riora的回想録その弐2002-2003(実はこっちがメイン)



コンテンツの一つとして”プロローグ”というページを作っていますが、
その中で私はベガを応援するきっかけとなった出来事を簡単に紹介しています。
この回想録のページでは、そのところをもっと詳細に、それからの変動などを
ちょっと私のミーハー的視点から(?)書いてみようと思います。
そういうのが苦手な人は閉じちゃってください。
かなり長いので、暇のある方だけお付き合いください。(フォントは最大がおすすめ)




2002年夏 日韓ワールドカップ開催

唐突ですが、知りませんでした。そんな大会があるなんて。
レストランで「WC記念イタリアフェア」とかいう催し物をやっていても、
(何であっちこっちでイタリアの文字を目にするんだろう?今年何かあんの?)と思うくらいで
特に気にする事もなく日々を過ごしていました。
それもそのはず、私はサッカーに興味すらなく、仙台にベガルタというチームがあることは知っていても
それ以上の事は何も知りませんでした。

ある日、生命保険のチラシが会社のデスクに置いてありました。
「もうすぐWC!」とかいう特集が組まれており、そこにはいつもTVで見ている人が載っていました。
(あ、サンデーモーニングに出てる人だ。)そう、中西哲生さんです。
そうか、サッカーの世界大会があるんだな、今年は。お、宮城でもあるの?ふーん・・・
そのチラシを軽く読んで、いつものようにぽい!っと捨ててしまいました。
(↑実は後に捨てたことを後悔して、他の社員の机に偶然発見した同じチラシを奪い取ることに成功(笑))

会社の社長はとてもスポーツ好きな人です。
でも、「日本でのWCなんてもう見れないかもしれないんだから、仕事切り上げてビール飲みながら皆で観よう!
という提案をいきなりしてきた時には、口があんぐり開きっぱなしでした。
特に忙しいシーズンではないにしろ、そんな会社、あるんだろうか?!!
私と同僚は半分あきれながら頼まれた買出しに出かけました。
でもなぜか知らないけど、いるんですよね・・・。
あきらかにサラリーマン&OLの人達が、お酒とかおつまみを買い込んでる・・・。
どこも同じだったのかしら・・・?(笑)

チュニジアとの試合。日本が勝ちました。
何にも染まらないまっさらな気持ちで見ていただけに、ものすごく感動しました。
あんなに見る前までは「っていうか、ルール知らないし・・・お菓子食べてるだけでいいよね?」とか冷たく言っていたのに!!
すごい変わりようでした(笑)

次の試合も同じように会社で酒盛りしながら観戦しました。
「今日も勝っちゃったらすごいんでしょ?」(←どうすごいかは理解していないが)
社長やサッカー好きな社員の解説?を聞きながら、ふーんふーんとうなずいていました。
残念ながらこの試合は負け・・・ガックリしました。

その後外国どうしの試合を観ていたりしましたが、楽しみだった事がもう一つありました。
それは報道番組での哲生さんによるサッカー解説でした。
「この人毎日大変なんじゃないかなぁ?こんなに細かく研究してるし・・・」と思いつつ、「何かかっこいいかも・・・♪」
というわけで、いつの間にか哲生さんのファンになっていました。
WCを観て、ファンになったのが選手ではなくて解説者だった・・・。
そしてブラジルが優勝し、その大会の幕が下ろされると一気に寂しい気持ちになりました。
お祭りが終わってしまう・・・この脱力感は全国的なもので、報道番組でもよく取り扱われていましたね。
そんな時哲生さんは冷静でした。
そして繰り返し言ってたんですよ、「次はJリーグが再開されますから、そちらの方を観てください」というような事を。

Jリーグ・・・全く知識がありませんでした。

ベガルタ仙台を応援でもしてみるかな・・・地元だしね、でもベガルタって確か弱いんじゃなかったっけ?
しかし、東京の友達が「子供がベガルタのファン」「仙台すごいのよ!」と言っていたのを思い出し、
・・・ベガルタって一体?!と自分の中ではかなりの謎でした。

哲生さんの「魂の叫び」という本を買って読んだのはそんな時期だったかな?
J1、J2という違いを知ったのもこの本ででした。
後にこの本に登場する選手が仙台にいるんだよ、ということを教えられます。


