野良犬

1949.10.17 
122分


スタッフ
製作      本木荘二郎
監督      黒澤明
助監督     本多猪四郎 今泉善珠
脚本      黒澤明 菊島隆三
撮影      中井朝一
音楽      早坂文雄
美術      松山崇
録音      矢野口文雄

キャスト    
村上刑事    三船敏郎
佐藤刑事    志村喬
並木ハルミ   淡路恵子
ハルミの母   三好栄子
ピストル屋ヒモ 千石規子
桶屋の女房   本間文子
スリ係石川刑事 河村黎吉
光月の女将   飯田蝶子
桶屋のおやじ  東野英治郎
阿部捜査主任  永田靖
呑屋のおやじ  松本克平
遊佐      木村功


戦後混乱期を活写した
黒澤監督娯楽作の原点!

「酔いどれ天使」でその評価を絶対的なものにしたものの、東宝争議に揺れる東宝から飛び出した黒澤が、大映作品「静かなる決闘」に引き続いて製作したドキュメンタリー・タッチの犯罪サスペンス映画。後に数多くの傑作を黒澤と共に生み出すことになる天才脚本家・菊島隆三が初めて黒澤作品に参加した作品でもある。同時に娯楽的な要素の強い「姿三四郎」でデビューしながらも、戦中戦後の風潮からなかなか純粋な娯楽作品を作らなかった黒澤が初めて純粋に娯楽作品を真っ正面から取り組んだ作品とも言えるだろう。

ま、黒澤明という監督は奇妙な人で「とにかく面白い映画が作りたい!」と思っているくせに、妙にテーマに溺れてしまうところがある。ま、それが人によっては「説教臭い」と思ってしまうほど理念が先走ってしまい、折角の娯楽的な要素をつみ取ってしまう原因にもなっているのだ。もちろん、この作品の中にも終戦で人生の目標を失ってしまった戦後世代=アプレゲールへのメッセージ性を感じ取ることが出来るんだけど、それほど強烈さは感じない。むしろ犯罪の動機づけぐらいな味付けに留まっているんで鼻にもつかない。そういう意味で、この「野良犬」は後に黒澤映画の魅力となる「娯楽」と「理念」の要素を絶妙なバランスで成立させた黒澤の初めて作品であると言えると思う。 ま、これも菊島隆三の天才的な構成力のの成果なんだろうな。

面白さといったら、もう、それはとにかく冒頭からめちゃくちゃ面白い! よけいな前置き無くファーストシーンでいきなり観客を「拳銃が盗まれる」と言う事件の中にたたき込む。そしてその後回想で事件発生の経緯や、その事件に対するリアクションから三船演じる主人公の刑事・村上のキャラクターまで一気に説明をしてしまうまで、全くの無駄もそこには存在しない。上映開始10分頃には観客の興味を「で、次はどうなるの?」ということに集中させてしまうのだから見事としか言えない。

さらにその後もドキュメンタリータッチで犯罪捜査が進み犯人・遊佐(木村功)を追いつめてゆくクライマックスへと向かう構成も実にダイナミックで飽きさせない。途中にインサートされる、後に「ゴジラ」の監督として名をなす助監督の本多猪四郎撮影による街中の実景ショットのモンタージュも見事で、戦後混乱期を活写したこの映像は、この作品のリアリズムに貢献するだけでなく、記録映画として見ても大変価値のあるシーンとなっているのにも、ぜひ注目だしていただきたい。

さて、そんな中で私の好きなシーンをあげると、老女スリが三船のストーカーまがいの尾行に根負けして、事件の捜査のヒントを教えた後、二人で夜空を見上げるシーン。「ああ、星空がこんなにキレイだなんて、いままで気がつかなかったよ」ってなセリフを女スリが言うんだけど、緊張感あふれる展開の中に、いきなりこういうホッとするようなリリシズムあふれるシーンを入れるのが黒澤って言うのは実に上手! 同じようにシチュエーションが「生きる」にもあるけど(こっちは星空じゃなくて夕焼け)、こういうシーンがポンッと入ると、そのキャラクターの心の底にある純粋な部分を覗いたような、同時に観ている自分の同じような部分を覗かれたような気がして胸が締め付けられるんだよね。

そしてやはり素晴らしいのはクライマックス。駅で犯人を見つける部分の緊迫感! そして犯人発見のあと一転しての大活劇! 犯人を雑木林に追いつけてからの二人の息づかい! 近所の家から聞こえてくるピアノの音! 映像が! 音が! 渾然一体となって静と動のアンサンブルを演奏する! そして犯人逮捕後泥まみれになりなりながら子供のように泣き崩れる犯人・遊佐。観客はここで遊佐ともに緊張から解放されるまでの素晴らしさといったらもう! 「ちょうちょ、ちょうちょ…」そこに通りかかる幼稚園児の歌声は、戦争がキッカケとなりすべてを失い、犯罪者として行き着くところまで行ってしまった犯人・遊佐の「できれば子供に戻ってもう一度人生をやり直したい」という心の叫びのモンタージュなんだろうか? 犯人にすらこのような感情移入をしてしまうダイナミックかつ叙情性あふれる文句のつけようのない演出なのだ。

ちなみにこのクライマックスの雑木林は練馬でのロケ。大泉撮影所(現・東映撮影所)でセット撮影をしていたと言うから、おそらく現在の大泉学園の周辺だろう。うーん、この当時は東京都区内でもこんな場所があったんだねぇ。今ではすっかり姿を変え住宅地になってしまったあのあたりを歩くと一体どこなんだろうっていつも思ってしまうのだが…。

とはいえ、文句が無いわけではない。どうしても許せないシーンもある。それは淡路恵子演じるダンサー。並木ハルミが遊佐に買ってもらったというワンピースを着て「楽しいわ! 楽しいわ! 夢みたい!」とクルクル回るシーンである。シーンが変わるといきなり雷鳴の中、クルクル回ってるから違和感ありまくり。前のシーンでのこの部屋でのやり取りは、村上が遊佐の犯罪を肯定するハルミを責め「ならばこの服を着てみたまえ」と詰め寄るシーンだ。ということは、志村喬が遊佐のヤサであるホテルでやり取りしている間に、村上の前でハルミは着替え踊り始めたとしか考えられない。でもさ、着替えるまでは別にいいよ。踊るこたぁないだろう。いくらダンサーでもさ(笑)。初めてみたときにはフィルムが飛んでるのかと思ったよ。確かに激しい雷鳴の中踊る彼女のインパクトはあるんだけどさ。インパクトありすぎるって言うのも考え物だよな。まぁ、ただこういうインパクト最優先という部分も、実に黒澤的ではあるんだけど…。

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