第一章 武士道とは何か ●高き身分の者に伴う義務
●武士の心に刻まれた掟
●勇猛果敢なフェア・プレーの精神
・「卑怯者」「臆病者」という言葉は、健全でかつ純粋な性質の人間にとっては、もっとも侮辱的なレッテルであった。
第二章 武士道の源はどこにあるか
●仏教と神道が武士道に授けたもの
・他のいかなる宗教からも教わらないような、
主君に対する忠誠、
祖先に対する尊敬、
親に対する孝心などの考え方は、神道の教義によって武士道へ伝えられた。
・鏡は人間の心を表している。心が完全に平静で澄んでいれば、そこに「神」の姿を見ることが出来る。それゆえに人は社殿の前に立って参拝するとき、おのれ自身の姿を鏡の中に見るのである。そして、この参拝という行為は、古代ギリシャのデルフォイの神託、「
汝自身を知れ」に通じるものがある。
・神道の教義には、わが民族の感情面での二つの大きな特徴が含まれている。
愛国心と
忠誠心である。神道は、とりもなおさず武士道の中に
主君への忠誠と愛国心を徹底的に吹き込んだのだ。
●孔子を源泉とする武士道の道徳律
・武士道は、道徳的な教義に関しては、孔子の教えがもっとも豊かな源泉となった。君臣、親子、夫婦、長幼、朋友についての「五倫」は、儒教の書物が中国からもたらされる以前から、日本人の民族的本能が認めていたものであって、それを確認したにすぎなかった。
・知識というものは、これを学ぶものが心に同化させ、その人の品性に表れて初めて真の知識となる、ということである。
・知性は行動として表れる道徳的行為に従属するものと考えられたのである。
・武士道は知識を重んじるものではない。重んずるものは行動である。
●武士道が目ざす「知行合一」の思想
第三章 義 ー 武士道の礎石 ●義は人の道なり
・「義」は、武士の掟の中で、もっとも厳格な徳目である。サムライにとって卑劣なる行動、不正なふるまいほど忌まわしいものはない。この義の観念は間違っているかもしれないし、おそらく概念としてはせますぎるであろう。
・林子平は、これを決断する力と定義し、「
義は自分の身の処し方を道理に従って躊躇わずに決断する力である。死すべきときには死に、討つべきときには討つことである」と語っている。
・真木和泉守という武士は「武士の重んずるところは節義である。節義とは人の体にたとえれば骨に当る。骨がなければ首も正しく上に載ってはいられない。手も動かず、足も立たない。だから人は才能や学問があったとしても、節義がなければ武士ではない。節義さえあれば社交の才など取るに足らないものだ」とのべている。
・「仁は人の良心なり、義は人の道なり」(孟子)
・狡猾な策略が軍事的な戦略として、あるいは真っ赤な嘘が戦術としてまかり通っていた時代に、この率直で、正直で、男らしい徳は、最高に光り輝く宝石であり、日本人が最も高く賞賛する対象だったのである。
●「
正義の道理」が私達に命じる
・義は、いま一つの勇ましい徳である「勇」と双子の関係にある。
・義からの派生語としての「
義理」。文字通りの意味は「
正義の道理」である。だが、それは次第に
世論が定めた果たすべき義務と、
世論が期待する個人的義務感を意味するようになってしまった。
だが、
もともとは、あくまでも単純な義務を指していた。従って、私達が親や目上の者、もしくは目下の者、あるいは社会一般などに負う義理について話すときは、
義理はいつの間にか義務のこととなった。なぜなら、義務とは「
正義の道理」が要求し命じる以外の何ものでもないからである。「
正義の道理」こそは
無条件に従うべき絶対命令なのである。
とはいえ、「
義理」は本来、
義務以上の何ものでもなかった。あえて言葉の由来をいえば、たとえば親に対する私達の行動は、愛が唯一の動機である。だが、それがない場合は、親孝行を強いる為の何らかの権威が必要となる。そこで人々はこの
権威を義理としたのである。
これは極めて正しかったといわねばならない。何故なら、もし愛情が徳の行動に結びつかない場合は、頼りになるものは人の理性である。そしてその理性は、直ちに人に正しく行動することを訴えるからである。
