7■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
「ぎゃあ〜!走るのよ!アタシ達の愛のために!」
大声で叫んだ朱堂が、俺の手を掴んで、猛然と駆けだした。
「――ちょっ、朱堂!?」
「――!?……朱堂ッ!!てめぇッ!!」
猛烈なスタートダッシュを決めた朱堂に手を引っ張られ、つられて走り出した俺を目にした
皆守も、すぐに我に返って、怒鳴りながら走り出した。
そんな風にして、薄暗い通路を一列縦隊になって走る俺たち三人の背後からは、発動した遺
跡の罠。
道幅の狭い通路、全体を塞ぐ程の大岩が、ごろごろと派手な音を立てて転がってきていた。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
新しく開いた扉は、大広間の南に位置する扉。
光源の少ない薄暗い通路は、端々に木枠を組んで補強した鉱山の坑道――しかも閉鎖されて
から、かなりの年月を経た廃坑を思わせるような作りの区画だった。
数階層分の梯子を登り、マダムバタフライと再会した直後の狭い一本道。
坂道の途中に、ある一定の間隔を開けて配置された蛇の文様が描かれた赤銅色の床石。
通路手前にあった石碑には『足元に目をこらし同じ道を辿るべし』とあった。
「無闇に踏まない方がいいんじゃないのか?」
皆守の忠告に従い、全員が避けたはずの蛇の文様の床石が、何故か勝手に沈み込み、遺跡の
罠が発動したのが、ついさっき。
朱堂の悲鳴は、黒々とした大岩が、すぐ上の回廊から転がり落ちてくるのを見て、発せられ
たものである。
彼の絶叫は、大岩の罠発動を目撃して唖然として固まっていた皆守を、現実に引き戻す効果
があった。
いち早く遁走に移った朱堂を先頭に、今も走り続ける俺たちの背後からは、人の身の丈を軽
く越すような大岩が、轟音を響かせながら、ごろごろと転がってきている。
冒険ものの映画やゲームで、よく見かけるタイプの侵入者撃退用の罠。
仕掛け自体は単純だが、威力も効果も抜群のタチの悪い罠だ。
そんな非現実的で映画的なものを、現実世界で実際に体験する日が来るなんて、《タルタロス》
を踏破した自分でも、ちょっと驚く。
《宝探し屋》は大変な職業だと、走りながら改めて思った。
先頭を走る朱堂は、余程焦っているのか、パニック状態なのか、しっかりと俺の手を握り締
めていて、その手は一向に離れそうにない。
誰かに手を引かれて走るのは、意外と走りにくいが、離れないものは仕方がない。
緩やかなアップダウンのある一本道を、朱堂はレアシャドウ並みの速さで爆走する。
彼の速度に合わせて走りながら、軽く後ろ振り返れば、遅れて走り出した皆守も、しっかり
と後ろについてきていた。
それから少しの距離をあけて大岩も、転がるスピードを徐々に上げて、迫ってきている。
この細長い通路には、はじめから《化人》の気配は感じられなかった。
それでも念のため、行く手の闇を透かして、気配を探ってみると意外な反応が返ってきた。
通路の先の空気の流れは、途中から下方向にも広がりをみせ、遙か下の階層に向かって流れ
落ちている。
つまり、この先には、ぽっかりと口をあける落とし穴の脅威が、待っている。
「朱堂、この先に落とし穴がある」
「オーホホホホッ!!――って、ええええええ――ッ!?」
俺の呼びかけに高笑いで応えた朱堂の声が、途中から裏返る。
行く手に落とし穴があるとわかっていて、あえて飛び込む物好きはいない。
見通しの悪い通路の先に、奈落の底のはじまりを発見した朱堂は、明らかに走る速度を鈍ら
せた。
落とし穴の先は、まだ闇に紛れて判然としないが、後ろから迫る大岩の脅威が、足を止める
事を許さない。
これから対岸までの距離を目で測ってから、再び助走をつけて飛び移る、そんな悠長な時間
は残されていなかった。
今ここで速度を落とせば、全員が無事向こう岸へ渡るための、助走に必要な距離も、時間も
足りなくなる。
そう判断した俺は、逆に速度を上げた。
前を行く朱堂の手を引っ張って、そのまま肩に担ぎ上げると、《メサイア》の同調率を一気
