本堂正面(南側)
窓は回転式で自然の通風を得られるよう大きく取っています。蔀戸(しとみど)といいます。

建築様式:和様
桁行五間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺

後戸

外陣 法会や参詣者のための空間
   
内陣 仏さまの空間

脇間 参籠者などの空間

後戸 法会などの準備の空間

外陣は中央の柱2本を省略し広い空間を創り出しています。柱を省略した初期の例です。

仏と人が同居する典型的な中世の仏堂

京都の旧朱雀大路(現、千本通り)近くに釈迦念仏道場として建立され、旧平安京のなかで現存する最古の木造建築です。

仏教が民衆へ浸透し、俗人が参籠、参詣するようになると、それまで仏さまの専用空間であった仏堂も変わってくるのです。
それまで単一空間であった内部は、いくつかの部屋に区画され、天井や床が張られ、仏像は厨子の中におさめられて安置されるようになります。
外観は、内部に床ができたため回縁や高欄が設けられ、建物の壁面も開口部の大きい蔀戸(しとみど)、板戸などになります。人が入るため夏の蒸し暑さに対応できるようになります
軒下の組物も簡素なものに変わります。
さらに、名称も金堂から本堂、仏堂とか仏殿というようになったのです。

脇間

脇間

     大報恩寺本堂(千本釈迦堂) 京都 鎌倉時代(1227年)

組物は簡素な出組(でぐみ)、軒下の蛇腹は軒桁を一段高く持ち上げる部材で支輪(しりん)といいます。

次ページ 八坂神社本殿(京都)


目次に戻る





左手が内陣
内陣と外陣は、はっきりと区画されます。

本堂の裏手には、水などを準備する場所があります。閼伽棚(あかだな)といいます。

周囲に縁を巡らせ床下は湿気が上がらないよう漆喰で固めます。亀がひっくり返ったような形なので亀腹(かめばら)といいます。

虹梁上の蟇股(かえるまた)、身舎桁(もやげた)を支えます。

柱を省略した広い外陣
上の梁は柱を省略した2間分の虹梁、
天井は小組の組入れ天井

側面も壁ではなく全面大きな板戸です。

外陣

内陣

厨子

千本釈迦堂の名で親しまれている代表的な中世の仏堂です。