第四章 勇 ー 勇気と忍耐 ●義を見てせざるは勇なきなり
・「義を見てせざるは勇なきなり」(孔子)。この格言を肯定的にとらえるなら、「
勇とは正しきことをなすこと」である。
第五章 仁 ー 慈悲の心 ●「仁」が王者の徳といわれるのは何故か
・「国家人民の立てたる君にして、君のために立てたる国家人民には之無候」(上杉鷹山)といって、封建制がけっして暴政や圧政ばかりではなかったことを証明したのだ。
・簡単に言えば
専制政治と
世襲政治との違いはこうである。つまり前者では人民は
不本意な服従を強いられるが、後者では「
かの誇り高き従順、かの品位ある帰順、隷従の中にあってさえ、高き自由の精神を生き生きと保つ心服」によって従うのである。
●「武士の情け」とは力ある者の慈悲
・「義に過ぎれば固くなる。仁に過ぎれば弱くなる」(伊達政宗)
・「惻隠の心は仁の端なり」(孟子)。それゆえに孟子は、仁の心をもっている人はいつも、苦悩する人、辛苦に耐えている人、弱き人々を思いやる人だ、と説いたのである。
●武勲を捨て去った強者の物語
●「詩人」でもあったサムライたち
第六章 礼 ー 仁・義を型として表す ●礼の最高の形態は「愛」である
・「礼は寛容にして慈悲深く、人を憎まず、自慢せず、高ぶらず、相手を不愉快にさせないばかりか、自己の利益を求めず、憤らず、恨みを抱かない」
・心が篭っていなければ、礼とは呼べないのである。
●茶の湯は精神修養の実践方式
・茶の湯の基本である心の平静、感情の静謐さ、立居振舞の落ち着きと優雅さは、正しき思索とまっとうな感情の第一要件である。
・茶の湯は礼法以上のものである。それは芸術であり、折り目正しい動作をリズムとする詩であり、精神修養の実践方式なのである。
●泣く人とともに泣き、喜ぶ人とともに喜ぶ
第七章 誠 ー 武士道に二言がない理由 ●武士の約束に証文は要らない
・真実と誠実がなければ、礼は茶番であり芝居である。
・「度が過ぎた礼は諂いとなる」(伊達政宗)
・「心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん」(菅原道真)
・「誠は物の終始なり、誠ならざれば物なし」(孔子)。誠は遠大にして不朽であり、動かずして変化をつくり、それを示すだけで目的を遂げる性質を持っているという。
・「二言」、つまり嘘をついてという二枚舌のために、死を持ってあがなった壮絶な逸話が日本では多く語られている。
・「嘘」という日本語は、「
真実(
まこと)」以外、「
事実(
ほんとう)」以外のいかなることを語る場合にも使われる言葉なのだ。
●何故武士は損得勘定を嫌ったか
・貴族を富から遠ざけておくことは、富が権力者に集中することを防ぐための誉められるべき政策だったからである。
・富と権力の分離は、富の分配をより公平に近づけることに役立った。
●嘘は「心の弱さ」である。
・正直は嘘をつくよりも多くの金銭を得るということである。それゆえに正直を守るというのであれば、武士道はむしろ嘘をつくほうを選ぶであろう、と私は思う。抜け目の無い商人たちは得するから正直を守るであろうが、武士道は報酬を求めるために誠を貫くのではないからである。
・「正直は徳の中でも最も若い徳である」(ニーチェ)
・「誠は主に商工業によって成長する」(レッキ−)
第八章 名誉 − 命以上に大切な価値 ●恥の感覚こそ、純粋な徳の土壌
・「恥は、あらゆる徳、立派な行い、善き道徳心の土壌である」(カーライル)
・「羞悪のこころは義の端なり」(孟子)
●寛容と忍耐による陶冶
・「ならぬ堪忍、するが堪忍」
・人に一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。堪忍は無事長久の基・・・・。己をせめて人を責むるべからず」
・「些細なことで怒るようでは君子に値しない。大義のために憤ってこそ正当な怒りである」
