。
気圧された皆守が一歩下がると、七瀬も一歩、詰め寄る。
その様子は、怪談を嫌がる幼い子供に無理矢理、怖い怪談を聞かせようとしている大人の図、
に見えなくもない。
「1961年9月、ニューハンプーシャー州の州道を車で走っていたヒル夫妻は眩い光が空
を通過したのを目撃しました」
地球外生命体の存在を否定する皆守を、ついに黒板の端に追い詰めた七瀬は、肯定派への改
心を迫るように、1961年の事件を滔々と語ってきかせる。
「光が消えた後、時計を見ると二時間の時間が経過しており、二人はその間の記憶がない事
に気付きました。逆行催眠の結果、彼らは異星人に誘拐されていた事が後になって判明した
んです」
七瀬が事件の概要を語り終えるのとほぼ同時に、チャイムの音が鳴った。
「あッ。いけないッ。つい長話を――ッ。休み時間に図書室で本を整理しなくちゃならない
んだったわッ」
チャイムの音で我に返った七瀬は、広げていた数冊の本をまとめると、急いで黒板の方程式
を消しにかかった。
オカルト話につきものの一種、異様な雰囲気と七瀬の問答無用の迫力に飲まれ、張りつめて
いた教室内の空気が、一気に解けた。
「それじゃ、また、探索頑張ってくださいね」
本を抱えた七瀬は、皆守の方には見向きもせずに、小声で俺に向かって頭を下げると、ぱた
ぱたと軽い足取りで、教室から出ていった。
七瀬の退出を見届け、話に聞き入っていた生徒たちも、それぞれの席に戻っていく。
異星人に誘拐されるというオカルト話から、ようやく解放された皆守は、げっそりした顔で、
溜息をついていた。