に引き上げ、闇の中に薄ぼんやりと見えてきた対岸へ向かって跳躍した。
「――――ッ!!」
肩に担ぎ上げた朱堂が、空中で声にならない悲鳴を上げる。
ペルソナの膂力によって上乗せされたジャンプは、順調に飛距離を伸ばし、二人分の体重を
難なく対岸まで運ぶ。
「皆守ッ!!」
着地と同時に振り返って呼びかければ、こちらの跳躍で対岸までの距離を掴んだ皆守が、続
けてジャンプする所だった。
普段から運動神経の良さを豪語する彼は、遺跡の落とし穴に怯む事もなく、一度の挑戦で
底の見えない長方形の穴を飛び越え、無事、俺たちの隣に着地した。
それから数泊の後、轟音と共に闇の中から姿を現した大岩は、ぽっかりと口を開く奈落の底
に向かって、速度を緩めないまま、勢いよく転がり落ちていった。
「「…………」」
三人して、大岩の消えた落とし穴を覗き込み、その暗闇の中に鳴り響く残響音に耳を澄ませ
ていると、H.A.N.Tのナビ音声が、安全領域に入った事を告げる。
そこでようやく、俺は肩に担ぎ上げていた朱堂を床に下ろした。
「――ダーリンッ!!」
着地を合図に、迫る大岩の恐怖から醒めた朱堂は、俺の両肩を勢いよく掴むと、声を張り上
げて詰め寄ってきた。
「アナタ見かけは細いのに、意外と力持ちさんなのねッ!!着痩せするタイプなのかしら?」
そう言いながら朱堂は、アサルトベストの上から俺の身体を、ペタペタと触ってきた。
「何してやがる――ッ!!」
道具が沢山詰まったアサルトベストの上から触れている限り、服の下の様子など、わかるは
ずもあるまい。
そんな風に思っていたら、額に青筋を浮かべた皆守が、朱堂を容赦なく足蹴にして、すぐ近
くの壁に、顔面からめり込ませた。
「ああんッ!甲太郎ちゃんの愛が痛いッ!!」
「気色の悪いこと言うなぁぁぁ―――ッ!!」
足蹴にされながらも、見上げた根性で声を発した朱堂に対し、全身を毛羽立たせた皆守の血
を吐くような絶叫が、薄暗い通路全域に、こだました。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
今夜のバディに名乗りを上げたのは、八千穂の盟友を自称する朱堂だった。
ルイ先生に付き添われて、女子寮に戻っていた八千穂は、肥後の事が心配で今夜の探索に参
加したがっていたが、俺は彼女の体調を鑑みて、同行を許可しなかった。
授業中に倒れた彼女には、まだ十分な休養が必要で、探索に参加できるような健康状態では
なかったからだ。
考えてみれば、俺は新しい区画に挑む際は八千穂と皆守、ずっとこの二人をバディに選んで
きていた。
その二人の内の一人、八千穂が今夜の探索には参加できない。
そこで、俄然張り切ったのが、朱堂だ。
何処で聞きつけたのか、八千穂が倒れた事を知った朱堂は、前の異星人騒動で彼女に多大な
る迷惑をかけた、そのお詫びがしたい――という趣旨のメールを送ってきた。
八千穂の体調が万全ではない今、彼女の盟友を自負(自称ともいう)する朱堂が、自ら率先
してバディを引き受け、役に立ってみせる事で、前回、彼女から受けた不名誉な烙印、『変
態』の汚名を濯ぎたい――。
朱堂はそんな熱意をメールに書き連ね、訴えてきた。
汚名を返上するチャンスを掴もうと意気込む朱堂の様子は、春先の失敗を悔やんで、その次
の風花救出作戦時に《タルタロス》突入組を志願して、名誉挽回に勤しんだ順平の姿を俺に
思い起こさせた。
だから俺は、今夜のバディに朱堂を選んだ。
そして、もう一人のバディは皆守。
いつも元気な八千穂が衰弱し、倒れた事は、皆守にとっても衝撃だったのだろう。
激昂する様子ではないが、好意を持つ相手を傷つけられて、内心、穏やかではいられないよ
うだ。
今回の《執行委員》には、あまり良い感情を持っていないが、それでも彼の八千穂への気持
ちを汲んで、あえてバディを要請してみた。
皆守は、待ち合わせの時間に墓地に現れた。
そして、俺の隣に鼻唄でも歌い出しそうな勢いの上機嫌な朱堂の姿を見て、盛大に顔を顰め
たのだった。