伝統にとらわれない茅葺寄棟造の大型本堂

東国源氏の佐竹氏の祈願所であり、本堂は居城であった常陸太田城を正面とする北東向きに建てられている。
五間四方の茅葺の寄棟造の身舎(もや:本屋)周囲に一間幅で吹き放ちの裳階(もこし)を廻らせた特異な造りです。
裳階は身舎の柱の途中に屋根を取り付けて階をなすものであり、鎌倉時代に禅宗様建築が導入されて以降数多く造られていますが入母屋造のものが殆どであり、それ以外では京都の法界寺阿弥陀堂など数例しかありません。
本堂の裳階は江戸時代の改修時に付けられたものであり、おそらく雨水等から壁面を保護することが目的だったのでしょう。
また内部は通常の真言密教本堂のように内陣、外陣と分けずに一体化させていること、身舎の正面一間通りを後退させていること、窓は桃の形をした火灯窓や丸窓、寅や獏の掛け鼻を多数用いていること、正面に江戸時代に流行した唐破風を付けていることなど従来の風習にとらわれない自由闊達な意匠が目立ちます。

側面

後退させた正面 


     佐竹寺本堂   茨城県   室町時代後期・江戸時代中期改修

一重裳階付と正面の唐破風

建築様式 折衷様
桁行五間、梁間五間 一重裳階付 寄棟造 茅葺 裳階?葺
正面裳階唐破風付

裳階の柱は身舎の丸柱より格の下がる角柱

獏をかたどった掛け鼻

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桃形の火灯窓と丸窓

正面を一間後退させたことによる長い海老虹梁

周囲に裳階を廻らせ、身舎は正面一間分後退させています。