セカンドステージ開幕

WCが終わり、セカンドステージが始まるまで、ファーストの数試合が行われましたが、
いずれも新聞で結果を翌日に見る程度でした。
応援する、といってもいきなり試合を観てみようというのではなく、それは頭の中だけのことで、
○対○、というスコアさえ見ればそれでよかったんです。
しかもこの頃はスポーツ観戦といえばイコールTVで見る事、という感じでした。

セカンドステージの開幕、ベガルタはホームで鹿島を迎えて試合が行われました。
ホームで開幕、という事をどこで情報を聞いたのかは覚えていませんが、
どうやら「仙台スタジアム」という場所でやるらしい・・・。(あれ?この前WCで使った宮スタじゃないんだ)
どこにあるの、それ・・・?
私、泉にはほとんど行った事がありませんでした。
それでも地下鉄で泉中央に降りれば、嫌でも目に飛び込んでいるはずなんですけどね。おかしいですね(笑)
でも興味が無い人ってそんなもんなんです。
話を鹿島戦に戻しますと、その試合の日も特にわくわくしていた訳ではありませんでした。
私は一生懸命アイロンをかけてた記憶があるんです。
いつも通り、「結果」だけを重視していたのでしょう、TVはつけたままでしたが頭はアイロンをいかに上手くかけるかでいっぱいでした。
試合が終わりました。負けてしまいました。残念・・・
(そういえばベガルタってどんな選手がいるんだろう?かっこいい人とかいたりする?!)
選手が一列に並び、挨拶をしているところが映った時、私はふと思いました。
(試合前に思おうよ、って感じですけど↑)
そして一瞬目に飛び込んできた選手がいました。
「・・・かっこいい・・・」
ストレートな感想でした。その人は33番の背番号をつけていました。
今の人は何ていう名前なんだろう?誰なんだろう?
背番号だけをたよりに、私はベガルタのオフィシャルHP(以下OHP)をクリックしました。
それがOHPを見た一番初めだったと思います。

OHPは何ともいえない雰囲気でした。
しかも、選手紹介のページが32番で止まっていました。
「ちょっと・・・33番載ってないんですけど・・・」私はかなりのイライラ度でしたね。
何度日をずらして見ても、一向に更新されないんですから。
ふざけるな〜!と言ってる間に次の試合が来てしまいました。
そこでようやく33番はタケさん、ということが判明したわけです。
実はこの間に笑ってしまうエピソードがありました。
私はサッカーをよく知っている友人に、「知りたい選手がいるんだけど・・・」と聞いたことがあったんです。
そうしたら彼女は「その背番号なら新しく来た選手だと思う。阿部っていう選手が入ったみたいだよ。その人じゃないかな?」
名前をネットで検索かけて、HPを見つけました。
写真を見て、(あー・・・この人だった・・・かも・・・??そうか阿部さんかー)なんて思っていたんですよ!
試合(アウェー浦和戦でした)の選手紹介を見て、かなりぱにくりましたね。
でもこれで、タケさんと阿部ちゃんの2人を一気に憶えられたわけです。

それからはTVで試合というものを90分ちゃんと観るようになりました。
試合というより、誰かが映る事が楽しみだったりして・・・?
いやいや、OHPを何度も確認しているうちに、私はスタメンで出ている他の選手のことも理解するようになりました。
マルコスは新聞によく載っていたので彼の存在は結構前から知っていました。
しかし・・・。驚く無かれ、私はベガルタ仙台の選手は皆東北人で構成されているとばかり思っていたんです。
だから皆の出身地を見て素直にびっくりしましたね。
他チームサポの方が、哲生さんの「魂の叫び」に出ている”テル”が今は仙台にいるんだよ、と、ある日教えてくれました。
元日本代表で・・・川崎ではキャプテンをまかされてた・・・あ、思い出した。あのページに写真が出てた選手だ!・・・ふむふむ。
次の試合で見てみよう!と思い、その試合で初めてテルのプレーを意識して観たかと思います。
それは、セカンドマリノス戦でした。1-0で勝った、試合でした。
(その次のアウェー市原戦で怪我をしてしまい、彼のプレーを楽しみにしていた私はとても悲しかったです。)

