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本格的な夜の闇が訪れる前に、八千穂とルイ先生、二人と別れ男子寮に戻ってきた。
今日は辛うじて、ルイ先生の前で夜を迎えずに済んだ。
しかし、こんな幸運が、そう何度も続くとは限らない。
いずれルイ先生とは互いの素性について、話し合わなければならない時が来るのかも知れ
ない。
そんな予感を覚えながら、寮の階段を上がる。
昨夜、墓地から寮に戻った際に分かった事が、幾つかある。
一つ目は、寮の正面玄関の入寮チェックが、想像以上に甘いという事。
あと少しで深夜0時という時刻に男子寮に戻ってきた時、皆守は常夜灯以外の照明が落と
され、暗くなった寮の正面玄関を無造作にくぐり抜けた。
門限どころか、消灯時間も過ぎた0時近い時刻に、正面玄関が開いている事もさる事なが
ら、何の咎め立てもなく、中に入れる寮の管理体制に驚かされた。
思い返せば、女子寮まで送っていった八千穂も、女子寮の正面玄関から難なく寮内に戻っ
てく姿を目撃していた。
正面玄関の管理が甘いその一方で、女子寮への忍び込み云々で皆守が指摘していたように、
正面以外の出入り口には警報装置が完備されている。
非常口から外に出た折、警報機の設置は確認済みだ。
装置の位置さえ把握してしまえば、警備の網をくぐり抜ける事は可能であり、遺跡探索時
の障害にはならないのだが、この警備体制の落差は何なのだろう。
考えている間に自分の部屋に着いた。
鍵穴に自室の鍵を差し込み回す。
動作の合間、俺の目は自然と隣室のドアへ向けられた。
分かった事の二つ目は、自分の部屋のすぐ隣が、皆守の部屋であったという事。
天香学園の学生寮は、階ごとに居住する生徒の学年を振り分けており、三階が三年の寝起
きする階となっている。
昨夜、一緒に三階まで上がってきた皆守が、ごく自然に俺の部屋のすぐ隣へ向かい、鍵を
開ける姿を見て、隣室の住人が誰であるかを、この時はじめて知った。
同じクラス、そして寮の部屋も隣。
これもまた、何かの『縁』の続きなのだろうか。
中庭で相談の輪からひとり離脱した皆守は、もう部屋に戻っているようたが、戻ってすぐ
フテ寝でもしてしまったのか、中からは物音ひとつ聞こえてこない。
これ以上の走査は、プライバシーの侵害に当たるので控える。
カチリと鳴った自室ドアの解錠の音を合図に、俺は隣室への視線を外し、自分の部室に入
って明かりをつけた。
リュックサックを下ろすと早速、夜の墓地初探索に向けて準備を開始した。
まず行ったのは、弾薬などの装備の補充。
銃弾は、使えばなくなる消耗品。
今夜の探索で手持ちの弾薬を使い切る可能性があるため、明日以降の探索に備え、予め補
充しておく必要がある。
パソコンを起ち上げて《協会》御用達、銃火器からの装備全般を取り扱うネットショップ
サイト『Shadow of Jade』にアクセスする。
9mmLUGERの弾薬を数箱注文し、他の商品を一通り検索しているとパルスHGに目
がとまった。
主に障害物を除去する目的の小型手榴弾で威力は低いが、《協会》から初支給された装備に
はなかったものだ。
ヘラクレイオン遺跡において壁が崩れ、往路辿ってきた道が使えなかった事例を思い返す
と必要な装備に思えた。
だが、今から注文しても、到着は早くて明日の夕方くらいになるだろうから、今夜の探索
では諦めるしかない。
次回探索を見越して、これも幾つか注文し、装備の補充を済ませた。
その他に《協会》が提供する情報サイトを参照してから、パソコンの電源を落とす。
《コウリュウ》の共鳴が再びはじまったのは、まさに、その時だった。
