MONAって大林素子のお母さんらしい・・・

なんて情報頂いたので、調べてみました。いや、なに、簡単にですが。そしたら・・・

【コチキャラ素子が行く】60歳の現役ダンサーの引退!!

 60歳、現役ダンサー。
 普段の姿は、ダンスを指導する先生。そして、時として自分がメインでも踊るという、スーパー60歳。芸名はMONA。そう、何を隠そう、私の母なんです。
 
 
素子のMOと、妹・夏子のNAを取り『MONA』というダンサーが誕生したのは、私がまだ小学生の頃でした。
 母は東京五輪で走り高跳びの出場候補であり、岡山県記録を持ち、五輪に全てを賭けていました。それが、選考会直前に怪我・・・、そして、引退。
 何回も死のうと思ったそうです。競技こそが自分の青春であり、全てであったから。それがもう出来ないという思いから目標や夢を失い、生きる力すらなくしかけていた彼女。それが、知り合いから声がかかりモデルの仕事をして、しいてはナント、ミス・ユニバース東京代表にまでなってしまったのです。その後、体操教室での指導を経て、ジャズダンスの世界へと入って行きました・・。
 立ち直った母の日常と言えば、毎日のディスコ通い。陸上しか無かった自分を表現する道が、「ダンス」という舞台を見つけて、再び自分の人生を歩きだしたのです。
 当然、私と幼い妹は、いつもお家でお留守番。寂しいという感情よりも、何で私の家は他と違うのだろう・・・と不思議に思っていました。うちは特別なんだ・・と無理矢理自分に納得させることで、その寂しさが半減させていたという思い出があります。
 その頃母は、ディスコクイーン!として、ますますダンスの世界へのめりこんでいました。

 それからウン十年。先週の日曜、30年近くやってきたダンサーとしての現役最後の舞台を終えました。
 母の舞台を観るのは正直恥ずかしく、間違えるのでは?なんてハラハラもするので、これまで観劇する事はそんなにありませんでした。先日にはフジテレビの番組『ザ・レターズ』にて、母とダンス初共演をさせて頂きましたが、母の様子を見守るというよりも、自分が舞台に立つことで精一杯でした。今回の引退劇こそ、最後ぐらい、ゆっくりと観劇しようかな・・と、行ってきたのです。
 母の楽屋は『ザ・レターズ』の時にダンス指導をして下さった、あの駒田順子先生と同じ部屋。舞台はメルパルクホール。ジャズダンス界の発表会としては大きな舞台です。チケットがなかなか手に入らないというぐらい、何ともホントに凄いイベントだったのです。
 もちろん、MONAがそれほど素晴らしいダンサーだったからという訳ではないのです。自分と関わる素晴らしい仲間達のおかげで、運と、縁と、相応の努力の積み重ねで、ここまでダンサーとしてやって来れた、その御褒美なのでしょう。改めて、60歳現役パワーを知った気がします。

 母が引退を決めた理由は、やはり、迫り来る体力の低下、そして「健康の不安」。肩が弱く、ダンスで腕を上に上げる難しい動きで、簡単に脱臼してしまうのです。ここ数年は筋肉が落ちて、それをカバーするため関節に無理が来ていたのでしょう。
 なんといっても60歳。ダンスで体力を消耗し、ドンドン息が苦しくなってきたと言います。陸上時代、膝の怪我に加えて心臓を悪くした事もあり、人間ドックでも、そろそろ運動は控えて下さい・・・と言われるようになったとのこと。いつ何が起こっても知りませんよ。とまで宣告されて、丁度キリの良い60歳、この舞台での引退を決めたわけなのです。

 舞台の上では、私の妹は、スタッフの一員として舞台の袖を走り回っています。何だかそのテキパキさにちょっと驚いてしまった私。
 先日の番組での舞台で一応、母の親子共演の夢は叶ったのです。でも母は、本当は妹と私と3人で一緒に舞台に立ちたい!という願いがあったのです。妹はここ10年はほど、ダンサーとして何度も舞台に立っているのですが、私の方がタイミングが合わず、なかなかチャンスは巡ってこないまま。それでも一応、娘たちと共演という夢を叶えてくれた番組スタッフやファンの皆さんに、感謝しないといけないですよね、こんな幸せな事、めったにないのですから。