練習場へ行ってみたい、と思い始めたのはいつだったか・・・はっきり思い出せませんが、
セカンド京都戦の前の週に念願の初PT入りが実現しました。
友達の知り合いの方に、練習場ではこうやってサインもらうんだよ、とかいろいろ教えていただき、かなりドキドキして行ったんです。
すぐ近くを選手が通っていく!!それだけで「本物〜〜!!!」というような感覚(笑)
一度仙スタに生観戦に行ったものの、まだまだ選手達はTVの中の人達だったわけですから。
帰りに車に乗ろうとしていたタケさんを呼んで、(←この時点で心臓が飛び出そうだった)
サインを書いて頂き、写真を撮らせてもらい、握手をして頂きました。
そこで一緒にその場にいた友達が(写真、HPに載せるんでしょ?掲載許可もらうんでしょ?)と私に聞いてきたんです。
それはそうだな、とりあえず貰っておこう。と、初の掲載許可を頂いてみたわけです。


ベテランの選手達の魅力にはまる

私の友達は、それこそまだJリーグが発足するずっと以前からサッカーというスポーツを愛していました。
今現在ベテランとして活躍する選手達が高校生、大学生という時代からの写真とか、サインを所有しています。
(宮城で大会が行われた時とかにもらったんだそうです。ホントすごいコレクションです。)
彼女がいうことには、「今、仙台に、森保さんとか藤くんとかそういう選手がいるなんて以前のベガルタには考えられない凄いことなんだよ〜!!」
そうか、凄いことなのか・・・そんじゃちょっと注意して見てみよう。
というきっかけで、常にスタメンで出場していたぽいちさんをある日じーっと追ってみたわけです。
ぽいちさんの動きを追ってみて、改めて、(うわー・・・)という驚きがあったんですよね。
サッカーの事をよく知らない私だったけど、ぽいちさんの素晴らしさは感覚で分かりました。
でもってかっこいいじゃないですか。じわじわと、いつの間か大好きになっていました。

平均年齢が高い、というのは一つの仙台の特徴でしたよね。
清水再生工場・・・懐かしい響きになってしまったけど、私としては、同年代の選手達が「ベテラン」と呼ばれ、
チームの柱になり、精神的にも若手をひっぱり、がむしゃらに頑張る・・・。
そういう姿に本当に良く助けられました。
辛い時にも、「同い年の選手があんなに頑張ってる。私もまだまだやれるよ。」って励まされてきたんです。
しかも、TVの世界のことじゃない。
地下鉄に乗ればすぐ会いにいける距離に彼らは居る。
これって大きいことでした。

思えば・・・ふと、試合中継の画面に目をやり、タケさんにはっとしたのが何もかもの始まり。
タケさんの頑張る姿を毎週のように追い、応援し意識を傾ける事によって、その周りの環境もどんどん視野に広がっていった。
何ともミーハーな出だしではあったけれど、今思えば実に私らしいスタートだったと思う。
あの瞬間がなければ現在も新聞の記事を読むだけの結果重視のただの”地元人”のままだったろうから。
タケさんに感謝・感謝!!


2003年シーズン

2003年が始まり、まず最初に出向いたイベント・・・それがタケさんの後援会主催による新年会でした。(横浜にて)
ベガルタの行事ではなかったため、このHPにレポを載せることはありませんでしたが、
友達だけに長々と写真つきで書いた重ーいレポメールを送っていました。
この日の想い出は私だけの宝物ということにさせていただきますね。

