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「一体何ですの?急に出てきて、訳の解らない事ばかりいって……。あなたたちのいう事は
全部でたらめですわッ」
椎名が叫んだ。
三対一。
形勢不利を覆そうと、椎名は怒りと苛立ちを視線にのせ、俺たちを睨み付けた。
《タナトス》は『死』を軽んじる椎名の発言に触発されてから、ずっと不気味な鳴動を繰り
返している。
その得体の知れない重圧感を、薄々感じ取っているのか、椎名は気圧されまいと自分の胸に
手を当てて声を張り上げた。
「リカはちゃ〜んと知ってるんですの。死んだ人を死の国に迎えに行く事ができるって、あ
の遺跡の中にちゃんと書いてあったんですもの」
「何……?」
椎名の声に、俺の方を窺っていた皆守が、訝しげな視線を彼女に戻した。
その場にいた全員の視線が集まり、椎名は得意げになって続ける。
「伊邪那岐の神様は、伊邪那美の神様が死んだ時、ちゃ〜んと死の国である黄泉まで迎えに
行ったんですのよ」
古今東西、数多の神話にみられる、死者を死の国まで迎えに行く話。
自分の初期ペルソナ、幽玄の奏者《オルフェウス》の神話もこれに含まれる訳だが、椎名は
その中から、古事記にある伊邪那岐の黄泉下りの一説を語った。
「だからいずれ、お父様がお母様もベロックもお友達も、何もかも全部、リカの所に連れて
帰ってきてくれるんですもの」
《アリス》に似た少女が『死』を恐れない理由を話した途端、あれ程までに騒がしかった死
神の鎖の音が、唐突に和らいだ。
「お前……」
唖然とした皆守の声を聞いて、上目遣いに、こちらの反応を窺っていた椎名の顔から微笑が
消える。
「あなたたちなんて、リカ、大ッ嫌いですわ。それでは、失礼しまァす」
人形のような少女は、唇を引き結んで紺色のコートを翻した。
足取りも荒く、靴音を高く響かせながら廊下を去っていく。
椎名の姿が見えなくなると、八千穂は頭を抱えて叫んだ。
「もォ〜、訳わかんないッ。どうしてあの子はあんな事するの?どうしてあんな爆発――
!!まさかあの子も、取手クンと同じ……?」
八千穂は途中で、つい最近体験したばかりの類似の事件に思い至って呟く。
それを聞いた皆守が、苦り切った顔を俺の方に向けた。
「……葉佩――。お前が何をしにこの学園に来たのかなんて、俺にはどうでもいい事だ。
だがな、死にたくなければ、もうあの遺跡の事は忘れろ」
言葉は乱暴だが切々と訴える声に、今度は視線を外さず、俺は黙って皆守を見つめ返した。
頷く事はできない。無理な相談だった。
皆守のいう『忘れる』という選択肢は、俺にはない。
今、その選択を選ぶという事は、ひいては、あの時の選択をも否定する事になるからだ――。
既に『何か』の歯車は回り始めている。
今更、引き返す事も、留まる事も、できはしない。
元より俺に、選択の自由などない。
確実なのは、ただひとつ。
ひとつの身体にふたつの魂。
極めて異常なこの状態を放置し続ければ、葉佩も自分も共に危ういという事だけだ。
「……嫌なんだよ。面知ってる奴が死ぬってのは。……ちッ。何いってんだかな、俺も」
俺に頑として退く気がないと悟った皆守は、頭を掻いて言い放ち、らしくもない事をいった
と不機嫌になって、顔を背けた。
「……チャイムが鳴ったら、いつもでも校舎に残ってないでさっさと帰れよ」
皆守は、こちらを見ずに言い捨て、アロマを持っていない方の手を無造作に振って階段を下
りていった。
「皆守クンッ――」
引き止めようとした八千穂の声は、チャイムの音に重なるようにして掻き消された。
「あ……、授業、終わっちゃった。もう放課後だね。部活、行かなきゃな……。とりあえず
教室に戻ろ、九龍クン」
俺は八千穂と一緒に、理科室を経由してからC組の教室に戻り、その後、校舎を出た。
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「……椎名サンが取手クンと同じ生徒会執行委員なら、椎名サンの大切なものも、あの遺跡
の中にあるのかな……。あの遺跡って、何なんだろう……」
中庭を並んで歩きながら、少し先の地面に視線を這わせる八千穂が、しんみりした口調でい
った。
それから意を決したように、急に顔を上げた八千穂は、隣にいる俺の方へ身体を向けると真
剣な口調で尋ねてきた。
「ね、九龍クン。九龍クンは転校してきて少ししか経ってないけど、九龍クンとあたしはも
う友達……だよね?」
勢いが良かったのは最初の方だけで、後半、八千穂はスカートの前で両手を合わせ、少し自
信なさげにいった。
「一緒に探検した仲、だろ」
「……うんッ」
今朝、八千穂がいっていた言葉を告げると、彼女の顔がパッと明るくなった。
そうだよね、といって続ける。
「皆守クンだって九龍クンの事、友達だと思っているから、だから、あんな事いったんだよ
ね……」
まるで、俺に言いきかせるようにいった。
八千穂は、皆守の突き放したような言葉の裏側にある本質、根底に流れるものを、ちゃんと
わかっている。
だから彼女は、言葉が足りていない部分を、少しでもフォローしようと、気を遣っている。
皆守といい、八千穂といい、二人とも優しいな、と思って口元が綻んだ。
「八千穂センパ〜イ!!」
「あッ――」
テニスコートへ続く道の方から、八千穂を呼ぶ後輩の声が聞こえてきて、彼女は慌てて声の
方を振り返った。
「急がないと練習始まっちゃいますよ〜!!」
「ごめ〜んッ、すぐ行くからッ!」
後輩に向かって叫び返した八千穂が、こちらに向き直る。
その頬が微かに赤く染まって見えるのは、夕日の所為だろうか。
「それじゃ、あたし、部活行くね。皆守クンはああいってたけど、きっと九龍クンが困って
たら力を貸してくれると思う。あたしも、そうだからッ」
八千穂は何故か焦って、そわそわしながら、一気に捲したてた。
落ち着きのない態度とは裏腹に、八千穂は大事な話をしている。
俺は口を挟まず、黙って耳を傾けた。
「だから九龍クン……。あたしにも何かできる事があったらいってね」
八千穂は一歩、俺の方に歩み寄ると、こちらの顔を覗き込むようにしていった。
「うん、頼りにしてる」
「うんッ。えへへ……。頼りにしてくれていいからねッ」
俺が頷くと、八千穂も嬉しそうに笑って、胸を叩いて請け合った。
「その代わり、あたしも困った事があったら、九龍クンに相談するからッ。それじゃ、また
ね!!」
手を振り、八千穂はテニスコートへ向かって走り出す。
そして、少し走った所で急に速度を落として、もう一度こちらを振り返った。
「……九龍クンッ。何かあったら連絡してね!!絶対だよ!!」
両手をメガホンのようにして、元気よく叫んだ八千穂は、手を大きく一振りした後、回れ右
して今度こそテニスコートを目指して駆けていった。
俺は八千穂の姿が見えなくなるまで、ひとり夕暮れの中庭に佇んでいた。
暮れなずむ黄昏の空に、真円に近い白い月を認めて束の間、見上げる。
それから、境からもらった『貧相なモップ』を回収するために、マミーズへ向かった。