●一命を捨てる覚悟
・多くの武士はおよそ侮辱に対してはただちに怒り、死をもって報復した。
・多くの若者は、我が家の敷居を跨ぐとき、世に出て名をなすまでは、再び之を跨がない、と自分の心に誓ったものである。また我が子に大きな望みを託した多くの母親は、息子が「錦を飾る」との言葉通りになるまで、再開することを拒んだ。
恥になることを免れ、名をあげるためなら、サムライの息子はいかなる貧困にも、いかなる艱難辛苦にも、自分に与えられた厳しい試練として耐えたのであった。彼らは、若者のころに勝ち得た名誉は、年齢とともに大きくなることをしっていたのである。
・生命の犠牲を払っても惜しくないとする事態とは何か。それが忠義というものである。忠義こそは封建制の諸道徳を結びつけ、均整の取れたアーチとする要石であった。
第九章 忠義 − 武士は何の為に生きるか ●日本人の「忠義」の独自さ
・私達日本人が抱く忠義の観念は、他の国ではほとんどその賛成者を得られないであろう。それは私達の観念が間違っているからではなく、いまや他の国では忠義が忘れ去られていたり、他のいかなる国も到達できなかった高さまで日本人が発達させたからである。
●我が子の犠牲をも厭わない忠誠
・どちらの場合も、義務の命じるところの従順、天から下された声に絶対的な服従をしたに過ぎないのである。ただ、伝えた声の主が目に見えるか否か、あるいは聞いた耳が外の耳か内の耳かという違いがあるだけだが、私の説教は差し控えておこう。
●武士は個人よりも公を重んじる
・「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」(平重盛)。武士道では、このような板挟みの場合、ためらうことなく忠義を選んだのである。
・
武士道では、アリストテレスや何人かの現代社会学者のように、個人より国家が先に存在すると考えた。つまり個人は国家を担う為の構成員として生まれたと見ている。だからこそ、個人は国家のため、あるいはその合法的権威のために生き、かつ死なねばならないと考えたのである。
・ソクラテスは国家あるいは法律にこういわせている。「お前はわが下に生まれ、養われ、かつ教育も受けたのに、おまえもおまえの祖先も、私の子でも従者でもないと、あえて言うのか?」と。
●主君への忠誠は「良心の奴隷化」ではない
・己の良心を主君の気まぐれや酔狂、あるいは道楽の犠牲にする者には、武士道はきわめて低い評価しかあたえなかった。そのような者は無節操なごますりで機嫌をとる「佞臣」、あるいは奴隷のような卑屈な追従で主君に気に入られる「寵臣」として軽蔑された。(中略)
君主と臣下が意見の分かれるとき、家来の取るべき忠義は、ケント公がリア王を諌めたように、あらゆる可能な手段を尽くして、主君の過ちを正すことである。もし、その事がうまくいかないときは、武士は自分の血をもって己の言葉の誠実を示し、主君の叡智と良心に最後の訴えをするのが、極めて普通のやり方だった。
第十章 武士とはどのように教育されたのか ●最も重視された品格
・文学は暇を紛らわす娯楽として求められ、哲学は軍事問題や政治問題の解明のためでなければ、あとは品格を形成する実践的な助けになるものとして学ばれた。
●「富は知恵を妨げる」が武士の信条
・かのドンキホーテが黄金や領土よりも、彼の錆付いた槍と痩せこけたロバを誇りとした、ようにである。わがサムライは、この誇大妄想に取り付かれたラ・マンチャの騎士に、心から同情するのである。
・「文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ」
・「何よりも金銭を惜しんではならない。富は知恵を妨げる」
・贅沢は人間を堕落させる最大の敵と見なされ、生活を簡素化することこそ武士階級の慣わしであった。それゆえ多くの藩では倹約令が施行された。
・
金銭や貪欲さを嫌ったことで、武士道を信奉するサムライたちは金銭から生じる無数の悪徳から免れたのである。わが国の役人が長い間、腐敗から遠ざかっていたのは、ひとえにこのお陰である。