2002年天皇杯が終わってから、ずっとずっと待ちわびた新しいベガルタの活動開始。
ありとあらゆるイベントには顔を出していたと思います。
まず最初に行った公式戦はサテライト(ホーム)浦和戦でした。
タケさんは前年怪我をしたということもあったし、キャンプでも別メニューだったということなので
もしやサテライトの方に出場するのでは?ということから出向いた形だったと思います。
ヤマも怪我から復帰しての第一試合目でしたよね。
仙スタでのTOPチームの試合とは違う独特のまったりとした雰囲気。
ベガルタの成長を見守ってきた、サポーターの心の原点がそこにある気がしました。
とにかく皆、ベガルタを愛してやまない。そんなあったかい視線がピッチに注がれているんですよね。
この試合は2-1で勝利しました。得点者は中原、数馬でした。
自分にとって一番最初の試合で一点目を決めた中原君の嬉しそうな姿、覚えていますよ。
若手を応援する事も私の楽しみの一つになり、そのきっかけを与えてくれたのがこのサテライト浦和戦だったのです。
そしてその影にタケさんがいたわけです。深いですよね。

よく表で私は「中原、中原」って話を出すけれど、どうして応援するようになったかはご存じないでしょう。
彼はサテライトに出場すると必ず一点は決める勝負強さを持っていました。
練習試合や紅白戦を見ていても、自分が点を決めるんだ!って純粋な気持ちに溢れてる気がしました。
中原=ゴール!というイメージがありましたね。
将来有望なルーキー達は入団時から話題になっていましたから、特に気持ちがなくとも意識は向いていました。
この若い選手達がどんな風にベガルタで育っていくのかな、と。
だから自然に応援するようになった、というのが正しいのですが、もうひとつ、大切な思い出があるのでした。

あれは宮スタでアントラーズに一つのゴールも奪えずに負けた次の日のサテライトでした。
その日はタケさんが出場しないことは前々から知っていましたし、
アントラーズ戦敗北のショックが尾を引き、とにかく落ち込んでいた日曜日でした。
落ち込んでいた理由はもう一つあったのですが、これは私の胸の中に留めておきます。
あの頃は、ちょっと背中をぽんと押されるだけで涙がこぼれてしまうような、そんなもろい心の中生きていました。
行かない・・・と一旦は考えたものの、いつものようにイメージが浮かびました。
中原君がゴールを見せてくれるかもしれないな・・・。
そんな事で、ぼんやりと仙スタへ向かいました。
沢山の顔見知りが応援に来ていましたが、私は一人、ゴール裏に座りました。
サテライトは1-4と大敗してしまうのですが、とにかく負傷者が絶えなかった時期でしたから
ユース君達が半分くらい出場していたんですよね。
苦しみながらも、前日のTOPの試合では成し遂げられなかった「ゴール」を中原君は決めてくれました。
その一つのゴールに来ていたサポーターは大喜びでした。
そう、みんな、この瞬間を待っていたんですよね。
期待を形に変えて返してくれる中原君。辛くて死にそうになってた私の心が少しずつ救われていくのが感じられました。

痛みを背負ったまま、ベガルタは中断期に入りました。
キエーボ戦を皆さんお忘れではないですよね。
私にとって、あれは特別な試合でした。
きっとタケさんにとって、大切な大切な一試合になるのであろうと思っていましたから。
久しぶりに見た33番、スタメン!嬉しかった。ほんとに嬉しかった。
仙スタで33番のユニホームを着て、力いっぱい走るタケさんが見たいよって手紙を渡していたんです。
テルが芸術的FKを決めた2002年ホーム京都戦以来のその勇姿にしばし感動していました。
そして、この試合では怪我からようやく復帰したキンちゃんが出場しましたね!
中原君もいいプレーを見せましたよね。
水曜日開催ということで、仕事から猛ダッシュで泉入りしたのを覚えてるなぁ・・・。
いい試合だった。

山田君、そしてタケさんが引退・退団するニュースが入ってきたのはその後のことでしたね。

私はタケさんに対して特別な事は何もしていませんでした。
だけど、気持ちは仙台サポの誰より強かったと・・・勝手ながら思っています。
(思わせておいてくださいませ)
一生懸命な思いが伝わっていたし、常に怪我と戦いながら頑張っていたタケさん。
仙台を現役最後の地に選んでくれて嬉しかった。
引退という現実は辛かったけども、もう他のチームに取られる事はない。
ずっと元仙台のままなのだ。
いろいろ感謝の言葉をかけたかったけど、
確か会いに行っても練習には出ていなくて、会えずじまいだった記憶がある。
残念だけど、その前の練習見学の時に最高の笑顔を見せてくれたのが私にとって最後でしたので
それでよしとしました。

