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あの炎をくぐれ!
2004年9月29日
「九龍クンッ――」
休み時間、隣で携帯を確認していた八千穂が席を立って声をかけてきた。
「へへへ〜ッ。ね、この休み時間に図書室に行ってみない?さっき月魅にメールしたらいる
っていってたからさッ」
にこにこと嬉しそうに笑う八千穂は隣に座る俺の前に移動するなり、図書室に行こうと誘っ
てきた。
ついさっき確認していたメールは七瀬からのものだったようだが、八千穂は朝から何処かそ
わそわしていて落ち着きがなかった。
「九龍クンだってホントは気になってるんでしょ。あたしも見たもん。あの時の、取手クン
……」
八千穂は辺りを窺って幾分声を潜めると、この間の放課後、取り乱した取手がいっていた《黒
い砂》の事を指摘する。
あの時、走ってきた取手の切羽詰まった声は、実は八千穂の耳にまで届いていたようだ。
ならば当然、すぐ近くにいたルイ先生の耳にも入っていたに違いない。
「あの後、墓地の地下でも取手クンの身体から黒いのが出てきたし……。《黒い砂》って、
一体何の事なんだろう…………。って、考えてたら授業なんて全然耳に入ってこなくてさ。
もう、いてもたってもいらんなくなっちゃった」
落ち着きがなかった理由を明かした八千穂は、机に手を付いて身を乗り出すと、期待に満ち
た眼差しで尋ねてきた。
「ねッ、九龍クンはまたあの遺跡に行くんでしょ?」
「行くよ」
「えへへッ。やっぱりね〜ッ。だって、九龍クンはそのためにこの学園来たんだもんねッ」
即答すると、八千穂は嬉しそうに頷いた。
「なんてったって、世界を股にかけて、お宝を探し求める《宝探し屋》だもんね〜」
『世界を股にかける』ときたか。
彼女の中の《宝探し屋》は、日を追うごとにスケールが大きくなっているようだが、俺は正
確には《宝探し屋》の代行で《宝探し屋》本人――葉佩九龍ではない。
自分の偽りの素性を信じ込んでいる八千穂に対し罪悪感を覚えたが、本来の素性は現実離れ
しすぎていて明かす訳にもいかない。
「うんうん、なんかそれってめちゃめちゃ格好いいと思うなッ。あ、それにね、あの地下遺
跡で見た壁画とか扉の飾りみたいのって、どっかで見た事ある気がするんだ。確かに前テレ
ビで……、ほら、口ヒゲの教授がよく出てきてさァ、なんかほら、こ〜……、石っぽいって
いうか、砂っぽいっていうか……」
ひとしきり頷いた後に続いた八千穂の説明は、身振り手振りが加わっても要領を得なかった
が、言いたい事はわかった。
「……一体どういう記憶力してるんだ」
「あ、皆守クン」
呆れ混じりの気だるい声に、八千穂は背後を振り返る。
そこには、今、登校してきたばかりの皆守が立っていた。
「お前がいいたいのは、エジプトのピラミッドだろ」
頭を掻いて会話に加わった皆守の指摘に八千穂は、ぽんと手を打った。
「ああッ、そうそうッ!!あのオバケが出てきた棺桶みたいのって、そのまんま、ピラミッ
ドに置いてありそうなのだったよね〜」
あたしもそれが言いたかったんだ〜、と満足気に頷いた八千穂は登校早々、以心伝心、彼女
の意見そのものをずばり言い当ててくれた皆守に勢いよく声をかけた。
「そうだッ、皆守クンも一緒に図書室行こうよッ」
「はァ?何で俺が……」
いきなりの提案に、後ろの席に移動し、座りかけていた皆守は目を丸くする。
「いいじゃない。一緒に探検した仲でしょ?ねェ、九龍クン?」
俺はいつもより早い時間の皆守の登校に珍しいな、と思いながら頷いた。
「だよね〜ッ。ほら、九龍クンだってこういってるんだし」
喜色満面な八千穂の声に振り返って皆守の方を見ると、彼は実に不本意そうな顔をしていた。
