ゴジラシリーズの異色作!
土屋嘉男の偉大さを知る1本!
ゴジラシリーズ第6弾! 従来の「怪獣対人類」または「怪獣対怪獣」を全面に押し出した路線にマンネリ感を感じたのか「宇宙人対人類」の対決に怪獣を利用する、怪獣映画と空想科学映画を足して2でわった異色作だ。
主役であるはずのゴジラやキングギドラの影が薄かったり、ゴジラがこともあろうに「シェー」なんてやってちゃう(笑)ため「コアな怪獣映画ファン」にはいささか評判が悪いようだけど、その分、主役になった人間側の起伏に富んだドラマが全面に押し出されていたり、ニック・アダムスとX星人である水野久美との悲恋が切なく描かれていたりして、大人の鑑賞にも充分に耐えられる作品だとは思う。まぁ、個人的にはシリーズ最高傑作としたいぞ。
ストーリー的には、キングギドラ撃退のためにX星人から、ゴジラとラドンのレンタルを頼まれた人類はこれを承諾、しかしこれはX星人の罠だった…という感じのお話。怪獣映画というといくら破壊の限りを尽くしても地球規模で考えると所詮ピンポイントの驚異でしかないという弱点をカバーし、宇宙人の侵略という人類全体の危機という点で話のスケールも個人的には高ポイントである。しかも危機の規模が大きい割には、その語り口は極めて軽快なのも、またこの作品の魅力だ。
軽快さの生んでいるのは、やはり、宇宙飛行士を演じる宝田明とニック・アダムスの全編通してかわされるハリウッド映画風の掛け合いだろう。どんな危機に陥っても減らず口というか軽口を叩きまくるやり取りが実に面白い。また、主役のふたり以外にも、ふたりの上司である科学者田崎潤や、事件解決の鍵を握る街の発明家・久保明など、明るくのんきなキャラクター揃いで、実にハリウッド的である。
そんな「のんき者」揃いのこの作品の中での「のんき者ナンバーワン」は、X星人が降伏か破滅かと迫り、世界中のVIPが集まった対策会議の席上「まずは、神に祈りましょう」と発言し、爆笑を呼んだ松本染升演じる「宗教界代表」に与えたいと思っている(笑)。一体宗教界代表って何者だよ!? ホントに!
ま、それはそれとして、この時期の東宝はこんな妙に軽快なハリウッド風の味付けをした作品が多いのがひとつの特徴。恐らく力を入れていた海外セールスをにらんでのことなんだろうな。そんな無国籍ぶりが逆に時代を経ても古さを感じさせない原因のひとつにはなってと言えるんじゃないだろーか。
さて、私的なこの作品の見所といえばやはり敵のボス「X星人統制官」を演じた土屋嘉男の役者魂にあると思っている。彼は1954年の「七人の侍」で本格映画デビューしているのでキャリア充分のベテラン。しかも黒澤作品の常連でこの「怪獣大戦争」が封切られた1965年も黒澤監督の大作「赤ひげ」で、小石川療養所のマジメな医師・森半太夫の役を渋くストイックに演じている。普通そんなキャリアを持ってる人が「おかしなサングラスで顔も見えない宇宙人の役」をやるだろうか? まだまだ新人の時代に演じた「地球防衛軍」のミステリアン統領の頃とは、「役者の格や評価」もはるかに高くなっているにもかかわらずである。今、小林稔侍に「キケロ星人役」(無名時代に演じた「キャプテンウルトラ」での役柄)をオファーしても絶対にやってくれないと思うぞ(笑)。
にも関わらず「おかしなサングラスで顔も見えない宇宙人の役」を楽しげに演じている土屋嘉男って…やっぱスゴイよ。奇妙なアクションやX星人語もあの人の発案だって言うし…。ホントに役者って仕事が面白くてたまらないんだろうな。熱い役者魂=プロ根性を持った人だよ。マジで。
まぁ、ただ東宝って役者が奇妙な役に配役されるのに鷹揚な部分もあって三橋達也も谷口千吉の「奇厳城の冒険」では精神的にゆがんだ王子の役とか、川島雄三の「グラマ島の誘惑」では、黒塗りで原住民のターザンみたいなとんでもない役(実は日本人の脱走兵だったらしいが…)を演じてるんで、これもひとつの東宝の特長ともいえるんだけど…。もっとも三橋達也は「グラマ島」については「わけのわからない映画だった」なんて言い捨ててることを考えると、やはり心の底から楽しんでというのは土屋嘉男ぐらいなんじゃないだろうか?
「電送人間」で主役やらされたくらいで「俺をこんなB級作品やらせやがって!」と東宝飛び出した鶴田浩二のことを考えると、土屋嘉男ってつくづく偉大な人なんだなぁと思ってしまうのだ。この作品を見るときには是非ともそんな土屋嘉男の「役者魂」に注目していただければと思う。
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