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椎名と並んで校舎に戻る。
マミーズを出ると椎名は、ごく自然に俺の腕に手を絡めてきた。
その後ろには、肩を並べた皆守と取手が続く。
珍しい組み合わせに、行き交う生徒の間から、好奇の視線が幾度となく飛んできたが、不機
嫌な皆守がひと睨みすると、それもすぐに離れていった。
マミーズでは、あの後が大変だった。
皆守は無言のままテーブルに轟沈し、俺は、およそ男には似つかわしくない形容詞の数々に、
頭痛を覚えた。
『柔らかい』『ふわふわ』『魅力的』『色っぽい』
原因を掴むどころか、事態はますます複雑怪奇になって、混迷の度合いを深めたような気さ
えした。
更におそろしいのは、椎名が取手の意見に一定の理解を示した事だ。
だがそこで、もうすぐ昼休みも終わるという時間が迫ってきたので、俺たち4人はマミーズ
を出た。
並んで歩く椎名がいった。
「はじめて会って話した時の葉佩クンは、とっても怖かったですけど、今の葉佩クンは、と
っても居心地がいいんですの」
「…………」
いいながら腕にしがみついてきた椎名の方に視線を向けると、彼女は可愛らしく首を傾げて
みせた。
「でも取手クンの意見と、リカの意見は、ちょっと違いますの」
「そうなの?」
どう違うのか、先を促すと、椎名はちょっと考えながら答えた。
「魅力を感じるのは一緒ですわ。でもそれは『色っぽい』ではなくて、何だか『お姉様』っ
て感じなんですわ」
『お姉様』……?
思わず足を止めて、俺は椎名の顔をまじまじと見てしまった。
後ろでは、やはり驚きに目を丸くした皆守と取手が、立ち止まる。
「…………。椎名、俺は男だけど?」
一応、確認の意味で尋ねると、彼女も何処か困ったような、それでいて真剣な目で答えてき
た。
「ええ、もちろん分かってますわ。でも、そんな感じなんですの」
小さい頃からよく女顔だといわれ、女子に間違われた経験もある自分本来の身体ならまだし
も、葉佩の顔は同性の俺から見ても、十分男らしい顔立ちであったし、体格もしっかりして
いる。
それが、今日に限って何故こうも朝から注目を集めまくり、男女問わず、人を惹きつけると
いう、おかしな騒動の原因になっているのか。
校舎に入ってからも、俺は椎名が指摘してきた言葉の意味を、ずっと考えていた。
椎名と取手、二人とはA組の教室前で別れた。
「……大丈夫か?」
密かに嘆息していると、すぐ後ろで、さっきの会話を耳にしていた皆守が、遠慮がちに声を
かけてきた。
「……ああ」
取手も椎名も、冗談をいっている様な雰囲気ではなかった。
二人とも、本気でいっていた。
だから、もう謎を解く手がかりは、十分に上がっているはず。
そうは思っても、考えれば考える程、これといった原因は思い浮かばず、思考は袋小路に陥
っていく。
一番引っかかっているのは、椎名がいっていた『お姉様』だ。
不意に、美鶴先輩の事が思い浮かんだ。
容姿端麗。文武両道。才色兼備。
異性に限らず、同性の女子からも絶大な人気と人望を集め、月高の一部女子から『お姉様』
と呼ばれ慕われていた美鶴先輩――。
そこまで考えて、急に閃いた。直感した、と言ってもいい。
足を止めて、思わず呟く。
「――そうか、エンプレス」
「は……?」
原因が、ようやくわかった。
女帝のペルソナ《スカディ》だ。
月高の一部の女子から『お姉様』と呼ばれ、慕われていた美鶴先輩。
先輩のペルソナは女帝《アルテミシア》。
そこから同じ女帝のアルカナ繋がりで、ペルソナ《スカディ》を思い出した。
この前、火炎対策でペルソナを変えた時から、ずっと《スカディ》を降ろしたままでいる。
今日は死神も大人しかったから、抑制効果のある《メサイア》で抑える必要もなく、すっか
り忘れていた。
大体、昼間は何のペルソナを降ろしているのかなど、気にする機会は、そうない。
降魔しているペルソナを気にかけるのは、大概が《タルタロス》を探索する時、それもエン
トランスに立ってからだ。
ここからは推測だが、多分、女性の姿の《ペルソナ》を長時間降ろしていたのが、今回の騒
動の原因になっている。
自分で自分の気配を視る事はできないから、気付かなかったが、きっと今の葉佩の気配は、
女性の《ペルソナ》を長時間降ろしていた影響で中性的、もしくは女性的になっているのだ
ろう。
しかも、女帝《スカディ》は人型、豊満な肉体美を誇る女性の姿形を持つ《ペルソナ》。
だから、特に男子生徒の態度が、おかしくなっていたのだ。
自分本来の身体の時は、こんな事は起こらなかった。
隠者《ラミア》でも、悪魔《サキュバス》でも、どんな女性の姿形、それこそ妖艶な美女の
《ペルソナ》を降ろした所で、それが外見にまで影響を及ぼした事はない。
だから気にも、とめていなかった。
外見は何処からどう見ても男のはずなのに、中身は女性の容姿を持つ《ペルソナ》を降ろした
影響で、女性的な雰囲気になっている訳だから、かなり妖しい気配になっていたに違いない。
その結果、男女を問わず惹きつける妖しい魅力を、知らず知らずのうちに発散していて、それ
が周囲の態度を、おかしくしていたのだろう。
原因さえわかれば、後は簡単だった。
降魔しているペルソナを女帝《スカディ》から審判《メサイア》へ変える。
