洞春寺観音堂   山口県   室町時代(1430年)

建築様式 禅宗様
桁行三間、梁間三間 一重裳階付 入母屋造 銅板葺

脇壇
脇壇

脇壇

後方脇間に突出した脇壇

身舎の軒は大疎垂木

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裳階の屋根は垂木を隠した板軒

身舎の荷重は梁で受けて側柱に伝達しています。 両隅奥が脇壇

正面中央に桟唐戸、両脇間は火灯窓

大瓶束

虹梁

身舎の荷重を受ける大瓶束と虹梁

内部空間の広さを追求した仏殿

1430年に守護大名の大内氏により建立された旧観音寺の方三間、一辺8m弱の比較的小さな禅宗様の仏堂です。
一般に禅宗様の一重裳階付の仏殿は身舎部が三間四方で、その周りに裳階がつくため、裳階部は五間四方ですが、この仏殿は裳階の幅が極端に狭く、身舎、裳階とも三間四方です。
しかも身舎を支える柱は前方の2本のみで、身舎の側面と背面には柱が無iい。身舎の荷重を梁で受けて側柱に伝達することにより内部は柱の少ない空間になっています。

また、須弥壇の両脇の仏壇は、三間四方の建物から更に後方に突き出た部分に収められています。
この部分は脇壇といい室町時代ごろから見られ安国寺釈迦堂など数例しかありません。本来仏堂は仏の空間であったのですが、このころになると参詣者を主体とするようになり内部を広く使うため、結果として仏が押し退けられたようになったのです。
参詣者を仏堂の主体とする思想は近世の仏堂様式につながっていきます。

室内前方の2本と須弥壇の柱で身舎を支持しています。脇壇が後方脇間に突出しています。