●教師が授けるものは金銭では計れない
・「学んで思わざればすなわちくらし、思うて学ばざればすなわち危うし」(孔子)。
・「私を生んだのは親である。私を人たらしめるのは教師である」
・「父母は天地のごとく、師君は月日のごとし」
・鍛錬に継ぐ鍛錬によって完成された、克己に生きる模範であった。この
克己心こそすべてのサムライに求められた武士の教育の根幹だったといえる。
第十一章 克己 − 自分に克つ
●大人物は喜怒を色に表さない
・武士道は、一方に置いて不平不満を言わない忍耐と不屈の精神を養い、他方においては他者の楽しみや平穏を損なわないために、自分の苦しみや悲しみを外面に表さないという、礼を重んじた。この二つが一つになってストイックな心を育み、ついには国民全体が禁欲主義的な性格を形成した。しかしながら私は、この禁欲主義は外面的なものだと思っている。なぜなら、本当の禁欲主義は国民全体を特徴付けるものにはなりえないからである。
・サムライにとってすぐに感情を顔に出すのは男らしくないとされた。
・日本人にとって落ち着いた行動、静かなる心は、いかなる情熱によっても乱されることがあってはならなかった。
●日本人の微笑の裏に隠されたもの
・心の奥底にある思想や感情、とりわけ宗教的な感情を饒舌に述べることは、私達日本人にとっては、それらの思想や感情がたいして深遠でもなく、また誠実でもないことの表れと受け取られているのだ。
・笑いは悲しみや怒りとのバランスをとるためのものなのだ。
●克己の理想は心を平静に保つこと
第十二章 切腹と敵討ち − 命をかけた義の実践
●魂は腹に宿るという思想
・切腹という死に方は、私達日本人の心には、もっとも気高い行為、あるいはもっとも感動的な悲しみの儀式を連想させる。
●切腹は法制度としての一儀式
・中世に発明された切腹は、武士が自らの罪を償い、過ちを詫び、不名誉を免れ、朋友を救い、己の誠を証明するための方法だったのである。法律上の処罰として切腹が命じられるときは、荘厳なる儀式をもって執り行われた。それは洗練された自殺であり、冷静な心と沈着なる振る舞いを極めた者でなければ実行できなかった。それゆえに、切腹は武士にとってふさわしいものであった。
●切腹はどのように行われたか
●武士道における生と死の決断
・「憂きことのなほこの上に積もれかし 限りある身の力ためさん」。
この気概こそが武士道の教えであった。すなわち、あらゆる艱難辛苦に、忍耐と正しき良心を持って立向かい、耐えよ、ということである。それはまさに孟子が説いた、「天が人に大任をあたえようとするするとき、まずその心を苦しめ、その筋骨をさいなみ、餓えを知らせ、その人が行おうとしていることを混乱させる。かくして、天は人の心を刺激し、性質を鍛え、その非力を補う」のである。
真の名誉とは、天の命じることをやり遂げるところにあり、それを遂行するために招いた死は決して不名誉なことではない。だが天があたえようとしているものを避けるための死は、まさに卑怯である。
●敵討ちにおける正義の平衡感覚
・復讐が正当化されるのは、目上の人や恩義のある人のために行われる場合のみであった。自分自身や妻子に加えられた害は、個人的なこととしてひたすら耐え忍び、許さなければならなかった。
●切腹に必要なのは極限までの平静さ
第十三章 刀 − 武士の魂
●魂と武勇の象徴としての刀
・危険な武器を持つ、ということが彼に自尊心と責任感をあたえたのである。
●日本の刀剣に吹き込まれた霊魂
●武士道の究極の理想は平和である。
第十四章 武家の女性に求められた理想
●家庭的かつ勇敢であれ
●純潔を守る為の懐剣
・貞操はサムライの妻にとって命より大切ないちばんの徳目であった。
●芸事やしとやかな振る舞いの意味
・音楽や舞踊は日常生活に優雅さと明るさがそなわれば、それで十分であって、決して己の見栄や贅沢を助長させるためのものではなかったのだ。
●自らを献身する生涯