それは、俺が急に立ち止まったので、追い抜いた形となった皆守が、こちらの呟きを聞き咎め
て振り返ったのと、ほぼ同時だった。
「…………」
皆守は俺を見て、無言のまま数回、目を瞬かせた。
「いや、こっちの話。それより俺、まだ変か?」
「…………。いや、普通に、お前に見えるが……」
俺の唐突な質問に、案外、真面目に答えてきた皆守の様子を注意深く、観察する。
今まで、何処かぎこちなかった態度が、いつも通りに戻ったような気がする。
同時に廊下のあちこちから注がれていた視線も、自然と離れていくのを感じる。
自分の推測は正しかった。それが証明される。
朝からの懸案がようやく片付いて、安堵するのと同時に、肩の荷が下りたような解放感を覚
える。
貴重な助言をくれた取手と椎名に感謝しつつ、俺は晴れ晴れとした気持ちでC組の教室に向
かった。
その後から、しきりと首を捻っている皆守がついてくる。
歩きながら、考えた。
降魔している《ペルソナ》が、葉佩の外見にも影響を与えるとなると、これからは色々と気
を付けなければならない、と。
それは今日、起こった災難ともいえる一連の出来事が、証明している。
危険なのは、何も女性の容姿を持つ《ペルソナ》に限った事ではない。
今更ながらに黒塚部長の前で、迂闊にも刑死者《ウベルリ》を降ろさなくて(所持していな
くて)良かったと思った。
抱きつかれるくらいならまだしも、『ザラザラする〜』などと言われて、舐められるのは、
いくら何でも遠慮したい。
C組の教室に入ると、クラス中の視線が一斉に向かってきた。
だがそれは今朝と違って、しばらくすると、ごく自然に離れていった。
「あ、九龍クン。皆守クン」
先に教室にいた八千穂が飛んできた。
「聞いたよ。取手クンと椎名サンと、お昼マミーズで一緒に食べてたんだって?」
笑顔で駆け寄ってきた八千穂。
彼女だけは、俺がどんな《ペルソナ》を降ろしていても、いつもと変わらぬ態度で接してく
れた。
「うん」
嬉しくて微笑んだ。
途端に、目の前の八千穂の顔が、真っ赤になった。
ついでに、息を飲むような声が教室のあちこちから聞こえ、一度は離れていった視線が、一
斉に戻ってきたような気がする。
「……八千穂?」
彼女の意外な反応に驚いた俺が、心配して呼びかける。
だが、顔を赤くした八千穂からは、しばらくまともな返事が返って来なかった。
その時、俺は八千穂を介抱するのに忙しくて、自分のすぐ隣で、皆守がどんな表情を浮かべ
ていたのかなど、知る由もなかった。
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その夜。
皆守は突然、俺の部屋にやってきた。
今夜は探索に行かないとわかると、部屋に上がり込み、七瀬からもらった『ファラオの胸像』
の鎮座に驚きながらもコーヒーを要求してきた。
俺がキッチンでコーヒーを淹れて戻ってくると、マグカップを受け取った皆守は、その場で
いきなりカレーの講義をはじめた。
巌戸台分寮は、ここ天香学園の寮と違って自活である。
食堂のスペースはあっても、食事は各自の裁量に任されていて、自炊が基本。
だから、自分で作れる料理メニューのバリエーションが増えるのは良い機会だと思って、メ
モを取りながら真面目に話を聞いていたら、ルーのスパイス調合からはじまる皆守の本格的
なカレー講座は、次第に熱を帯びていった。
加熱した皆守のカレー話は、実に消灯時間近くまで続いた。
消灯時間を理由に、そこで止めさせたが、あそこで止めていなければ、危うく《影時間》に
突入する所だった。
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翌朝。
いつも通りに登校した俺は、C組のバスケ部員二人から、昨日の昼休み終了間際、皆守が、
もの凄い形相で教室中を睥睨していた事を聞かされた。
その時、皆守と目を合わせた生徒たちは、生きた心地がしなかったらしい。
俺が八千穂を介抱していたその隣で、そんな事が起こっていたとは、まったく知らなかった。
そして、二人のバスケ部員が、口々に昨日の昼休みの恐怖(?)を語っている最中に、変事
は起きた。
噂をすれば何とやらで、何と当の皆守が、早朝の教室に姿を現したのだ。
彼が、一時限目から登校してくるのは、かなり珍しい。
快挙、といってもいい。
教室中が、天変地異の前触れかと、どよめく。
そんな周囲の驚愕など、ものともせずにやってきた皆守が、不機嫌そうな顔で一瞥すると、
二人のバスケ部員は、慌てふためいて俺の傍から離れていった。
そのまま、ろくな挨拶もせずに後ろの席に座った皆守は、机に突っ伏して早くも寝る体勢に
入る。
おそらく、昨夜のカレーの講義に熱が入りすぎて、睡眠時間が足りていない所為だと思われ
るが、そうなると今度は、学校の授業よりも己の睡眠時間をこよなく愛する彼が、何故こん
な朝早くから登校してきたのだろう、という疑問が残る。
とりあえず、俺は皆守の睡眠を邪魔しないよう、静かに席についた。
その数分後、テニス部後輩の朝練に付き合った八千穂が教室に入ってきたが、彼女も、この
時間帯の教室に皆守の姿がある事実に、相当の衝撃を受けていた。
机に突っ伏して動かない皆守を見て、思う。
昨日の昼休み、このC組の教室で皆守は何をそんなに怒っていたのだろう、と。
もちろん、返事は返ってこない。