13■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
「死んだ人は二度と戻らない……。どうして忘れてしまっていたのかしら……。お母様はい
つでもリカの心の中にいる。そうわかっていたはずなのに、どうしても寂しくて――」
靴の踵が折れ、歩けない椎名を背負って、地上に戻った。
流れゆく雲の間から時折、思い出したような月明かりが差し込んでくる墓地の中に、椎名の
静かな声だけが流れていく。
白い光に包まれた後、俺は椎名の過去を、また椎名自身の目を通す形で、一緒に追体験した。
椎名の家と、その家族。
彼女が幼かった頃、父親は、娘を溺愛するあまり、死んでしまった飼い犬、ベロックが生き
返ったかのように、よく似た別の犬を連れて帰ってきた。
その数年後、母親が他界する。
母をベロックのように連れ戻して欲しいと懇願した娘に、父親は、あの犬はベロックとは別
の犬だったと真相を打ち明けて、彼女に謝り、死んだ人は二度と戻らない、と言い諭した。
彼女が生まれた時、両親から贈られたという想い出のオルゴールを見せて、父親が語る。
『お母様がいなくて寂しいと思ったら、いつでもこのオルゴールを開けてごらん。私たちが
忘れない限り、お母様は、いつまでも私たちの心の中にいるよ……。ずっと――』
両親の想いと願いは、オルゴールの記憶と共に、再び椎名の元に戻った。
全てを思い出した椎名は、広間でオルゴールを抱きしめ、しばらく声もなく泣いていた。
「気が付いたときには、その寂しさごと、大切なものを失っていたんですの。《黒い砂》の
ようなものがリカの弱い心ごと大切なものを奪っていったんですの」
地下遺跡への入口がある墓石に、腰かけた椎名が、《墓守》になった経緯を静かに語る。
装備を外した自分は椎名の傍に、八千穂と皆守は少し離れた場所に立って、彼女の話に耳を
傾けていた。
己の内面を見つめるように、茫とした眼差しを足下の靴に向けていた椎名が、ついと顔を上
げる。
「それを葉佩クン。あなたが取り除いてくれた……」
椎名は花が綻ぶような、心からの嬉しそうな笑顔を浮かべていった。
偽りの、つくったような微笑みは、もうない。
彼女の瞳の中から、あの狂気にも似た光が消えている事に安堵する。
気が緩んだ、その瞬間、
「葉佩クン……、あなたはリカをひとりぼっちにしない?」
思いもよらぬ質問を受けた。
一瞬、答えに詰まる。
これが、彼女より先に逝かないで欲しい、という意味の約束なら、確約はできない。
人の寿命は、誰にもわからない。
そして何より、自分は本来、ここに居ていい存在ではない。
けれど、
「……しない。友達だから」
――せめて、ここに居られる間だけは。
そう思って、椎名の前に膝をつく。
視線を合わせ、彼女に向かって手を差し伸べた。
「まあ……、お友達、ですか?うふふッ。素敵ですの〜」
椎名の白い手が、重なった。
女性の第六感か。
瞳を合わせていた椎名は、俺の隠した本音、言外の意味も敏感に察したようだった。
それが、期限付きの不完全な約束だとわかっていながら、応えてくれた。
「葉佩クンの傍は、何だかとっても暖かくて居心地が良さそうですの。何だか安心できそう
ですの……」
そういって、にっこり笑った椎名は何を思ったのか、俺の首の後ろに腕を回し、本当に抱き
ついてきた。
その行動には少し驚いたが、これも嘘を吐いたせめてもの罪滅ぼし、償いだと思って、甘ん
じて受けた。
同時に、背後から、何やら変な声が聞こえたような気もするが、振り向く事ができないので
詳細は不明。
少し気になる。
「うふふッ。あなたにこれを差し上げますわ」
耳元で、楽しげな笑い声を漏らした椎名は、顔を上げて、プリクラを差し出してきた。
連絡先を書くために、生徒手帳を貸して欲しいと頼まれる。
手帳を差し出すと、椎名はプリクラを貼って、連絡先を書き込んだ。
「これをリカだと思ってくださいです〜」
彼女は書き込んだページを開いて、プリクラを見せるようにして手帳を返してきた。
黄色の花々が囲むアーチ状のフレームの中、凛とした表情を見せる椎名のプリクラ。
フレームの造形も計算に入れて、まるで一幅の細密画をみせるような演出を凝らした彼女の
プリクラと連絡先は、右のアドレスページ、上から二番目。
皆守の横の欄に書き込まれていた。
左右のページとも、一番上の欄は、空欄のまま。
これは、もはや一番上の欄を空けるのはジンクスなのだと思って、手帳を丁重に受け取った。
「それから、これも」
続いて椎名は、見覚えのある特別教室の鍵を、ひとつ取り出した。
「この学園の、リカが管理していた鍵ですわ。きっと、葉佩クンのお役に立てると思うんで
すの。リカからの、感謝の気持ちですわ。」
そういって椎名は、《理科室の鍵》を俺の手に握らせた。
「ありがとう、葉佩クン……。リカの呪縛を解き放ってくれて――」
椎名は微笑むと、もう一度、ぎゅっと抱きついてきた。
酷い事をいったはずなのに、何だか、ものすごく懐かれてしまったような気がする。
半ば途方に暮れながら、葉佩の身体は、そんなに抱きつき心地がいいのだろうか、などと埒
もない考えが頭を過ぎる。
どうしたらいいのか、まるでわからないので、幼い子供をあやすように、手を伸ばして椎名
の頭をそっと撫でた。
「リカも……、もっと強くなりたい。悲しみに負けないように、今度こそ、心に大切なもの
をちゃんとしまって――」
ますます強く抱きつかれたが、俺は椎名の気が済むまでは、ずっとそうしていた。
時折、雲間から覗く白い月を眺め、彼女の気持ちが落ち着くのを、ただ待つ。
――自分は、ここには居られない、いずれ必ず居なくなる。
それを、心の中で謝りながら。
その時が、早いのか遅いのか、いつ訪れるのか。
それは俺にも、おそらく誰にもわからない――。