「取手の件では成り行き上、付き合ったがな、これ以上、俺を巻き込むな。所詮、俺には関
係のない事だ」
表情どおり、やはり気乗りしないのか、皆守は手を振って辞退を口にする。
だが、それが二度目ともなると、八千穂もこれくらいではめげなかった。
「……関係なくなんかないもんッ」
「はァ?」
叫んだ八千穂はずんずん皆守の席の方へ歩いていき、戸惑い顔の彼に詰め寄ると、胸を張っ
て宣言した。
「だって、友達の友達は、みな友達っていうじゃない」
「友達って……、誰と誰がだよ」
皆守は素っ気なく切り返したが、今回ばかりは言い方もまずかった。
「だから、九龍クンと皆守クン、で、九龍クンとあたし。ほら、皆守クンとあたしも、もう
友達じゃない」
「お、お前な……」
各自を指差しつつ、展開される八千穂の強引な論理展開に、皆守は唖然として言葉を失う。
「ホントは白岐サンにも話を聞いてみたかったんだけど……。どこに行っちゃったんだろ」
「どうしてそこで白岐が出てくるんだ」
言い負かした、と勝利を確信した八千穂が、ふと漏らした、誘いたかったもう一人の人物の
名前を聞いて、皆守はささやかながらも抵抗を試みる。
「だって白岐サンって、あたしの知らない事いっぱい知ってそうだし、せっかくだから、色々
話とかしてみたいな〜って」
この発言から、八千穂は白岐が苦手なのではなく、話しかけて仲良くなってみたかったのか
と、俺はようやく転校初日に見た彼女の白岐に対するぎこちない態度に合点がいった。
「ほらッ、早くしないと休み時間終わっちゃうよ。行こッ、二人とも!!」
「あ、おいッ、八千穂――」
俺たちを促した八千穂は、勢いよく教室を出て行った。
苦り切った顔の皆守が頭を掻いて訊いてくる。
「……まったく、なんて強引な女だ。葉佩、お前はどうするんだ?」
「行くよ」
席を立って答えると、皆守も同じく席を立った。
「そうか。じゃあ俺はこの辺で――」
「九龍クンッ!!皆守クンッ!!早く早く〜ッ!!もう、皆守クン!!まだ〜ッ!?」
今にも図書室行きを逃亡、ついでに授業もフケようとしていたサボリ常習犯は、廊下から聞
こえてきた八千穂の声に、早くも計画を阻まれた。
廊下に視線を向ければ、教室の出入口の更に先、かろうじて八千穂の姿が見える。
という事は、俺が席を立って、そちらに向かおうとしている姿勢だけは八千穂からも見えて
いて、皆守の姿は戸の陰に隠れてしまい、見えていないのだろう。
「うるさいッ。人の名前を連呼するな」
「じゃあ、早くおいでよ〜ッ!!」
頭を抱えた皆守が怒鳴るも、八千穂もめげずに叫び返して、しきりに手を振っている。
名指しで呼ばれている皆守に対し、教室にいる他のクラスメートたちから非難の視線がちら
ほらと遠巻きながらも突き刺さる。
「…………」
「ねェってば〜ッ!!皆守クン、聞こえてる!?」
「……わかったよッ。行けばいいんだろ、行けば」
立て続けに名前を連呼され、ついに皆守は根負けした。
もはや何を言っても無駄だ、と諦めの境地に至ったのか、がっくりと肩を落とす。
どのみち、八千穂が廊下に待ちかまえている限り、彼女の目を逃れて逃亡などできはしない。
「くそッ……。だから八千穂に関わるのは嫌だったんだ。葉佩、お前もこれから覚悟してお
いた方がいいぞ」
覚悟も何も、八千穂を巻き込んだのは自分の方だという自覚はあるので、元より後悔はして
いない。
まあ、さっきの八千穂の強引な論法も悪くないな、と思いつつ答えた。
「友達だろ?」
「友達、か……。まったく気楽な奴だな。仕方ない。面倒な事はさっさと済ませるに限る。
行こうぜ、葉佩」
皆守は俺の肩を叩いて移動を促すと、八千穂と合流し、一緒に図書室へ向かった。