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「葉佩クンッ」

聞き覚えのある元気のいい女子の声に驚いて振り向くと、制服姿の八千穂が後ろに立って

いた。

「へへへ〜。こんな夜に墓地に来て何してんの?まさか、ひとりで肝試ししてる訳じゃな

いよねェ〜」

八千穂は絶句する俺の顔を覗き込むと、昼間と変わらぬ無邪気な笑顔で尋ねてきた。

魂が身体を離れていた間の事とはいえ、八千穂の接近に気付かず、そのまま背後を取られ

るとは、不覚としか言いようがない。

彼女からは、『墓地を調べに行くなら、誘ってね。絶対だよ!!』とのメールが、寮に着い

た時点で送信されてきていた。

冗談めかしていう態度から、八千穂を誘わず、ひとり墓地調査に向かった事を本気で怒っ

ている訳ではなさそうだが。

「そうだッ。もしかして、幽霊が見てみたいとか?」

「まあ、見たかな……」

ポンと手を打って確認してきた八千穂に、幽霊ではないが幽体離脱して、さっき親玉級の

異形には会ったなと思って答えると、

「やっぱりねェ……って、そんな訳ないでしょッ!!」

冗談と思われたのか、速攻で否定されてしまった。

「まァ。幽霊が見たいか見たくないかはともかく……。ベストに手袋、それにゴーグルな

んて着けて――何でそんな格好してるの?」

俺の格好を見て言い淀んだ八千穂は、改めて装備に視線を走らせた後、当然ともいえる疑

問を呈してきた。

「ああ、この格好?」

首に提げたままのゴーグルを軽く引っ張りながら、純粋な好奇心を湛える彼女の目を、冷

静に観察する。

八千穂は、リュックの中のマシンガンには気付いていない。

魂が身体を離れている間、まったく無防備な姿を晒していたにも拘わらず、八千穂は何も

してこなかった。

最初に見つかった相手が八千穂だったのは、運が良かったかもしれない。

もし、行方不明者を量産している輩に最初に見つかり、接近を許していたら、自分は今頃

生きていたかどうか。

八千穂の為人は、昼間行動を共にして、ある程度は把握しているつもりだ。

隠し事は苦手だが、裏表のない明るい性格に昼間の言動を顧みて、信頼に足りると判断す

る。

いくら人を凌駕するペルソナの力を持っていても、ひとりの人間にできる事など、たかが

知れているし、そもそも閉鎖された学園の中で極秘裏に、しかも単独で調査を進めようと

する事自体に無理がある。

飛行機の中で依頼内容を確認した時から、協力者の存在は必要不可欠だと思っていたため、

《宝探し屋》の掟には反するが、八千穂には《宝探し屋》という素性を明かす事にした。

 

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「《宝探し屋》?遺跡?秘宝?月魅が好きそうな話だね。何か難しくてよくわからないけど、

