建築思想の二面性


仏教建築と神社建築は異なった伝承方法で、それぞれ建築を継承してきました。
このことは、思うに古来わが国の建築に対する思想が二通りあったと考えられます。

ひとつは、建築を神の領域に借りる仮住まいであり、永遠に残すものとは考えなかったのでしょう。
神社建築は将来に起きる造替を前提に建てられています。伊勢神宮の式年造替が白鳳時代にすでに制度として決められていたことからも明らかであり、当時の人々が物理的耐用年数などの理由のいかんを問わず、そもそも建築を恒久的なものとは考えてかったことを如実にあらわしています。

建築とは、ある意味では自然の中から人間が必要とする空間を人工的に切り取る行為である。
したがって、自然の中での創造物たる建築を歴史的に考察する場合は、その時代の人々が自然界をどのようにみていたのかということと、その精神の基となる信仰や呪術はどのようなものであってかを知る必要があります。
太古のわが国では自然界は「神」が創り給うたものであり、万物にはそれぞれの「神」が宿る。火事、地震、雷、雨、風などの自然現象や天変地異も「神のなせる業」と考えられていたようです。

こういった神々の存在する中に自然、すなわち神に逆らう構築物を作るのですから、当然神の機嫌を損ねないようできるだけ自然に逆らわない建築を志向する考え方が生まれてきます。建築すること自体が神の領域に入り込むことなのですから。
わが国の建築の特徴の一つは、自然つまり神との共生を図ってきたことです。自然の脅威を知る農耕民族であるが故に自然に挑戦せず、自然との協調融和を図ることを旨とする建築なのです。気候風土に逆らわず、それに順応すべく工夫と技術を積み重ねてきたのです。

そして建築を信仰に基づいた神聖な建物を造るという精神的な行為自体にその意義を求めたのでしょう。それは大袈裟でなく誇張性のない建築であり、華美な装飾を排した簡素で控え目な造りであったのです。
奈良時代に東大寺を建てる際にはその土地の神様を鎮めるため手向山神社を先に造ったことは有名ですが、寺院を建てる場合に神社を先駆けて作る例は数多くあります。神社の造替の儀式、現在も行われている地鎮祭なども神の怒りを鎮め、神の土地に建てさせていただくとお願いする行為ではないでしょうか。
こう考えると、わが国の建築の最大の疑問である木造建築に終始したこともある程度頷けるのではないでしょうか。
神に逆らうような恒久的な建築ではなく、必要とする期間にのみ存在すればよいのであり、やがては自然と同化するであろう木造としたのかもしてません。そして幾たび焼失し、倒壊しても自然災害を神のなせる業と考え、それに逆らわないよう相変わらず同じように木造で建築したのでしょう。

神の存在ともう一つ忘れてはならないのが、古代では「穢れ」を嫌悪する呪術信仰が根強かったことです。
実際、仏教の呪術によって穢れを祓う思想が定着する以前では、天皇の住まう皇都ですら一代ごとに変わっています。個人の住宅も死者の穢れを祓うため 非恒久的な木造で充分だったのでしょう。古代ギリシャやローマの神殿のような恒久的な建築は、わが国では見られません。現代でも個人の住宅の平均寿命が西洋の100年近くに比べわが国は30年と著しく短いのも、気候風土や施工材料によるものだけではないと思われます。おそらく、穢れを嫌う精神的な風習が根強かったことが尾を引いているのでしょう。
神社や住居系の建築はおそらくこういった思想に基づくものと考えられます。

いまひとつは、樹木信仰によるものでしょう。神が宿るとされる樹木を使うわけですから、建物それ自体よりも木を大切に使い続けることが結果として長い期間存在し得たのでしょう。木の呪力と生命力を信奉するとともに、木の尊厳を大切にし、木を生かして使う建築思想なのです。
呪力を持った木や神の降臨する木、神の宿る木で建物を構築することにより、自然の脅威から生命、財産を守ってくれると信じていたのでしょう。
また、木はひとつとして同じものがない極めて扱いづらい建材である。これを適材適所に配置する技術は永年にわたって積み重ねた財産となっているのです。

寺院建築にみる建造物の頑なまでの保存努力は、この思想によるものなのでしょう。

こうした建築思想の二面性こそが、日本人の建築観といえるのではないでしょうか。






目次へ戻る


終りにあたって


新たに外来文化として受容した仏教文化における建築は、大型かつ重層の建築を可能とする高度な架構技術と様々な形態を併せ持った複合的、総合的な建築群の体系および華麗な荘厳芸術をもたらした。
仏教建築は、当初こそ大陸の様式を多少の選択があったものの、概ねそのまま受容れたが、次第にわが国の気候風土およびわが国固有の建築観により改変され、国風化されて根付くことになる。
仏教建築が流入したことにより、それと対比することによってわが国固有の建築観が、あらためて浮き彫りとなり、洗練され、より研ぎ澄まされて定着したのです。

この異文化が融合されて根付くには、仏教文化の伝来以降平安時代中期まで、やはり400年以上の星霜を経ている。この過程において、その後のわが国の木造建築の骨格が形成された。その構法および意匠は永くわが国に定着して、新たな建築文化を築き上げてきたのです。