・女性教育の基本は家を治めることに置かれた。かっての日本女性の芸事は武芸であれ、文学であれ、大抵は家のためのものであった。どんなに遠く離れていようとも、彼女たちの脳裏にはいつも炉辺があった。家の名誉を守り、健全さを保つ為に、彼女たちはせっせと働き、命を捧げることもいとわなかった。夜も昼も、気丈夫に働き、しかも優しく、そして勇ましくも悲しい調べで、彼女たちは小さな自分の巣に向かって歌い続けたのである。娘としては父のために、妻としては夫のために、そして母としては息子のために彼女たちは自分を犠牲にしたのだ。
●武士道が教えた「内助の功」
・妻は夫のために自分を捨て、夫は主君のために自分を捨てる。そして主君は天の命に従う奉仕者であった。
・古代ローマの女性たちが家庭を顧みなくなった後に、口にするのもおぞましい道徳的荒廃が起こったことは歴史が証明しているのだ。
●武士階級における女性の地位
・女性の自由が制限されたのは武士階級だけだったからである。不思議なことに、社会階級が低くなればなるほど、たとえば職人の世界では、夫と妻の立場はより平等だった。また、もっとも身分の高い貴族の場合でも男と女の差異はあまり目立たなかった。その原因はおもに、有閑階級だった貴族たちが、文字通り女性化したので、姓の差異を際立たせる機会がほとんどなかったからである。
・女性が男性と対等に扱われなかったことは間違いないが、差異と不平等を区別することを学ばなければ、この問題には常に誤解がつきまとうだろう。
・人間の平等の基準は、法律上の権利をいっているのである。
・男女の相対的な地位を計る際にとるべき基準は、複合的なものでなければならない。
・女性は社会的あるいは政治的な存在としては重要視されなかったが、妻や母としては、最高の尊敬と愛情をうけたのである。
・自画自賛は日本人にとっては礼儀を知らない者として映る。
●「五倫の道」により他の魂と結びつく
第十五章 武士道はいかにして「大和魂」となったか
●民衆に規範を示した武士道
●大衆の娯楽に描かれた気高き武士たち
●桜と武士道は「大和魂」の象徴
第十六章 武士道はなお生き続けるか
●武士道が営々と築き上げた活力
●維新の元勲たちのサムライ精神
・「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」
・劣等国として見下されることに耐えられない名誉心、これが日本人の動機の最大のものであった。
●「小柄なジャップ」の持つ忍耐力、不屈の精神
・国民がみな一様に礼儀正しいのも武士道の賜物である。このことはよく知られているので、改めて繰返す必要もないほどだ。「小柄なジャップ」のもつ忍耐力、不屈の精神、そして勇気は日清戦争によって十分証明されたではないか。
・日本人の過度に感じやすく、激しやすい性質についても、私達の名誉心にその責任がある。そして外国人からよく指摘されるような「日本人は尊大な自負心をもっている」という言葉も、これもまた名誉心の病的な行き過ぎによる結果であるといえる。
・日本を旅行していると、ぼさぼさ頭に粗末な身なりで、手に大きな杖か本を抱え、世俗的な事柄にはまったく無関心といった風情で、通りを闊歩する多くの若者を見かけることがあるだろう。彼は「書生」(学生)であり、彼にとっては地球はあまりにも狭すぎ、天空とてけっして高くない。彼は独自の世界観や人生観をもち、こころは空中の楼閣に住み、幽玄な知識の言葉を食べて生きている。その目には大志の炎が燃え、その心は知識を渇望している。赤貧は彼をいっそう磨き上げる刺激となり、彼の目から見ると、世俗的な財産は、彼の人格にとって足枷に映る。彼は忠義心と愛国心の権化であり、みずからを国家の栄誉の番人であることを自負している。彼の美点も欠点も、つまりは武士道の最後の残滓なのである。
●武士道が持つ無言の感化力
・「忠義(忠誠)」という言葉が、彼の怠惰な心を今一度生き返らせたのである。