要はスパイみたいなもの?」

「当たらずとも遠からずって所かな」

「へぇ〜、そうなんだ。何だか面白そうだねッ」

俺の答えに八千穂は顔を輝かせたが、所詮は自分も《宝探し屋》代行の身。

その実態を正確に把握しているとは言い難い。

だからといって自分本来の素性は、更に話せたものではない。

『未来から来たペルソナ使い(しかも他人の身体に憑依)』よりかは、《宝探し屋》の方が、

まだしも現実的で説得力があるというものだ。

「最初に見た時から、ただの転校生じゃないなァって思ってたんだよねェ。正に謎の転校

生って感じでさ。な〜んてねッ。へへへッ。」

《宝探し屋》という素性に納得して、ひとしきり頷いた彼女は、ふと寂しげな表情になっ

た。

「実はあたしも退屈な寮生活に飽きてたとこなんだ。ほら、天香学園って、校則も厳しい

し、夏休みとか以外は外に出られないじゃない?青春を謳歌するには、刺激が少なすぎて

……」

寂しそうに語る八千穂の心情は、昼間の校内案内時に自分が推測したものと、ほぼ一致し

ていた。

「だから月魅の話にものすごく興味があったんだ。何かないかなァって、墓地を探してた

ら、偶然、葉佩クンの姿を見つけて。もしかして、あたしたちって運命の糸で結ばれてた

りして」

話しながら後半、興奮したように一気に喋りきった八千穂は、これからはじまる何かに期

待を膨らませ、嬉しそうに笑いかけてきた。

『何かの縁』の時にも感じた不思議な感覚を、再び覚える。

『運命の糸』もある意味、的を射ている。

「そうかもしれない」

「やっぱり?よく冒険小説とかでも、主人公には、頼れる相棒がいるじゃない。もしかし

たら、あたしが、その相棒だったりしてッ」

素直に答えると、八千穂は俺の相棒を宣言して喜んだ。

「まァ、でも、見つかったのがあたしで良かったじゃない。葉佩クンの正体、誰にもいわ

ないから、安心して。二人だけのひ・み・つ」

「信頼してるよ。八千穂」

こちらからお願いする前に、八千穂は俺の素性をバラさないと約束してくれた。

そんな彼女の瞳を、真剣な面持ちで見つめ返し、俺は心からの気持ちを込めた言葉をかけ

た。

すると、八千穂の頬がみるみる赤くなっていく様子が、ペルソナの恩恵で闇の中でも夜目

の利く俺の目に映った。

「……八千穂?」

疑問に思って視線を緩めると、八千穂は慌てて視線を逸らし、目を伏せた。

「共通の秘密をもつ二人の間に芽生える禁断の愛――。ロマンチックよねェ」

火照った頬に手を当てて俯き、しかし、すぐに顔を上げた八千穂は、何処か遠くを見つめ、

ひとり独白する。

最悪、命を狙われる可能性も考慮して素性を明かした自分としては、これで本当に、八千

穂と殺し合うなんて状況にならなければ良いと、真剣に考えた末にかけた言葉だったのだ

が、どうやら彼女は別の意味に解釈してしまったようだった。

「ところでさ。何か墓地で面白いもの見つかった?」

照れ隠しなのか、八千穂は意味もなく、わたわたと手を振って俺に向き直ると、急に話題

を変えてきた。

魂のみ地中に引き込まれた時に、異形と対面していたが、それはさっき八千穂に否定され

てしまったので、黙って首を横に振る。

「いろいろ怪しいとこを探したんだけど、実際、墓地なんてどこもかしこも怪しくて……。

う〜ん。……ん?」

腕を組んで八千穂が首を傾げていると、少し離れた草むらから、何かが動く音が微かに聞

こえてきた。

八千穂以外の人の接近は、既に捉えている。

「何か音がしない?」

確認してきた八千穂に頷いて、音のする方角を見据える。

何かが倒れる音に続いて、歯車が軋むような音が連続して聞こえてきた。

「あっちから聞こえるわ。見に行ってみよッ」

叫んだ八千穂は周囲の警戒もせず、一直線に音の方角に向かって走り出した。

仕方がないなと、すぐに後を追いかける。

「確か、この辺りから――」

聞こえてきた音は、既に止んでいた。

スピードを落として立ち止まった彼女は、音の正体を突き止めるべく、何か異変はないか

と、キョロキョロと辺りを見回す。

辺りを探さずとも、自分には下から吹き上げてくる独特の気配で、その位置がわかった。

場所を特定すると、躊躇なく、そちらへ足を向ける。

「何か見つけた?あッ!!何それ?」

ある墓の前で足を止め、視線を落とす俺に、気付いて近寄ってきた八千穂は、足下に異変

を発見して驚きの声を上げた。