参考文献

古建築辞典  武井豊治 1994年 理工学社
日本史小百科神社 岡田米夫 1993年 東京堂出版
木のいのち木のこころ 西岡常一 1996年 草思社
日本の家 中川武 2002年 TOTO出版
古寺名刹大辞典 金岡英友編 平成4年 東京堂出版
図説日本建築年表 太田博太郎監修 彰国社
重要文化財 第12巻建造物 文化庁監修 毎日新聞社
国宝重要文化財大全 建造物 文化庁監修 毎日新聞社
日本建築みどころ辞典 中川武編 東京堂出版
日本の建築 太田博太郎 筑摩書房
建築と伝統 川添 登 彰国社
国宝の旅 2001年 講談社
奈良の寺 奈良文化財研究所編 2003年 岩波書店
日本宗教史 末木文美士 2006年 岩波書店
寺社建築鑑賞の基礎知識 濱島正士 1999年 至文堂
図解日本建築の構成 山田幸一 1997年 彰国社
日本建築史図集 日本建築学会編 2001年 彰国社
日本の建築 大岡實 1970年 中央公論美術出版
図解古建築入門 西和夫 1990年 彰国社
日本人の心と建築の歴史 上田篤 2006年 鹿島出版会
古代寺院の成立と展開 岡本東三 2002年 山川出版社
建築史 藤岡通夫 渡辺保志 桐敷真二郎 平井聖 1967年 市ヶ谷出版社
日本建築史序説 太田博太郎 1969年 彰国社
建築の歴史 藤井恵介 玉井哲雄 2006年 中央公論新社
屋根の日本史 原田多加司 2005年 中央公論新社
日本文化史 家永三郎 1982年 岩波書店
日本の仏教 渡辺照宏 1958年 岩波書店
新・建築入門 隈研吾 1994年 ちくま書房
法隆寺の歴史と信仰 高田良信 1996年 法隆寺
塔と仏堂の旅 山岸常人 2005年 朝日新聞社
五重塔はなぜ倒れないか 上田篤編 新潮社
木造建築を見直す 坂本功 2000年 岩波書店
日本史辞典 高柳光寿 竹内理三編 1974年 角川書店
法隆寺 西岡常一 宮上茂隆 1980年 草思社
神社建築 濱島正士監修 2000年 山川出版社
寺院建築 濱島正士監修 2000年 山川出版社
寺院・神社・住宅の見学必携 下村健二 1998年 コロナ社
東大寺 東大寺編 1999年 学生社
天平の甍唐招提寺 唐招提寺
平等院大観 1988年 岩波書店
日本の美術9 日本建築の空間 神代雄一郎 1985年 至文堂
日本仏教の歴史(奈良時代 平安時代 江戸時代) 佼成出版社

       7.建築思想の二面性

目次に戻る


わが国の建築文化の歴史でもう一つの画期的な出来事は、明治時代になって西洋の建築文化が紹介されたことです。産業の発展により、構法および建築資材の全く異なる文化であった。近代化と殖産興業の旗印の下、大型建築は完全にこの波に乗り発展を遂げたが、個人住宅をはじめとする木造建築はこの枠外に残った。
しかしながら、木造住宅建築も第二次大戦を経て高度成長期になると、大量供給からくる規格化と災害対策を重視した基準の制定により、土地の狭隘なことも手伝って新たな建築形態が登場するのです。

特に、1950年代後半から本格的となる耐災害性能からの在来型の木造建築の否定は、その後住宅にも波及した。1960年台以降の木質系プレハブパネル構法、ツーバイフォーをはじめとする枠組み構法は、永年にわたって積み重ねてきた在来工法を隅に押しやることとなる。1950年施行の建築基準法も地震など水平力を基準として壁の量を規定することにより、これらを後押ししたのである。
これらは、これまで述べてきた日本人の建築観を完全に満足させるようなものとは、やや様相を異にするものである。
耐力壁構造、軒のほとんどない住宅、フラットな陸屋根、縁側のない住宅、開口部の少ない住宅など、わが国の気候条件からみると首を傾けざるを得ないのである。柱、鴨居、長押、貫なども必ずしも必要なものではなくなっている。妻入り、平入りの考え方も駐車場の確保の陰に隠れてしまっている。二階建ての住宅は、上下同じ大きさで屋根は最上階にしかないのです
もちろん土地の狭隘なことが主な要因であり、その中で安全性を高めるための新しい構法、新たな建材開発さらにはデザイン面などにおいて不断の努力が続けられている。
このような、1960年代に始まった新たな木造住宅の形態は、ようやく半世紀を迎えようとしているところであり、わが国の木造建築の永い歴史に較べるとごくわずかの期間なのです。。
1987年の建築基準法の改正により大型木造建築が可能となり、その技術は住宅建築にも波及しはじめている。
かつての仏教建築もわが国の実情をふまえた独自の建築感を持つようになるまでは数百年の期間歳月を費やしていることを考えると、新たな木造建築はこれからであるということが出来るかもしれない。