・「君達の批判する教授は立派な人柄であるか?もしそうなら、きみたちは教授を尊敬し、大学に留まって貰うべきである。その教授は弱い人であるか?もしそうならば倒れ伏している人を押し潰すのは男らしくないではないか」
・「人は世界を異教徒とキリスト教徒に分けた。だが、前者にどれほどの善が秘められているのか、後者にどれほどの悪が混在しているのかを考えてこなかった。自分の最良の面と隣人の最悪の面とを比べ、キリスト教の理想と、ギリシャや東洋の腐敗とをくらべてきた。公平さを目指さず、自分の宗教のみを誉め、他の様式を持つ宗教について悪口を言い、それで満足してきたのである」
第十七章 武士道が日本人に遺したもの
●武士道は消えゆくのか
●日本人の表皮を剥げばサムライが現れる
●武士道に代わるものはあるのか
・武士道は支配者階級の道徳的行為に重点を置きながらも、その影響はあまねく国民全体の道徳となったのである。しかし一方でキリスト教の道徳は、もっぱら個人およびキリストを個別に信仰する人々を対象にした。となると、個人主義が道徳の要素として力をつける民主主義社会においては、キリスト教の道徳はますます応用されていくだろう。
・人間が自らを向上させようと格闘しているところには、あるいは精神が肉体を支配しょうとするところにおいては、ゼノン(ストア哲学の祖)の不滅の規律が作用しているのをみるのである。
解説(岬 龍一郎氏)
●道徳の神髄「仁・義・礼・智・信」
・「義」とは、簡単にいえば、不正や卑劣な行動をみずから禁じ、死をも恐れない正義を遂行する精神のことである。
ためしに「義」という言葉を辞書でひくと、「@道理、条理。物事の理にかなったこと。人間の行うべき筋道。(略)A利害をすてて条理にしたがい、人道・公共のためにつくすこと。(略)」(「広辞苑」岩波書店)とある。すなわち「義」とは、打算や損得のない人間としての正しい道、「正義」のことである。「道義」「節義」もこれにあたる。
ついでながら、義から派生した語彙には、大義、忠義、仁義、恩義、信義などがあり、さらには義理、義務、義憤、義侠、義士、義挙などたくさんある。いずれも人として行う正しい道にもとづいている。ということは、いかにかっての日本人の精神の中で、この「義」が重要な位置を占めていたかがわかる。
・五常の徳とは、「仁・義・礼・智・信」のことであり、簡潔にいえば、「仁」とは思いやり、「義」とは正義の心、「礼」とは礼儀、礼節、「智」とは叡智、工夫、「信」とは信用、信頼のことである。そして「忠」とはいつわりのない心、「孝」とは父母を大事にすること、「悌」とは年長者に従順なことをいう。具体的に言うなら、「人にはやさしくあれ」「正直であれ」「嘘と付くな」「卑怯なことをするな」「約束を守れ」「弱い者をいじめるな」「親孝行をしろ」「兄弟なかよく」といったことで、これらの想いを「良心」というのである。それゆえに、われわれはこのモラルを犯すと、良心の呵責に襲われるのである。
●何故「義」は武士道の支柱なのか
・なぜ武士道は、多くの徳目のなかで「義」をトップの支柱に置いてのか。その理由の第一は、人としての正しい道である「義」が、他の徳目とくらべた場合、もっとも難しく、「治世の術」としていちばん重要だったからである。なぜなら、「義」はサムライのみならず、いかなる人間においても、どのような社会にあっても、人の世の基本となるもので、もしこの「義」(正義)が守られなければ、嘘が飛び交い、不正がはびこり、平穏な秩序ある社会など築けないからだ。つまり「正義」こそは、人間が社会的動物として生きるうえでの普遍的な根本原理なのである。⇒これを無視しているのが中国共産党である。手を貸さなければ天罰で消滅する運命なのだ。
・「政道を歩み、正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その巨大さを恐れ、和平を乞い、みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮辱を招く。その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる」(内村鑑三著 「代表的日本人」 の中の西郷隆盛より)⇒今の日中関係がそうではないのか。