――まさか、と思いつつドアの方を振り返るのと、ほぼ同時、
「亀急便でーす」
チャイムの音と共に、宅配業者の声が戸外から聞こえてきた。
2009年のテレビ通販『時価ネットたなか』もビックリな、ハイスピードな配達ぶりに、
思わず愕然とドアを見つめ、この速達ぶりを、たなか社長に教えてあげたい、などと場違
いな感想まで思ってしまった。
つまり、それくらい気が動転していた訳だ。
荷物整理も済んでいなかった昨日とは違い、今日は印鑑を持ってドアを開ける。
若い呼び声から予想した通り、廊下に立っていたのは、昨日荷物を運んでくれた人の良さ
そうな老人ではなかった。
意志の強さを窺わせる切れ長の目を、帽子のつばで隠すようにした黒髪黒瞳の青年が、さ
っき注文したばかりの物騒な品々が入っているであろう、亀の絵柄が描かれた段ボールを
抱えて待っていた。
《コウリュウ》の共鳴は、昨日の老人の時と同じく、まだ続いている。
何気ない風を装って礼を述べ、荷物を受け取ると、青年もまた老人同様、何処か腑に落ち
ない様子を隠しつつ、こちらを気にしながら廊下を引き返していった。
ドアを閉めながら、青年が階下に降りるのを目の端に捉え、確認した直後から共鳴は自然
と収まりをみせた。
一体、《コウリュウ》は『何』に共鳴しているのだろう。
しばらく荷物を抱えたまま、意識の狭間を探ってみたが、手がかりは何も得られず、諦め
て室内に戻る。
その途中、部屋の明かりを反射して窓に映る葉佩の姿を認め、俺は一瞬動きを止めた。
違和感なく動かしていた身体が、自分のものではないと、改めて意識させられるのは、こ
んな瞬間だ。
他人の――葉佩の身体に入り込んでいるのだから、鏡を覗き込めば当然、そこに映ってい
るのは17歳の自分本来の姿ではない。
この身体に入ったばかりの頃は、鏡を見る度、何かに姿を映す度、投影される今の自分―
―葉佩の容姿に違和感を覚えたものだが、最近では、その状況にも慣れてきた。
そろそろ見慣れてきた葉佩の顔だが、一点だけ、飛行機の中で確認した写真と違いがある
事に、いつの頃からか俺は気付いていた。
写真の葉佩九龍は、黒髪黒瞳だった。
だが、今、窓に映る葉佩の瞳は、黒瞳ではなく、青みがかった灰色をしている。
はじめの内は、ただの見間違いだと思っていた。
だが、日にちや時間、採光の条件を変え、何度か鏡を使って検証した所、見れば見る程、
確認すればする程、それこそ検証した回数と同じだけ、鏡の中から見返してくる葉佩の瞳
の色が、見慣れた自分本来の瞳の色に近いという結論に至り、軽い頭痛を覚えた。
今、自分がプリクラ撮影を歓迎できない理由の一つに、この瞳の色が関係する。
注意深い者なら、黒瞳と青灰色の瞳、この僅かな外見の差に気付くかもしれない。
いずれ葉佩九龍が意識を取り戻した時、この瞳の色の違いが、問題にならなければ良いと
も思う。
だから今、証拠となるような写真類は、極力避けておきたい。
その他にも、ひとつの身体にふたつの魂という現在の状態や、ペルソナが心霊写真のよう
に映ったら困る、というのも写真を忌避する理由として上げられる。
自分の身体の時は、写真にペルソナが映り込むような事はなかったが、葉佩の身体に入っ
てからこっち、ペルソナが以前と違う反応を多々示している事もあり、油断はできない。
ペルソナが写真に映り込んで、心霊写真と大騒ぎ――といった悪い想像へ進みそうになっ
た思考を、軽く頭を振って追い払う。
窓に映る葉佩の姿からも視線を外し、気持ちを切り替えようと、ずっと抱えていた荷物を
床に下ろした。
段ボールを開封すると、さっきネットで注文したばかりの武器類が昨日同様、巧みなカモ
フラージュを施された状態で詰まっていた。
――亀急便、恐るべし。