「墓の下に穴が……。一体、何の穴だろ?人がひとり通れるぐらいはありそうだけど……」

彼女のいう通り、墓石の下に人がひとり通れるくらいの穴が、ぽっかりと口を開けている。

おそらくこれが、さっき魂のみで潜った遺跡の、本来の入り口なのだろう。

「おい」

「きゃッ!!」

二人で穴を覗き込んでいると背後から、これまた聞き覚えのある気だるい声がかかった。

八千穂は悲鳴を上げると、俺の腕に縋りついてきた。

「まったく……困った連中だぜ」

「皆守クンッ!!」

振り返れば、アロマパイプを持った制服姿の皆守が、心底呆れたといった表情で立ってい

た。

「八千穂はともかく、転校生のお前まで墓地で肝試しかよ?それに……、何だそのイカれ

た格好は?」

近付いてきた皆守は俺の格好を見て、八千穂のように遠回しな言い方はしなかった。

頭の天辺から爪先まで冷めた視線を送ると、遠慮の欠片もない、率直な感想を述べた。

『怪しい』すら通り越して『イカれた』と表現されてしまった今の自分の格好に、多少落

ち込む。

「あのさ、皆守クン。実はそこの墓石の――」

「夜の墓地への立ち入りは校則で禁じられている。違反する者がいないか《生徒会》の連

中も目を光らせているって話だ」

気落ちした俺の様子を、さすがに気の毒に思ったのか、八千穂は話題を逸らそうとしてく

れたが、皆守が校則を持ち出して遮ると、彼女も黙るしかなかった。

「まァ、それだけじゃなく、実際この辺りは物騒だしな。三ヶ月前にも、この墓地のある

森で生徒が行方不明になっている。せっかく、俺が今夜は出歩くなと忠告してやったのに

……」

一旦言葉を切って、皆守は俺を睨み付けてきた。

「悪い」

「そう思うなら、俺の忠告に耳を貸す事だ」

俺は素直に折れて詫びたが、正論で返された。

まったくもって、その通りなので何も言い返せずに黙っていると、皆守は苛立たしげにガ

シガシと頭を掻いてそっぽを向いた。

自ら精神安定剤といっていたアロマを忙しなく吸っている姿を見るに、ますますもって皆

守の心象を悪化させただけかもしれない。

「そういう皆守クンだって、墓地で何してんの?もう寝てるかと思ってたよ」

見かねた八千穂が、仲裁に入って皆守に質問する。

確かに放課後あれだけ眠い、眠いと言い続け、寮に着いてからもすぐに寝ると宣言してい

た皆守が、この時間帯に起きているのは不自然だった。

「寝ようとしてたんだが、何だか寝付けなくてな……」

――昼間寝過ぎて眠れなくなったの間違いではないか、と思ったのは俺だけではなかった

ようで、一瞬、八千穂と目を見交わした。

「それで気分転換に夜の散歩でもしようと思って、墓地の方へ来たのさ。この辺りは、夜

ともなれば、ほとんど人が来ない。静かに散歩するには、もってこいだからな」

「それじゃ、校則違反じゃない。それに、さっき墓地の辺りは物騒だって……」

皆守が墓地へやってきた理由も大したものではないとわかって、八千穂は矛盾を指摘する。

「別に墓地に入ろうなんて思ってなかったさ。通りがかったら、話し声が聞こえたんで、

覗いて見たら、お前らの姿が見えたんだ。」

やはり皆守の方が一枚上手で、八千穂の追及をさらりとかわす。

動機はともかく、立ち入り禁止の墓地へ足を踏み入れた理由、その辻褄は合っている。

「そんな事より、八千穂――お前こそ、何だって墓地にいるんだ?」

自らの事情を話した皆守は、今度は八千穂の事情を問いつめた。

「あたしは、月魅の話が気になって……」

八千穂は目を伏せると自信なさげに答えた。

「七瀬の?」

「うん。何かさ、この天香学園に秘密があるとかいってるんだ。特に墓地が怪しいってい

ってたから、夜になったら見に行ってみようかな〜って。へへへッ」

「暇人が……。こんなシケた学園に何があるってんだよ?」

顔を上げ、期待も込めて学園に秘密があると語る八千穂の意見を、皆守はすげなく切り捨

てた。

「え〜、でも先生や生徒が行方不明になったり、幽霊が出るとかいう噂があったり、絶対、

怪しいと思うけどなァ」

「…………」

八千穂は諦めずに根拠を語るが、皆守は呆れて言葉もないのか、また眠そうな半眼になっ

ている。

「それにほら見て。そこの墓石が動いてて、その下に穴が――」

八千穂が言いかけたその時、ザクっと土に金属が刺さるような音がした。

「誰だ……墓地に無断で入り込む者は?」

「――――ッ」