33、32、31、30・・・とどんどん欠番になっていくベガルタ。
いい加減補強しろよ!って思っていた矢先、選手がばたばた決まりだしました。
そしてとうとう33にも新しい選手が登録されることになったのでした。
私は仙台の選手、2002年にWCに出ていた選手以外はまったくといっていいほど知りません。
どんなに有名な選手だったとしても、です。
だから望月選手が来る!といっても周りのざわめきについていけませんでした。
ただ33という番号は私にとって特別なものがありましたし、これを背負う人はどんな選手なの?と
誰よりも私は気にしていたと思います。
オシム監督のもと、走る超攻撃的サッカーをする市原から来るということで、
新風を運んできてくれることを願っていましたね。
もっちーはその後まさにその通りの活躍をしてくれました。(これからはシゲと呼ぼうかな?)
マスコミの注目度も高く、常にコメントを求められていましたね。
練習場では大きな声がけをするなどリーダーシップ全開で、試合でも随所で光を放っていました。
忘れられないのがセカンド開幕の、どしゃぶりアウェー清水戦ですかね。
行かなかったけど、TVで見ていても辛さが伝わる悪天候・・・。
もっちーはスタメンで最初はボランチの位置でした。
狙ったミドルシュートは惜しくもはずれたけど、試合最初から絶好調!
また、シュートを打ったマルコスにGood!と親指を上に向けたシーンは印象的!ずっと覚えています。
いや〜素晴らしい選手が来てくれたもんだなぁと清水さんに感謝しました。
(しかしこの直後マルちゃんが大変なことに!!)

マルちゃんがまたしても負傷・・・これだけでもかなりショックだったにもかかわらず、
その後しばらくしてまたもやすごい衝撃が走る事になるのでした・・・。

清水さん解任・・・。

そのニュースを私は何で知ったのかさえはっきり思い出せない。
ただただ衝撃的だった。
「やられた・・・」
闇討ちにあったようだという清水さんのコメントは深くうなずける。
アウェー鹿島戦を0-0でなんとかしのぎ、さあ!次はこの風に乗って頑張ってと思っていた矢先だったから尚更だ。
っていうか、何で、どうして、今なのか?
つい最近清水さん続役を発表したのは何だったのか?
力任せに風向きを変えようとするのは良くない。絶対に後遺症が出るに違いない。
そのニュースを知った瞬間から、悪い予感が生まれては消え、生まれては消えた。
この時期は極力考えないようにしたが、やはり後から形となって現われてしまったのでした・・・

ズデンコの指揮のもと、さまざまなことがあったベガルタ。
ありすぎたベガルタ。
テルをスタメンからはずしてみたり、ファビをボランチにしてみたり・・・。
清水さん解任後はもっちーがベンチだったりもしたよね・・・何だったんだろ;いずれにせよ元に戻してたし・・・。
過ぎ行く時間はもう過去のものでしかないけど、ここ一番!!って時ほど特別な事はしてはいけないし、
ましてや選手はプロであろうともまずは人間なのだから、心の部分を大切にしてほしかった。
フロントはほんとに選手はもちろんのこと、サポーターのこともなーんも考えてないしね・・・。
有り得ない運営の仕方にあきれにあきれまくった一年だった。
で、夏にファン感やったのは、あれはどういう考えの下だったわけですかね?
「冬は寒いから」、だけだったら納得するけどね。

大分戦で全てが決まった時、相当な泣きっぷりだったよ。
自分の涙で前が見えない、立ってられない。
私はJ2に落ちたことが悲しいんじゃなく、J1でなくなることで、沢山のものを失うことになるであろう予感を
もう押し殺せなかったのかも知れない。
ぽいちさんをはずさなければ、テルを普通の位置においていれば、もっちーが出ていれば・・・
いろんなたらればが頭の中をぐるぐる駆け巡った。

この痛みが癒える日が来るのでしょうか?
私はあまりの喪失感で脳内が麻痺した日々が延々と続いています。
悲しくなるその後のニュースたちにため息ばかりをついています。
プラス思考でいこうよと言ういろんな方の意見を耳にいたしますが、
あまのじゃくな私は、そう簡単に思想を変えたりなどできない人間です。
だから立ち直るには自分なりのきっかけが必要で、自らがそれに気づくしかないようです。
これだけ多くの宝物を失ってきたのですから、そう簡単にはいかないかと思います。

