
畳敷きの中陣
手前から外陣、中陣、内陣
内陣を平入り、外陣を妻入りとするため屋根の本棟(稜線)がTの字型となる「撞木(しゅもく)造」
本物そっくりに作った甲斐の善光寺
全国に善光寺は三つあります。信濃、大分県宇佐と甲斐の善光寺です。これらの本堂はすべて妻入り形式です。
本寺は武田信玄が川中島の戦で信濃善光寺が兵火に遭うのを恐れ、甲斐に善光寺を1565年に建立し、本尊諸仏を奉還したと寺伝は伝えています。しかし実際は、天下を目指す戦国大名が宗教勢力を統一するために仏教公伝時に百済から贈られたとされるわが国最古で最高位の仏像、善光寺如来の獲得が狙いだったのでしょう。如来はその後、信長、家康の手にまわり、天下を統一した秀吉が40年ぶりに信濃に奉還したのです。
信濃善光寺本堂を模した創建時の本堂は正面22m、側面50mとほぼ同規模でしたが、江戸時代の焼失後の再建で側面が38mと短縮されました。このため、内部では外陣の奥行きがその分浅くなっています。
また信濃善光寺は一重裳階付ですが、この本堂は二階建て(二重)であり建築構造は全く異なります。そのほか屋根の葺き材、外回りの塗装と建具などに相違がみられます。




金堂正面
和様の古式による長押と連子窓


善光寺金堂(甲斐善光寺) 山梨県 江戸時代(1789年) |
板床の外陣
建築様式 折衷様
桁行十一間、梁間七間 二重
銅板葺 妻入り 撞木造

内陣
中陣
外陣

信濃 善光寺本堂 (長野県 江戸時代)
桁行十四間、梁間五間 一重裳階付 妻入り
芝原 善光寺本堂 (大分県 室町時代中期)
寄棟造妻入りの本堂