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いきなりベタなタイトルで申し訳ない! ともあれ、ここがこのサイトのメインコンテンツになるはずなんで、よろしく!

んで、どんなページかというと、一言でいえば私オススメの東宝映画の傑作・名作のデータ私の独断と偏見による解説をジャンル別にまとめたデータベースである。

あらゆる年代、あらゆるジャンル網羅し有名作品はもちろん、マイナーな作品も出来るだけ取り上げてゆくつもりだ。東宝作品を楽しむためのガイドにしていただけるとありがたい。

ただし、対象となる作品は1933年から1971年までに公開されたものに限定せていただいた。その理由については、この下の「東宝カラーの時代とその魅力」の項を参照してほしい!


東宝全作品リスト
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東宝カラーの時代とその魅力

えー、映画が「娯楽の王様」だった1950〜60年代…。
日本映画界は東宝をはじめとする松竹、東映、日活、大映の大手5社を中心にしのぎを削っていた。(ホントは新東宝の話とかもしたいがここでは割愛)

…で、その戦いは各社が、自社専属のスタッフ、キャストを撮影所で育て、会社ごとの得意分野を作風とした個性の戦いでもあったのだ。そしてその、得意分野という作風=個性が「○○カラー」というワケ。つまり松竹には「松竹カラー」があり、東映には「東映カラー」があったという具合だ。

例えば、「松竹カラー」なら日本情緒あふれ、豊かではないけれどもささやかな幸せの中で生きている庶民を主人公にした「人情喜劇」。ちょうど現在の「釣りバカ」や、「男はつらいよ」の流れにつながる路線だ。一方「東映カラー」はというと、お年寄りまで楽しめる戦前からのスターが活躍するチャンバラ時代劇や、現在の「極道もの」の流れにつながる「任侠もの」。また、「日活カラー」ならちょっと与太っ気のある男たちの粋な物語「無国籍もの」や「ムードアクション」。ちなみに大映はと言うと、作品の素材は東宝と似ていながらなぜか田舎臭く垢抜けない印象があるな…。大映ファンにはすまぬが…。

で、「東宝カラー」はというと、主人公でいうなら都会に住むちょっとセレブな(笑)人々=プチセレブ。内容的には「明るく、楽しく」をモットーに、そんなプチセレブな人々が織りなす都会的でスマートなエンタテインメントというイメージだ。

ジャンル的にも最も得意とする「ミュージカルコメディ」「特撮・戦記もの」を筆頭に「ちょっと変化球のしゃれたアクションもの」「西部劇のような時代劇」などなど、とにかくバラエティにあふれていたのが、日本映画黄金時代の東宝という映画会社だった。

そして、その多くの作品に共通しているのが「脱・日本的映画」だったんじゃないだろうか?もちろんすべて作品ということではないが、多くの東宝作品はセットや衣装、生活描写、スケールいたるまで、良くも悪くも日本的ではなかった。ま、そもそも東宝得意のミュージカルなんて全然日本的でないし…。ある意味もっともアメリカ映画に近い作風を持った(アメリカ映画を真似したとも言えるが)映画会社だったのである。

だから、1950〜60年代にかけての日本人の心理やその暮らしを正確に描写しているかということなら、東宝作品は、おそらくそうではない作品が多いだろう。その面においては松竹の人情喜劇の方が遙かにだと思う。でも……それでいいのだ。

なぜなら、映画は「夢」だから!

そう、映画は夢なんだから、観客が憧れるような世界を描かなきゃいけない!そういうことを一番知っていたのが東宝という映画会社だったんだと私は思っている。

また、その非日常ぶりが当時をリアルタイムで知らない私にとっては、まるで日本ではない別の国の物語を見ているような気分にさせられるのも今なお新鮮に作品を見ることができる秘密と言えるのではないだろーか?(ってゆーか、現代から見るとあの時代の日本は別の国のような感覚に陥るのだ。当時を知らないだけに)

つまり、まとめていうと「明るく楽しく」をモットーに都会的でスマートでバラエティ豊かなアメリカ風エンタテインメント。それが「東宝カラー」であり、東宝の魅力なのだっ! と、そんなとこ。

しかし、まことに残念なことにその「東宝カラー」という作風は、現在には残っていない…。

もちろん、それは時代の変化による風化ということもある。しかし、「松竹」は「釣りバカ」、「東映」なら「極道もの」など、わずかながらも、「カラー」が残っているのにも関わらずだ…。なぜなら、そしてそれは、他社に先駆けて経営合理化にふみきり、東宝が撮影所を切り離し、製作部も分社化し、専属契約をしていたスタッフ、キャストも契約を解除しバラバラになるなど、事実上の自社製作をやめてしまったからである。

確かにそれは企業という立場から見れば正しい判断だったに違いない。しかし、同時に東宝が育ててきた「大切なもの」を切り捨ててしまったのも事実である。

それは「東宝カラー」は、バラバラになってしまった東宝撮影所のスタッフ・キャストたちの中にあり、彼らが大切に育てていたものだったから。そしてその後、外部プロダクションのキャストやスタッフの導入をすることより東宝の個性であった「東宝カラー」も姿を消してしまったのである。人が変われば、作風も変わるのは当然だ。(このあたりの話は東宝の歴史を研究する別項「東宝年代記」で詳しくふれようと思う)実際、そこを境に東宝作品の印象はガラっと姿を変えてきている。

で、その、撮影所を切り離し、製作部は分社化、自社製作を終了した年が創立40周年を翌年に控えた1971年。

したがってこのホームページでは、東宝が最も東宝らしく、その個性を発揮していた時代を「東宝カラーの時代」と規定し、1932年のその創立(第1回作品は1933年)から「東宝カラー」が形成されてゆく戦前・戦中期や、戦後混乱期、そしてその後の日本映画の黄金時代1950〜60年代までの作品にこだわらせていただいた。偏りはあるかもしれないが、ファンサイトなんてそんなもんだと御容赦いただきたい。

1933年から1971年までに公開された作品に限定したのにはこういうワケがあったのである。

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