でも人はね、落ち込む事は大事よ。
悲しいという感情を出すことも大事よ。
私は冷めたアパシーな人間かもしれないって思っていたけど、ベガルタに出会ってそうじゃないことが分かった。
いや、波乱万丈なベガルタが私を変えてくれたのかも知れないけど。
ゴールや勝利の瞬間に立ち上がってわーっと喜んで、手を叩いて、
失点や敗北の瞬間に倒れこんで涙を流す。
そんな感情の起伏がベガルタを応援しているだけで一年でどれくらいあったか数限りない!
落ち込みが深い分、立ち直る過程で、より自分の精神が成長していくのであろうと思われるし。
とにかく無理強いだけはしないことにするよ・・・。
時間の流れだけが、頼りだったりするから。


2004年シーズンがはじまる

先日ぽいちさんの引退・広島でのコーチ就任という発表がありましたね。
まだまだそのプレーを観ていたかった私。密かにフロントが再オファー出さないかと期待もしていたし。
悲しかったけれど、ぽいちさんが決められたことですし、
これからもその活躍を応援していきたいと思います。
日本代表監督、ぽいちさんなら成し遂げられるでしょう。沢山の選手の信頼を得られる素晴らしい指導者になるはずです。
いつか仙台を指揮してくれたら最高ですね。
だからこれは別れではなく、しばしの間、離れる事になるだけだと・・・私は思いたいのです。

あと数週間で新生ベガルタが誕生しますね。
補強が思うように進んでいないようで心配していますが。
スデっちはどんな采配をしてくるのかな?
とにかくごっそりと華が無くなってしまった今の状態・・・。
FK・CKの楽しみが・・・。で、誰が蹴ることになるのかしら?
スター選手はいらないってどこの誰かがおっしゃってましたが・・・
・・・要るよ・・・。
私的にかも知れないけど、要るってばさ!
これから生まれるかも知れないけど、あなた、ベガルタはいろんな要素を含んでいたから面白かったんだよ。
その一要素であったテル。
フロントは仙台でプレーしたい選手を獲得したいとあったけど、何であっさり手放してしまったの?
訳が分かりません。若返りとか言って・・・いやもうやめとこ。
まったく違うチームに生まれ変わるのだろうけど、とにかく面白いチームになってほしいな。
強くなることはもちろんなんだけど、それだけじゃなくてね。
若手の選手は特に、自分という「個」を見つけていってほしいと願う。
誰にも負けないオリジナリティを大事にね。
他チームにとって、2年間J1で戦ってきたベガルタと対戦することは多分楽しみになっているんじゃないかと推測します。
ベガルタとの対戦を、見たい!○○選手も○○選手も見れるし!とか、そういうミーハーな理由でもいいから(これは相当厳しくなったが)
沢山の他チームのサポさんに仙スタに来てもらいたいですよね?
地元のサポーターはもちろんのこと、ですよ!!
何より今年は財政的に厳しいんですから、仙スタでのチケットを買い試合を見に行くことがベガルタを守ることにつながるんです。
シルビ、寿人など残ってくれる主力の選手達にはひたすら感謝。
シルビはJ2には反則だと思っていたけど、他チームを見るとそっちの方が反則でしょ?ってのがありましたので却下しときます(笑)
新しく入団予定のルーキー達はこれまた優秀な逸材ばかりがそろい、嬉しい悲鳴ですね。

練習開始にはかけつけることになるでしょう。
一年でのJ1昇格に向けて切磋琢磨してくださいませ。
私もサポーターとしてともに精進することを誓います。

これまで仙台で活躍してくれた選手の皆さん、ありがとうございました。
どこへ行っても視線を送り続けますよ。
J1チームに移籍する選手に関しては、今年は舞台が違うのでそれぞれ客観的に観ることができそうですし。
応援するチームもあるかと思います。
そういう人、今年は多くなるんじゃないかしら、ね?(笑)













終わり