・この「義」を遂行することは、口で言うほど簡単なことではない。なぜなら、義の中には「人としての正しい行い」と同時に「打算や損得を離れて」とう意味が含まれているので、人間の根源的なエネルギーとされる「欲望」をかなり制御しなければ成り立たないからである。
たとえば、現代人の多くが行動判断の基準としている合理的精神は、突き詰めれば「どっちが得か損か」という相対的なものである。しかもこの精神は、数字で比較できる経済的なものには効力を発揮するが、目に見えないもの、つまり正義とか心の優しさとか人情といったものには適合しにくい。だが、武士道における「義」は、普遍的な良心の掟にもとづく絶対的価値観を基準にしているので、いわば不合理の精神である。いかに不合理であるかは、「正義のためには死をも辞さない」という言葉ひとつでもわかる。武士道においては、「生命」よりも「正義」のほうが大切なのはこのためである。⇒価値には相対的(時代的)なものと絶対的なものがあるのを認識すべきだ。
従って、こうした「義」を遂行するにあたっては、よほどの自律心が養われていなければ至難の業ということになる。自律心とは、文字通り「みずからを律する心」のことである。「かくあるべし」とする規範の確立といってもよい。
ところが、今日の戦後社会では、合理的価値観のみを金科玉条のごとく信じこみ、「どっちが得か」の打算主義だけがまかり通り、よほどの人格的修養を積んでいないと、とてもじゃないが「義」など実行できるはずもないのである。
その証拠に、現代人にとって、いまや「義」は古臭い徳目としてどこかに忘れ去られ、私利私欲のためには「勝てば官軍」「見つからなければ罪ではない」などと勝手な理屈をつけ、卑劣で、狡猾で、許し難い不正行為が平然と蔓延っているではないか。「自分さえ得すればいい」とばかりに理不尽なリストラを行う経営者、仕事もしないで税金の無駄遣いをしている天下り官僚なども同類である。そこには「正義」や「人情」などみじんもなく、「義」より「打算」が勝っているのが現代なのである。⇒戦後社会の問題点がここにある。
●汚辱の世なればこそ理想を追求する
・もし、生き残るためには「どんな卑劣なことをしてもいい」という発想を野放しにすれば、それはとめどもなくエスカレートし、力ある者はますます栄え、弱き者は滅びるといった弱肉強食の畜生社会に陥ってしまうだろう。これでは、いかに権力をもった武士といえども、世の中を平穏に治めることなどできなくなってしまうからである。
●武士道は過去の遺物ではない
・バックボーンたる精神(武士道)を捨てれば、それに代わるものとして登場するのは、目に見える物質主義となるのは必然である。いわば戦後の日本が、経済至上主義のもとで効率だけをもとめ、私利私欲のエコノミックアニマルと化したのも、当然の帰結だったといえる。そして、その結果として、「拝金教」のみを信じ、社会人として守るべき公徳心を忘れ、人情をなくし、住みづらい世の中を作ってしまったしまったのだ。
賢明なる明治の先達たちは、それを知っていたがゆえに、開国によって怒涛のごとく押し寄せた文明開化の嵐の中でも、日本人としての伝統的精神を忘れないようにと「和魂洋才」なる思想でそれに対抗したのだ。じつは、この「和魂」こそ武士道精神であり、長い歴史の中で培ってきた日本人のバックボーンだったのである。日本人の伝統的文化遺産ともいえるこの武士道を、いまこそ再評価してもいい時期に来ているのではないか、と私は強く思うのである。⇒「洋魂洋才」「洋魂和才」から「和魂和才」へ。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&page=3&nid=2930084
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