 舞台のストーリーは、それまでの母の人生を物語に仕立てたものでした。タイトルも「もう一人のわたし 夢を追いかけ、幾年月」
 五輪出場を目指した一人の女が、人生の中で見つけた、ダンスへの挑戦。2人の娘、生徒、ファン、仲間に支えられ、気が付けば60歳、というドキュメンタリーのような筋立て。もはやMONAのダンスが上手いとか下手というより、完全にザ・MONAワールド。今までの全てを賭け、客席に向かい想いを伝えていた、本能での踊り。これだけダンス好きだったんだよなあ・・と、私は今になって初めて感じたのです。
 私自身、バレーの世界から新しい舞台に進み、それでも日々自分の居場所を求めて、そして自分を賭ける場所を探し生きているのですが、母もそうだったんです。何かがないと生きていけない!みたいな、スポーツ魂が同じなんだよなあ・・と、今、母の血を受け継ぐ自分と直面したような気がします。
 
 母のこれからの道は、まだ決まっていません。でも、1つのことが終わると、必ず次が見えてくるはずです。
 今でもストレッチやジャズダンスの指導を続けていますが、母は、そういう日常の中では生きていけない!というのです。自分で何かに絶えず挑戦し続けていないと・・。何てパワフルで!図々しい!?60歳なんでしょう。しかし、私と同じ感覚なんですよね、親子なんです。
 住む場所もしばらく離れたっきりだし、最近は真面目な会話もした覚えがありません。たまに会えば喧嘩ばかりしてる、仲の悪い??親子でしたが、今初めて、本当の意味で分かり合えたような・・、そんな気がするのです。

 ということで今回、私事で申し訳ありませんが、母、いえ、MONAという一人のダンサーの話を書いている訳です。こんなコラム上で親子話をするのも・・・とは思っているのですが、私だからというのではなく、ある一組の親子の例、そして、60歳ダンサーの生き方、みたいな事を伝えたかったのです。あー!なんて親孝行な娘なんだろう私(しかし、我が家にはパソコンが無いので、母がこの文章を読むことは無いであろう・・・)。

 皆さんの周りにも、両親に限らず、パワフルな人生の先輩、おじさまやおばさまがいませんか?
 いつかは訪れる、「老い」という現実なのですが、それでも明るく生き生きとした姿を見ると、本当に人生って楽しいんだな、と思えますよね。まだまだ自分もアオいな!なんて感じさせてくれます。とは言っても私だって、まだヒヨッコだなんていう年齢でもないですから、今この瞬間を一生懸命生きることこそが大切なのですよね。今を大事に、そして思い切って現実を受け止め、また私も未来に向けて頑張ろうと思いました。

 そして、最後の言葉は、母に捧げます・・本当にお疲れ様でした。


こちらは、フジテレビHPにかつて掲載されていた大林素子さんのエッセイ?
なのですが、まあ文章の通りです。
うーん、そういうことでしたか・・・MONAという名前は・・・って感じですねえ。

でも、CDデビューしたこと
もしくはそれが「YOUR LOVE」であるかどうか
はこれだけでは全く不明です。どうなんでしょ?
ディスコというキーワードが出ているので、もしやとは思わせてくれますが。
これ以上はさらに詳細キボーンってとこですね。
知っている方、もしくは親類・会ったことがあるという方情報お待ちします(^^;

しかし

MONAって命名したのは、大林さんが小学生の時だし(ちょっと古い?)
MONAのYOUR LOVEって出たの95年。上の文章だと、今60歳ってなってますよねえ?

てことは、CD出した時は

52歳!?

それってどうなの(笑)
名称未設定-1.JPG (43752 バイト)

やっぱり詳細キボーン。

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