二重外陣の大型密教本堂

寺伝によると創建は587年であり、奈良・平安時代を通じて歴代天皇の観音信仰が厚く、十一面観音像が数多く奉納されています。
鎌倉時代後期の密教本堂としては、最大級の規模を誇ります。入母屋造の屋根は建物の奥行きが長いため聳えるように高く、外周りの建具は正面が蔀戸、それ以外は桟唐戸とし、壁は漆喰塗の土壁によって構成されています。また、軒下の小壁を組物と蟇股を交互に繰り返す帯状の意匠は仏堂を一周し外観を引き締めています。
繊細な外回りに比べて内部は木割が太く、中世初期の和様を基本に禅宗様、大仏様を取り入れた折衷様建築です。
正面は七間堂ですが、梁間(奥行き)が九間もある縦長の仏堂は、あまり例がありません。外陣の手前に外々陣を設け、後戸も通常より間余分に広い。真言宗の四国霊場になり、民衆の支持を得たことから大きな仏堂を必要としたのでしょう。


      太山寺本堂   愛媛県  鎌倉時代(1306年)

鎌倉時代後期の建築ですが、当時の建築に一般的な貫は使わず、長押で軸部を固めています。

建築様式 折衷様
桁行七間、梁間九間 一重 入母屋造 本瓦葺

蟇股と出組で構成された小壁の造形が帯状に堂を一周しています。

後戸

正面7間に対し、奥行9間と、あまり例のない縦長の仏堂

外々陣

外陣

内陣

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外々陣の隅行き繋虹梁

外陣から内陣

外陣天井 
支輪で折上げられた小組組入れ天井

外々陣 
床は板張り、天井は小組天井と化粧屋根 

小壁の造形 本蟇股と出組

右側正面が蔀戸、側面は桟唐戸と漆喰壁