背後からのしゃがれた声に、八千穂は悲鳴を飲み込んで、皆守は半眼のまま睨み付けるよ

うに、俺は比較的ゆっくりと、三者三様に振り向いた。

墓石の列を一列挟んだ向こう側。

ボロボロの黒い外套を纏い、目深に被ったフードの裾より鋭い眼光と皺深い顔を覗かせた

不気味な姿の老人が、ランタンの明かりを手に、こちらを睨んでいた。

その隣には、ランタンの明かりを反射して鈍く光るシャベルが、土に突き刺さっている。

「きゃッ」

その不気味な姿を見て、八千穂の飲み込んだはずの悲鳴は抑えきれずに溢れてしまった。

老人自身も不気味な気配を発していて、老人の格好が不気味なのか、老人自身が不気味な

のか微妙な所だった。

「安心しろ。こいつが、墓地の新しい管理人だ」

「え……?」

老人の正体を特定した皆守に、八千穂が疑問の声を上げた。

驚いたのは俺も同じだった。

どう見ても一般的な、墓地の管理人の格好には、とても見えない。

ハロウィンの仮装か、一歩間違えれば十分不振人物に見える。

「誰の許可があって、墓地に入り込んだ?」

墓地の管理人――墓守の老人はシャベルを引き抜くと、肩に担ぎ上げて誰何してきた。

もし、これがシャベルならぬ巨大な大鎌の形をしていたならば、間違いなく最も一般的な

死神のイメージ、そのままの姿に見えた事だろう。

「あッ、あの……」

八千穂が何とか弁明しようと試みたが、墓守に一瞥されると黙ってしまった。

「さっさと出て行け。さもなくば、土の中に埋めてしまうぞ?」

沈黙する俺たちに、墓守は本気だといわんばかりに、威圧感を込めて脅してきた。

類は友を呼ぶというが、死神のような格好をした墓守が、死神を宿した自分を墓に埋める

と脅す。

その滑稽さに、何やら妙な親しみを覚えて、知らず口の端に笑みが浮かんだ。

「友か……。俺にとっては、この墓地を這い回る蛆虫や蝿どもが唯一の友だ。くくくッ」

墓守の老人は、どうやら俺の笑みに友好的なものは感じ取ったらしいが、拒絶すると含み

笑いを漏らした。

「こいつは転校生なんだ。勘弁してやってくれないか」

隣で墓守とのやり取りを見ていた皆守が、俺を庇って前に出た。

「ふん。また転校生だと?ひとつ墓石が増える事にならなければいいがな」

「…………」

皮肉に唇を歪める墓守と皆守は、しばらく無言のまま対峙した。

前に出て、こちらに背を向けている皆守が、どんな表情をしていたのかはわからなかった

が、先に折れたのは墓守の老人の方だった。

「今回は見逃してやる。さっさと行け。俺の気が変わらん内にな。もうここへは来るな…

…」

「いわれないでも出て行くさ。行くぞ」

墓守の老人が背を向けると、皆守も俺たちを促して、墓地の出入り口にさっさと向かった。

「うッ、うんッ」

八千穂は墓守の背中に、ごめんなさいと律儀に頭を下げてから皆守の後を追い、自分もそ

れに続いた。

「……何故、隠されていた《岩戸》が開いているのだ……?」

風にのって、墓守の老人のしゃがれた呟き声が微かに聞こえてきたが、俺は振り返らなか

った。

皆守を先頭に、八千穂、俺の順に墓地を出る。

 

寮へと戻る途中、皆守も八千穂も言葉少なだった。

地中に引き込まれた魂が葉佩の身体に戻ってから、自分が墓地周辺に捉えていた人の気配

は、八千穂を除けば、三人。

一人目は皆守。

二人目は墓守の老人。

三人目は駆け付けると、逃げるようにして墓地を離れていった。

おそらく遺跡の入り口を開いたのは、この三人目だ。

更に建物の上からも、一部始終を観察している類の視線を感じ取ってはいたが、こちらは

距離が離れすぎていた事もあって、無視を決め込んでいた。

森を抜けると視界の端、建物の屋上に、月光を背に立つ人影を認めた。

突き刺さるような視線に、しかし、顔を向けたりはしない。

視界の端に捉えた人影が身を翻した時を見計らって、視線だけを巡らせれば、コートらし

き衣服を纏った人物のシルエットが遠ざかっていく所だった。

この距離では何者かは、特定できない。

人影が去った後も、建物の屋上越しに残る欠けた月を見やり、《影時間》が近いと感じる。

結局、死神《タナトス》は墓地では何の反応も示さなかった。

だが、見るべきものは見た。

今はあの月が、偽りの月に変わる前に部屋に戻ろうと、前を行く二人に続いて寮に向かっ

た。

 

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