驚異的な配達スピードを実現しながら、サービス品質も低下させない。
丁寧な仕事ぶりに、ひとしきり感心していた時、H.A.N.Tがメールを受信した。
送信者の名前を見て、俺は僅かに目を瞠る。
メールは、皆守から送信されてきたものだった。
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「葉佩クン〜。ちゃんとロープが揺れないように押さえといてよ?手を離したら、泣いち
ゃうからッ」
ロープを使い、先に地下遺跡へ降り立った俺の元に、続いて地下に降りようとしている八
千穂の不安そうな声が、地上から降ってきた。
ロープの強度を確かめるべく数回引っ張って、安全を確認し、再度ロープを握って固定し
てから、地上の八千穂に声をかける。
「押さえているから、大丈夫」
「しっかり握っていてね」
八千穂の念押しの声と共に、ロープが軋み、新たな加重がロープに加わったのが分かった。
何故、上の状況を、視認せずにロープの振動越しに判断したかのというと、八千穂は制服
姿で墓地にきていた。
つまり、彼女が下に降りきるまでは、何があろうと、上を見る訳にはいかないからだ。
崩れた円柱や、巨大な石像、そして鳥居。
眼前に広がる地下遺跡の建造物を眺めて、八千穂の到着を待つが、降下に手間取っている
のか、最初の振動から、しばらく経っても彼女はなかなか降りてこない。
「ったく、うるさい女だな。いいから早く降りろッ」
八千穂の遅い降下動作に痺れを切らしたのか、皆守の苛立たしげな声が聞こえたかと思う
と、上方のロープを揺すっているような振動が、手元に伝わってきた。
「きゃッ、ちょっと揺らさないでよッ」
「大丈夫だ。下を見ずに一気に行け」
「きゃッ、ちょッ、ちょっとッ。きゃァァァァァ――ッ!!」
一際大きくロープが揺れた直後、八千穂が悲鳴を上げて滑り落ちてきた。
落ちてくる八千穂の気配だけを頼りに、落下位置とタイミングを見計らった俺は腕を差し
出し、落ちてきた彼女を受け止める。
高所から落下してきた人を両腕で受け止めるという危険行為も、ペルソナに上乗せされた
身体能力をもってすれば問題ない。
「おッ?どうやら、下まで降りられたようだな」
着地音から八千穂の地下到達を察したらしい皆守が、上から暢気な声をかけてきた。
「どけ、八千穂。そこにいると危ないぞ?」
言うやいなや、今度は皆守がロープに掴まり颯爽と滑り降りてくる。
俺は八千穂を抱えたまま、皆守の降下予想地点から素早く後退した。
「よ――っと。ほう……。墓地の下に、こんな場所があったとはな……。何かの遺跡か何
かか?」
かけ声と共に、こちらに背を向ける格好で無事に着地した皆守は、目にした地下遺跡を、
物珍しげに見ている。
「皆守、ロープを揺らすのは、危険だから止めてくれ」
こちらの呼びかけに振り返った皆守は、俺と八千穂の姿を認めた途端、硬直した。
俺は腕に、落下の恐怖に未だ茫然自失の態で固まっている八千穂を――俗にいう『お姫様
抱っこ』の状態で――抱えている。
「もうッ、皆守クンッ!!ロープ揺らすなんて、ヒドイじゃないッ!!」
皆守と目が合い、我に返った八千穂が、さっき彼から受けた仕打ちに対して、腕の中から
猛然と抗議の声を上げた。
「八千穂、怪我はない?」
「……うッ、うんッ。ありがとう、葉佩クン」
落下体験がよほど恐ろしかったのか、まだぎこちない仕草で見上げてきた八千穂を、そっ
と床に降ろす。
彼女が立ち上がるのに手を貸していると、皆守の機嫌が下降していくのが、何となく分か
った。
皆守、八千穂の事が気になっているのなら、あんな意地悪せずに、最初から手を貸してあ
げれば良いものを、不器用過ぎるのも考えものだ。